第二十一話 船酔い
港へ行く途中、いつものようにトキシン・ブルを狩ろうとしたら、アレシアに止められてしまった。あれ、美味いのだがな。仕方がない。
腹持ちはそこまでいい方ではないが、ウサギを狩るとしよう。
捌き終わってしっかりと焼いた後、シルフが防腐用の葉を数枚持ってきてくれた。
鼻の奥を透き通るような香りがする。
確か、しそが似たような匂いを出していたような。詳しく覚えていない。
「ふむ。これなら明日までは持つな」
傷つかないように袋の中にいれなくては。
「アーロさん、何故あそこまでブルを狩ろうと……」
「あれって食べられるんだね」
二人とも別々な反応を示しているな。
「何故あそこまで狩るか? 一日分をあのブルで補えるんだぞ。料理など考えずに済むし、何より美味い」
元の世界じゃ、あれほど美味いものはなかった。
いや、ないことはないのだが、ちゃんとしたレストランに行くと値段が高くなる。
一回のランチ10ポンドもするんだぞ。ここで例えたら1,500エルだ。
今回の依頼分の金は980エル。あと750エル以上必要になる。特に金欠の身にとっては大変な問題だ。
失礼。取り乱した。
それくらいこちらの方が美味いし、なにより金がかからない。
「そんなにおいしいの?」
「ああ。今のところ私の中で流行っている」
「なら、今度食べさせてよ」
「もちろんだ」
「あなたまで」
力説という力説ではないが、もう一人食す仲間が増えた。
後ろでアレシアが呆れた声を上げているが、仲間を増やすというのはいいことだぞ。
何に対してもな。
それからブルについてシルフに語っていると、港についた。
話していると早く着くというのはいいな。元の場所だといつも一人だったからな。
自分で語っておいてなんだが、悲しい気持ちになってきたのは気のせいだろうか。
「あんたらが依頼を受けてくれたっていう冒険者か?」
「ああ。そうだ。依頼内容に間違いがないか、確認しておきたい。いいか?」
「じゃあ、こっちに来てくれ」
商人らしき男が1人。荷を運んでいる者たちが8人。私たち冒険者以外の武骨な護衛が2人、か。小型帆船のようだが、私たちが加わっても歩けるほど広い。
「確認させてくれ。あんたたちの冒険者クラスは?」
「私がブロンズ。彼女がカッパーだ」
そういうと、依頼人が私とアレシアを見て渋い顔をした。
大丈夫だろうかと思うその気持ちは分からんでもないが、表に出すのは止めてほしい。
仮にも商人ならば、作り笑いぐらいしてほしいものだ。
「すまんな。依頼があんたたちのしかなくてな」
「あ、ああ、いや、こちらこそ」
自分の顔が引きつっていたのが分かったのか、取り繕うための笑顔を向けてきた。
言ってはなんだが、さきほどので信用は無くした。
商人と同じように、私も心の中で渋い顔をしてしまったが、それを知られてないだろうか。
「再確認だが、今回の依頼内容は船の護衛とセイレーン討伐。報酬は980エル。こちら側が依頼を失敗した場合、違約金をギルド経由で渡す。成功しても、そちらが渡す金を少なくした場合、私たちはギルド側に報告する。それでいいな?」
「はい」
慌てて頭を下げた商人が、依頼内容が書かれた紙を確認している。
そして、その場から逃げるように護衛達の所へ向かった。
偏見かもしれんが、あの商人の商売は上手くいかんだろうな。
私はやったことはないが、交渉とは騙し合いだと思っている。
笑顔という名の仮面で内側を隠し、どれだけ自分に有利な条件を出せるか。
それだと思っている。
私の不安を他所に船が出港した。
誰も酔わないことを願おう。
「う……」
頭痛がする。
まさか私がなるとは。自分で言った言葉が跳ね返ってきたようだ。
これほどきついものなのか? 船酔いとは。
冷や汗もかいてきた。
セイレーンが来るまでは座って待っておこう。
少しでも体力を減らさないように。
「大丈夫かい? 顔色が悪いよ」
「大丈夫だと言いたいが、大丈夫ではない」
小さい姿になったシルフが正面から私を見ている。
念のため、姿が見えないようにしてもらっているが、私は何もない空間に話しかけている変な人物となってしまうな。小声で話すか。
それにしても先程から胃が気持ち悪い。
「来たみたいだよ、セイレーン」
「頼んでいいか? それと、アレシア」
「はい!」
「ここにいる全員に、伝えてくれ……」
波が強いのか、少し揺れただけで気持ち悪さが増す……。まったく。情けないな、私は。
さっきよりもきつくなっているのは何故だ。
座った方がより波を感じるからか? 分からん。感覚が鈍ってきた。




