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第十一話 悩みは誰にでもある

前回から引き続き暗いお話になります。


「行くぞ」


 アレシアが戦闘に参加しない理由はだいたい予想がつく。


『恐れ』だ。


 人が必ずと言っていいほど持っている感情。

 軽減することは可能でも、無くすことなど一切できないもの。

 冒険者をするうえで恐怖は常についてくるもの。


 それがわかってて何故アレシアは前衛職の槍使いとなったのか。


「アレシア」


 今は聞くべきではないだろう。いつか話してくれるまで。

 それはそうと、先程から服を掴んだまま黙っている。別にかまわないのだが、どうにも動きづらい。


「服を掴まれながらだと少々歩きづらい。手を放してくれないか」


 一歩後ろに下がって離れてくれたが、まだ服の裾を掴んでいる。

 仕方ない。放すまではそっとしておこう。


「今回の薬草だが、何か知っているか?」


 魔物達については元の世界の知識と、こちらに来てから多少調べていたおかげでわかるのだが、薬草については知らないことの方が多い。

 アレシアが知ってればいいのだが。


「アレシア」


 少しの空間が出来たことで、依頼書を自分の背中側に回し、見せることができた。

 裏表になっていないか心配したが、大丈夫なようだ。彼女が少し顔を上げて見ている。

 彼女と私とでは身長差があり、今どんな顔をしているかわからないが、少しなら会話する気はあるようだ。


「……ライクル草です」

「ならそれの採取を頼んでいいか? 私にはどれも同じ草にしか見えなくてな」


 か細い声で少々聞きづらかったが、知ってくれていてよかった。

 彼女に相談もせず受けてしまったのを後悔してしまったが、大丈夫だったようだ。

 今度からは自ら決めることはなしにしよう。


「先に魔物の依頼を終わらせようと思うのだが、いいか?」


 彼女の首が小さく縦に頷いた。

 相変わらず服の裾を掴んだままだが、このままでいいだろう。


 ワイバーンだが、ガルグイユと同じく沼にいることが多いそうだ。

 ただ、同じ沼では生息しないらしい。いたら争いが始まるとのことだった。

 同じ場所にいてくれたら、労力を払わずに始末できるのだが、運が悪ければ闘争に巻き込まれかねない。


「数は問わないと書かれているな。分配するのなら偶数で仕留めたほうがいいか」


 ギルドを出ながら、依頼書を確認する。数は多い方がいいと書かれているが、ワイバーンを何に使うのだろうか? 革鎧にするしては柔らかすぎるし、肉は硬くて食えそうにない。ただ駆除するだけなのか?


「何日かかるかわからんな。食料を買おうにも金がない」


 出店が並んでいる道に出て、匂いにつられて向かってしまいそうになったが、今は我慢しなければ。

 彼女がお金を持っているなら買ってもらうが、なければ現地で取った食料でどうにか納得してもらうしかない。


「アレシア。すまないが、食料は現地調達になりそうだ。もし、金があるなら君の分だけでも今から買ってくるといい」

「……お金なら少しあります」

「なら、なるべく日持ちするものを選べ」


 そう告げたが、彼女は首を横に振って拒絶した。


「現地調達でいいのか? 肉ばかりになるぞ」

「……いいです。それで」


 気のせいか、少し自暴自棄になっている気がする。


 悩むのは別に構わない。人間誰しも何かしらで問題を抱えているし、不安にだってなる。

 それに、悩むことは人として生きている証拠だ。

 ただ、これから死と隣り合わせとなるのに、このままの状態で行っても悪い結果を生むだけだ。


「アレシア。厳しいことをいうが、いったんその気持ちを抑えろ。嫌なことがあって暗い気持ちになっているかもしれんが、これから生きるか死ぬかの瀬戸際になる。悩むのは別に構わんし、忘れろとも言わん。だが、それは生き残って、無事ここに戻ってきてからにしろ。いいな?」

「無理ですよ……抑えろだなんて」


 その声は、不安でいっぱいになっていた。それを私自身もよく知っている。


 虚無。

 焦り。

 自暴自棄。

 そして、恐怖。


 どれもが私も経験したことがあるものだ。


「無理なことは承知だ。だからいったん抑えろと言ったのだ。生と死が常にある戦いに、その感情のまま行けば本当に死にかねん。今回は無事でも、次で死ぬ可能性だってある。それは君だけではない。私にも常についているものだ」

「だって……」


 顔を伏せ、小さい声で何か言っていたが、最後まで聞き取れなった。


「……君は言ったな。忘れる方法を知りたいと。あれから考えたのだ。君にとって最善の方法を。それは、自分自身ともう一度向き合い、向き合ったことを更に深く掘り下げ、今後どうしたいかを考えることだ」

「私はあなたのように、心も力も強くないんです。向き合うだなんて無理に決まってます……」

「誰だって皆、最初はそうだ。私も強くなかった。だから、私は考えないように戦い続けた。無理だと言うが、君はすでに自分と向き合っている。それで一人では解決出来ないと考え、私の所にきて聞いたのだろう? 自分の力でどうにかできるのなら、そもそも聞いてこないはずだ」

「それは……」


 昔の自分と重なる。

 なにもかも怖くて、駄々をこねて、それで体罰を受けて、泣きながら任務を行ったときを。


「アレシア、いいか。悩みを持つこと、それは人の特権ともいえる。これから私たちが戦う相手は、悩みなど考えたこともない奴らばかりだ。……いや、訂正しよう。多少はいる。だが、奴らはそれよりも戦いという本能を優先する。そんなこと考えている暇があるなら戦って力をつけるべきだ、とな。もちろん、あいつらと同じようになれとは言わん。そんなことしたら、人でなくなる」


 アレシアに言っているのに、まるで自分自身にも問いかけているみたいだ。


 嗚呼、そうか。彼女を見たとき、なんで不安になるのだろうって思っていたが、昔の自分と重なるからか。

 元の世界でモンスターと戦い続けて心が死にかけた時でも、自暴自棄にならなかったのは上官と仲間のおかげだった。

 私には支えてくれる者達がいたが、アレシアにはいない。


 ならば、今度は私がその役目を果たす番だ。


「悩め。悩み続けろ。そして悩むのが苦しくなったら、誰かにぶつけろ。嫌なら私にぶつけるといい」

「でも、それは誰かにぶつけることと」

「ああ、一緒だ。だが、なめるなよ。私はそんじょそこらの人とは精神力が違う。それに、君と仲間になったのだ。力だけでなく、そういうことでも頼ってほしい。私は君のその悩みがなくなるまで、とことん付き合う気でいる」


 仲間とは、そういうものですよね。長官。


「……すまんな。説教くさくなってしまった」

「いえ……。その、私、すぐ逃げちゃうし、迷子になっちゃうしで迷惑をかけちゃいますけど、本当にいいんですか」

「ああ。少々手荒になるかもしれんが、最後まで責任を持つことを約束する」


 真似事になってしまったが、こういうことだと勝手に解釈しておこう。

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