第四十一話 戦いの傷
※ストーリー上で肌の露出がありますが、規定に触れることは書いていません
「っ!」
気を失っていたのか。雪の冷たさで覚醒してよかった。一刻も早く出なければ。
ヘイリーの姿も見当たらない。巻き込まれたときに手を離してしまったのかもしれん。
雪だとはいっても、その衝撃は凄まじい。
未だに視界が揺れている。
体の節々が痛んでいるが、気にしていられない。
「ヘイリー、どこだ?」
何とか掻き分けながら外に出られたが、手の先の感覚が既にない。それでも早く見つけないと。
雪崩が起きて、私が気絶してどれくらい経った?
パーカーを着ていたとしても、彼女の下半身は肌が露出している。
今の私よりも直に雪が当たっている状態になっている。
最悪、後遺症が残ってしまうかもしれない。
一分一秒でも早く見つけなければ。
「ヘイリー! 聞こえていたら雪上に手を突き出してくれ」
呼吸音、彼女の声、雪を掻きわける音。
雪が音を吸収して聞こえない場合の方が多いが、逆に静かだからこそ聞こえたりもする。
細心の注意を払って聞いていれば、だが。
「ヘイリー!」
返事がない。気絶しているのか? それだとマズイ。
探すのに時間を取られ、彼女が凍死してしまう。やみくもに探してはダメだ。
何か。
何か探せる方法があれば。
鞄の中に何が入っていたか、思い出せ。何を持っていた?
防寒具、携帯食料、スコップ、暗視ゴーグル。
そうだ、その2つがあった。
それを付けて探せば。
まだ体温が下がっていなければ、どこかにいるはず。
いた場所を重点的に掘ろう。
「ヘイリー!」
頼む。反応してくれ。
「いた」
ようやく見つけた。
緑の視界の中で、白い何かが雪の中に埋もれている。
人の形をしているということは彼女だろう。傷つけないように掘らなくては。
掘り起こしたとき、厚い布は手元になかった。
巻き込まれたときにどこかにいったのかもしれない。
「呼吸は……浅いがある。脈は……弱いな。一刻を争う事態だ」
手に力が入りづらいが、なんとか彼女を抱えることが出来た。
どこか体を温める場所に行かなくては。
「街まで歩いている時間はないな」
少しずつ暗くなってきている。
夜になる前にどこかの洞窟か家の中に入らなければ。
薪を取って、服を乾かして、体を温めよう。
息が上がる。冷たい空気が入って肺が痛い。意識が朦朧とする。
ここで意識を失ってはダメだ。そうなれば2人とも死ぬ。
「もう少し、だ」
生存時間ギリギリかもしれん。
洞窟を探す傍ら薪を探していたが、洞窟が見つからない。
早く。
早く見つけなければ。
「ようや、く、か」
上手く呼吸が出来ない。苦しい……。それでも動き続けなければ。
後少しだ。後少しで洞窟の中に入れる。
薪で焚火を作る前に彼女の装備を外して。
下着はお互い濡れているがこのままにしておこう。いろいろとな。
指に力が入らな過ぎて外せん。
ようやく外せた。次は自分のも。
「目が覚めたとき、怒らないでくれよ」
お互い濡れてしまっている。
雪山で遭難した時、裸で温め合うのがいいと言っていたような。
彼女の容体はどうだろうかと確認する。
歩いている時間が長すぎたかもしれない。
先程よりも呼吸が弱くなっている。
「焚火の準備も出来ないか」
密接することでゆっくりと温まってくる体に、少しだけ緊張の糸が解れたような気がした。
このまま暖めながら彼女が目を覚ますのを待とう。
時間がかかるかもしれんが、夜は長い。
「ん……」
「起きたか」
まだ寝ぼけているのか私の顔をずっと見ている。
時間が経つにつれて意識がはっきりしてきたのか、周りをきょろきょろと見始め、今の状況を確認していた。
「な、な、なにやって……!」
「体を暖めていたのだが?」
「なんで、裸で……」
急に動くと心臓に悪いぞ。
それにまだしっかりと暖めていないのに、こんな状況で離れたらすぐに体が冷えてしまう。
とはいっても、こっちに来いだなんて言えんしな。
「なんなの、その体」
先程まで怒っていたのに、今は驚いた顔をしている。
私の体になにかついているのだろうか?
「何のことだ?」
「その体の傷……。アーロって本当にブロンズなの?」
「ああ。ギルドはそうだと決めた」
なんだ、体の傷か。
こんなもの、モンスターと戦っていれば必ずと言っていいほどつくものだ。今更だな。
「何者?」
「東の街の冒険者。クラスはブロンズのアーロだ」
「そういうことじゃない。本当の正体はって聞いてるの」
切創や刺し傷。噛み痕にやけど。それが体中にあれば、驚きはするよな。
自分は慣れたものだから気にしてはいなかったが、他人が見るとこういう反応をするのか。
ヘイリーは何か恐ろしいものを見たかのような顔で、私を見続けている。
「10年間、ずっと1人で害をもたらすモンスター達と戦い続けていただけの者に過ぎん」
「そのモンスターの強さってどれくらい?」
向こうとこっちの強さの基準が違うから難しいな。
ワイバーンで例えるなら、この世界はカッパークラス。
元の世界だと……Fランクの脅威度。ライフルマンが3人いて倒せるほど、だったような。
「そうだな。ワイバーンを5、6人で協力して、やっと倒せるほどではないかと思っている。それプラス、確実に当てられる腕があるのは必須、だな」
こっちには魔法使いもいる。もしかしたら少ない人数で倒せるのかもしれない。
見たことないから分からんが。
「そいつらを相手に10年間も1人で? そんなのブロンズから始めるってもんじゃないじゃん! 下手したらアイアンよりも上の、ミスリルとかアダマンタイトクラスになるよ!」
「それは買い被りってやつだ。いくら言葉で倒し続けていたと言っても、証拠がなければそれは認められない。実績がないのなら、ギルドで1からクラスを上げていくことしか証明にならんだろ」
そもそも、別の世界のモンスターを倒していたとしても、ここに持って来れないしな。
「そ、それはそうだけど」
「それよりもそのままだと風邪ひくぞ」
先程までじんわりと温まっていた体が、風に当てられたことで急激に冷えてきている。
火が焚けない以上、時間を掛けて温まるしか方法はないのだ。




