第三十六話 昇級試験の話
「受付嬢。金は揃った。昇級試験を受けたい」
「分かりました。では、説明致しますのでこちらに」
「ああ」
ついに受けることになった昇級試験。内容は盗賊たちの捕縛。
昨日のうちに準備は整った。しっかりと食事をして睡眠も取った。
これ以上ないというくらいに調子がいい。
だが、驕りはしない。
「これから昇級するための試験を開始します」
案内されたのは受付の裏だった。初めてくる場所。
入った時、目を見張った。とんでもない量の本が置いてあったのだ。
いや、これは全て記録書か。
今まで冒険してきた者たち全ての記録がここには集まっている。
「監督を務めさせていただくダリクと申します」
「よろしく頼む」
眼鏡を付け、いかにも真面目そうな姿をしている。
髪をしっかりとまとめ、乱れたところなんてない。そう思わせる相手だった。
「アーロさんの試験内容ですが、ここ近年で悪さをして逃亡している盗賊達を捕まえて、引き渡しが終わるまでが内容となります。昇級試験となっていますが、依頼主から報酬も出すと言われています」
「ということは、怪我もなく死なせることもなく捕縛をしろ、と?」
「理解が早くて助かります」
今までそれ以外のことをしてきた私にとって、初めての試みだった。
殺すか、怪我をさせるか。その二択だった。出来ないことはないだろう。
やつらが持っている武器を壊し、戦意を喪失させ、追い込み、捕まえればいい。
だが、現実はそう上手くいかない。
感知が得意なやつもいるかもしれない。
「引き渡しの際に、他の盗賊が来た場合は?」
「対象でない場合はお好きに」
殺してもいいし、怪我をさせてもいいということか。
いや、もしかしたらそれも試験に含まれているかもしれない。
安易にすべきではないだろう。
「わかった」
「では、これをお渡しします」
手錠、とはまた違う物だった。
紐で作られいてわっかはあるのだが、警察が持っている手錠のように開くところすらないのだ。
これでどうやって付けるというのだろうか。
引っ張っても裏返してみても、どこにも見当たらなかった。
「それを盗賊たちの腕に上から押し付けるように付けてください」
何人分を貰ったかは今の段階では分からない。
ただ、多いということは、それくらいいるだろうと仮定して渡してきたということだけは予想できた。
「腕につけるだけでいいのか?」
「はい」
勝手につくということなのだろうか?
そうは見えないが、ここには魔法という概念がある世界だ。
これも魔法で作られたものものだと言われれば納得するしかない。
どういう構造をしているのかとか、そういう難しい説明を聞いても、私には分からないだろう。
「盗賊たちがいる場所は分かっているのか?」
「いえ。ただ、西側にいるということだけしか」
「地道に探すしかなさそうだな」
大まかな場所しか分からないということは、地道な情報収集が大事になる。長期戦だ。
効率よく探さなくては。
盗賊たちがいつもいる場所。通る道。いきつけの店。友好関係。敵対関係。標的とする相手。
集めることは多くある。
「もう、行ってもいいのか?」
「はい。完遂することを願っています」
軽く頭を下げ、その場を後にする。
いろいろと聞くべきことが他にもあったのかもしれない。
だが、今の段階では何も思いつかない。
ただただ依頼を完遂させること。それだけを考えればいい。
食料を買いに行くか、それとも現地調達か。
奪われることを想定するのならば、現地調達がいいだろう。
本来ならば、現地調達した食料は残してはならない。痕跡をたどられる可能性が高いからな。
だが、処理する暇もないだろう。
その場にもし残すとしたら、獣が食ったように見せなければ。
「歩きか……。元の世界と変わらないな」
上の人間たちが倹約家で、飛行機も車も出してくれたことはなかった。
ただ1人のために出すわけにはいかないとか渋ってな。
その気持ちは分からんでもないが、途中まで送っても良かったのではないかとずっと思っている。
そのおかげで足腰が強くなったのだが。
「途中で野宿しよう」
それほど不満があるならば、あの場所から離れればいいだけの話だが、私の居場所はもうあそこしかない。
しかも、そこには私にとって大事な人達がいる。
親がいない私にとっては、その2人が親であり、兄と姉でもあった。
そんな恩人を置いて出ていくことなんか考えられない。




