第十八話 昇級話と謎の人物
「それと、アーロさん。貴方に昇級試験の話が来ていますよ」
「私にか? だが、この前……」
引き出しから一枚の紙を取り出し、渡してきた。
そこには言われた通り、ブロンズからアイアンクラスに上がる為の昇級試験の内容が書かれている。
「失敗してしまったので、他の方より合格ラインが少々高くなりますが、そこまで身構えなくても大丈夫ですよ。それにアーロさんの実力ならすぐに終わります」
そういう受付嬢は、にっこりと笑った。
内容は、今、悪さをして逃亡している盗賊達を捕まえて引き渡しの作業をするというものだった。
それに試験料は680エルと書かれている。英ポンドで換算すると4.56ポンドか。
ただ無一文に等しい私には少々高い。
「どうしますか? 今が無理でしたら後からということも出来ますよ。試験を受けるのはいつでも出来ますし 、隠れている盗賊たちを見つけて捕まえるということだけですので」
「後からでもいいか? 少し金を溜めたい」
「分かりました。では上に報告しておきますね。試験を受けたい時は、私に伝えてください」
「分かった」
しかし、昇級の話がもう来るか。
ギルドに入ってから一カ月と5日。
これが早いのかどうかは分からんが、上に行くにはいいかもしれないな。
クラスが上がれば、今まで出来なかったことも出来るようになる。
「アーロさんって、ここに入ってからどれくらいなんです?」
「一カ月と5日だ」
「そんな早い期間でもうアイアンに?」
なるほどな。
周りに比べる奴がいなかったから分からなかったが、アレシアの反応からすると相当早いみたいだ。
「あ、でも、それじゃ……」
「自分のクラスに合わせてくれるのが申し訳ない、と」
「は、はい……。私はまだまだで」
「言っただろ。死なない限り、時間はたっぷりとある。そして最後まで付き合うと」
「そうでしたね」
微笑ましい顔で笑い、掲示板の方へ小走りで向かっていく。
「アレシア。少しここにいてくれ。私はあのフードの人物の所に行ってくる」
「それでしたら私も」
違約金のこと、昇級話のことで忘れていたが、ずっと同じ場所にいてくれている者の所へ行かなければ。これ以上待たせても申し訳ない。
「すまない。長い間待たせてしまった」
「ああ、気にしないで」
不思議な人物とは反対側に座り、アレシアも隣に座った。
「彼女から聞いた。意識がなかった私を運んでくれたと」
「そうだね。変な筒や君を運ぶのは大変だったよ」
「何か礼をとも思ったのだが、今は持ち合わせがない」
「そうだろうね」
そういう目の前の人物は、フードの下から私を嘗め回すような視線で見てくる。
なんなんだ、この人。
ねっとりとした視線で見られている中に、もっと奥深くまで見られているような気がするのは気のせいだろうか。
「何か気になることでも?」
「いや、さっきの会話をこっそりと聞いていたんだけど、おかしいなって思っただけだよ」
「おかしいとは?」
「君、そこまで強いのに何故ブロンズにいるのかなって。本当の実力を隠してまでそこにいるのはおかしいなって」
この人物、私が何者かを知っている……。
透視というやつか?
まずいな。それ以上話されたら。
「透視なのかって思ってる? 違うよ。長生きしているとね、雰囲気で分かるようになるんだよ。ただ、君はそこらを隠すのが上手かったから、分かりづらかったけど」
「なるほど。それにこの感じ。懐かしいような、とても身近にあるような感覚がするのは」
「気のせいではないね。君と僕は似たもの同士というより、近い存在と言った方がいいかな」
近い存在? いったい、どういうことだ。
目の前の人物の見た目は完全に人だ。
だが、雰囲気は人とは違うもの。
いや、この感じ。
元の世界の似たような雰囲気を持つ仲間がいた。
もしかしたら目の前の人物の正体は……。
「……精霊か?」
「正解だけど、不正解でもある」
そういった途端、自分の頬を風が優しく撫でた気がした。
目の前にいる人物の背中側にある窓は空いていない。
にも関わらず、風が吹いた。
それはアレシアにもだった。
驚いていろんなところを見ていたが。
「風……。四大精霊の1つ。シルフ、またはシルフィードか」
「大正解」
待っていた答えが出て嬉しくなったのか、かぶっていたフードを取り、顔を見せてきた。
史実の通り、可憐な顔立ちをしていた。
だが、どうにも違和感がある。
男と女が混じったような話し方。行動。
「あんたはいったいどっちなんだ?」
「アーロさん、それ、どういうことですか?」
一通り周りを見回したアレシアが不思議そうに首を傾げ、私が発した言葉に更に分からないという顔になっている。
「アレシア。君からは見て、目の前の人物はどっちに見える?」
「え? 私は女性の方に見えます」
「そう見えるか。確かに目の前の人物の外見は女性だ。だが、口調、行動をまとめて考えてみると、私からは男にも見える」
「え、でも」
驚き、慌てている。
色眼鏡なしで見たとしてもどちらかには決められないほど曖昧だ。
「……もしかしてだが、トランスベスタイトか?」
「その言葉の意味はわからないね」
「あんたがどちらかは私には判断がつかないが、異性の恰好を好む者のことをさす」
元の世界で少しずつ広まっているとはいえ、まだ隠している人が多いせいか、見かけることは少ないが一致している。
その言葉に先程まで余裕そうにしていた顔が、驚きで歪んだ。
「へぇ、トランスベスタイトっていうんだ。でも、嫌な目で見たりしないんだね。ほとんどの人がそうしていたのに」
「偏見を持たないよう教育されてきたからな。もしかしたらどこかでしてしまっているかもしれんが」
「そっか。それはすごいや」
安心したかのような顔をし、椅子にもたれかかっている。
その返し方が、まるで私がこう言うと分かっていたかのような返事に聞こえて仕方ない。




