第十六話 戻ってこい? 断固拒否だ
夕食を食べ終え、いろいろと考えて込んでいたら、いつのまにか寝てしまっていた。
昨日、胃になにかしらを入れていたおかげか、体が軽く感じる。
朝食が終わった後、治癒師が今日の状態を確認しにきた。
その時に聞いたが、お昼以降になら動いてもいいとのことだった。
なら、その時間にギルドに行こう。
五日ぶりにギルドの中へ入ると、いつも騒がしい冒険者たちが更に騒いでいた。
いったい何があったんだ。もしかして、魔物たちが街に攻めて来たとかか?
いや、それだったら街の人たちも慌てているはずだ。
「いったい、何があったんだ?」
「そこにいる奴が人を探しているんだと」
近くにいたハンマーを持った冒険者に詳しく聞くと、リカロ達が私を探して騒いでいるとのことだった。
「リカロ」
「アーロ! 探したぜ!」
とりあえず、落ち着かせなくては。
騒がしい状態のままだと、ギルドにも他の冒険者たちにも迷惑がかかる。
「戻ってきてくれ」
「いきなり何を言っている」
あれだけ暴言を吐いていたのに、今さら戻ってこいだと? ふざけている。
「ワイバーンが倒せなくて困っているんだよ」
「……それなら他の冒険者に聞くなり、自分で調べるなりすればいいだろ。読み書きが出来るなら、このギルド内に本があるしそれを読めばいい。それが無理なら冒険者たちに聞くといい。私に頼るな」
「……んだよ」
何か呟いたが、小声で何も聞こえん。
「なに?」
「面倒くせぇんだよ」
怒りで大きくなった声がギルド内に響いている。
その声に驚いたのか、全員が私たちを見ていた。
リカロは視界が狭まっているからなんとも思わないようだが、こんなことで注目されている私が何よりも恥ずかしい。
「なら、冒険者辞めてしまえ。調べることも聞くこともしない。挙句に私にばかり頼ろうとするのは、それは自分の命を他人に預けているのと同義だ。私は言ったはずだぞ。これから先、何があろうと手助けなどするものか、とな」
話は以上だ。
まったく。こっちは命からがら、デュラハンから逃げ切った疲れがまだ残っているというのに、更に疲れさせようとしてくるとは。
「な、なら金を払う。それでなら」
「貴様から貰う金など一銭もいらん。楽して金を手に入れても嬉しくなどない」
渋っているが、これ以上聞く気にもならん。
早く受付の所に行って、違約金を払った後、治療院に戻るとしよう。
「お、お願い。あたしたちにはあなたが必要なの」
「知るか」
ディーネ……。膝をつきながら泣いて懇願しているが、それ、お前が言うことか? 不真面目なこのパーティーの中で、群を抜くほどサボっていたお前が言っちゃならん言葉だろ。
「力づくで戻してやる!」
力でなら私を屈服させることが出来るとでも思ったのか、服を掴んでどうにかしようとしている頑張りだけは目に見えた。
だが、不真面目なお前たちと、10年間自問自答しながら戦ってきた私とでは力の差は歴然だ。
正直、なめられているのは仕方がないことだと思う。ずっとスナイパーやアサルトで援護だけしていればそうなる。
そこに関しては責めたりしない。言わなかった私にも非があるからな。
だが、何故、誰一人気付かなかった?
知識があるということは戦ったことがあるという思考にはならなかったのか?
そこまで頭が回らなかったのか?
「これでわかっただろ。お前は私に生き残れないなど言ったが、お前たちの方がお先真っ暗だ。それに、力づくでも知識でもお前たちは私には敵わない」
小僧の足に自分の足をかけてバランスを崩し、前に倒れて床に顔をぶつけた小僧が、声なき悲鳴を上げている。無様だなと思う。
奥で魔法を放とうとしているが、ここでは戦闘が禁止されているのを知らないのか。
「追放。もしくはクラス降格になりたいのならそれを放つといい」
眉間に皺がよる。それに加えて胃が痛くなってきた。こんな空間、さっさと抜け出したい。
むしゃくしゃする。
「よかった! アーロさん、その方たちを止めておいてください!」
「?わかった」
受付嬢のカリナが近衛兵数名を連れて、小走りで近づいてくる。
それに加え、リカロたちの肩が跳ね上がった。
まさか……。
「ありがとうございます! 助かりました」
「まさかと思いたいが、こいつら窃盗したのか」
「そうですね。ただ、他の冒険者の方たちではなく、街の人から被害に遭ったとの声が」
ここまでリカロがクズだったとは。
いや、元からクズだったが、それ以上だとは。
治療院で大丈夫だろうかと心配していた自分がバカに思えてくる。
「よくその面で私の前に姿を現せたな。その度胸だけは認めてやるよ。さぁ、おとなしく捕まれ、小僧。そして二度と私の前に姿を表すな。私の仲間の前にもな」
ここで殺してしまいたいほど、こいつが憎たらしい。いらだちをこいつらに向けてやりたいが、それだと同類になる。どこかで発散しなければ。
近衛兵に連れていかれるあいつらを尻目に、深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせよう。
それでアレシアはどこにいる。
「いつまでもでかい男共が少女を囲むような真似をするな。みっともない」
「なんだと!」
怒りで顔を真っ赤にさせてこちらに来ようとしたが、睨んで動きを止めさせる。
眉間にしわが寄っているのが自分でも分かる。
何故、こうも立て続けにストレスが溜るようなことが起きるんだ。
いや、今のは自分でやってしまったことか。
あいつらは悪くない。
いかんな。どうもいらだちで思考がおかしくなる。落ち着かなければ。
「喧嘩をしたいなら、外に出てから買ってもいいぞ。今、私は虫の居所が悪いからな。発散にお前たちをやってもいいが、どうする」
自分でも驚くほど低い声が出た。
ダメだ。一度怒りに囚われてしまうとどうすることも出来ん。
落ち着け。落ち着け。深呼吸をしろ。
抑え込もうとしている怒りが漏れてしまったのか、囲んでいた男たちが一歩引いている。
「アレシア、こちらへ」
「あ……」
視界の端で体をビクリと震わせ、恐る恐る近づこうとしたアレシアを止めようとする者がいた。
「その子に手を出さないでもらえるか」
深呼吸をすることで先程よりかは落ち着いたが、声のトーンはまだ低いままだ。
意図していないが、結果的に威圧した状態になった。
戦闘経験がないアレシアが分かっていて、あいつらも分かっているはずなのだが、それでも止めようとするのは何故だ。分からんな。




