第一章・狼の「食欲」(三)
三人はお喋りをしながら、すぐ「人間の進化学」の教室に到着した。授業が始まるまであと二分ぐらいだが、先生はもう教室に入っていた。
この授業の担任の伊東椿講師は、全然教授らしくない。彼女は若い女性で今年まだ二十六歳で講師になったから。この十年間、学界の年老いた教授は半分以上亡くなったので、多くの若者が大学の教師に抜擢された。だが、伊東先生ほど若い人は滅多にいない。
伊東先生はほりがはっきりした精悍な顔立ちをしている。髪はえんじ色に染めて、スッキリとしたポニーテールを結んでいる。彼女は短いスカートと半袖のブラウスを着て、ピッタリの服装で体の美しい曲線を強調している。尻から胸まで彼女が女性であることを主張している。
「人択計画」に参加した美女たちに比べたら、伊東先生の容貌は全然負けていない。政府は一体どこからそんなに美しい講師を見つけて講義を行わせているのか、学生たちは知りたくてたまらない。
みんなが座った後、チャイムが鳴った。
「はいはい、授業が始まりますよ。今日は前の主題||人種の違いを続けています。」
若い伊東先生の声は決して高らかではないが、自然に威厳が感じられる。
「みなさんのご存知通り、肌の色で分類すれば、人間は黄色人種、黒色人種、白人人種、褐色人種、四つ種類があります。父系のY染色体で分類すれば、十八のグループに分けられます。母系の糸粒体で分類すれば、三十一ものグループに分けられます。」
「このクラスに三人の留学生がいます。みんなの見た通り、彼女たちの顔は私たち日本人と全然違います。ですが、私たちのDNAの差異は0・1%に過ぎません。ライオンとタイガーが産んだライガーは、異なる種の交配のせいで繁殖能力がありません。しかし、人間にはそういう問題がありません。外見上は全然異なる黒人と白人も肌の色が同じ人同士のように繁殖し続けられます。」
伊東教授はパソコンをクリックして、沢山の写真を開いた。写真の人物は全てラテンアメリカの混血児で、同時に多民族の特徴を持っています。
「ラテンアメリカは人種のるつぼです。私たち日本人が二十世紀の前半に移住したこともその遺伝子プールに貢献しました。ブラジルで、わざと黄人、白人、黒人を区別するのは意味がありません。その理由は、肌が白いブラジル人であっても、アジアとアフリカ移民の遺伝子を持っている可能性は高いからです。今、私たちが探究すべきことは、なぜ人類が二十万年前、アフリカを離れて全世界に広がっていった後、こんなに多くの顔と体型が違った民族になったのか、それは一体進化上のどのような意味を持つのか、ということです。」
若男はマルレナ先輩のほうを向いてチラッと見た。彼は教授の話を聞いて、なぜ先輩が目を引く金髪を持っているのか、ならば、最初は金髪は異性の気を惹くために変異したものなのか、知りたくなった。
「今から籤を引きます。三人の学生を選んだ後、進化学上、彼たちの容姿の特徴の意味を説明します。先ずは…杉谷黒姫さん、次は…ゴラナ・ゼ・ジェロティーナさん、最後は…永倉早雪さんです。この三人、前に来てください。この教室のみなさんは美男子と美女ですから、恥ずかしがる必要はありません。」
三人が出て来て、教卓の前に一列に並んだ。彼女たちは突然先生に要求されて、どうするかちょっと分からないが、微笑みを保っている。
「杉谷黒姫さんは、長くて柔らかい黒髪を持っています。昔の日本では「濡れ鴉」でお風呂上がりの女性の黒髪を褒めていました。黒髪は女性の栄養が足りて成長がいいことを表すのですから。」
黒姫は恥ずかしそうに笑って、自分の黒髪を触った。若男がそう見て面白いと感じずにはいられなかった。黒姫は彼の高校の先輩で同じ部活に参加した。昔から黒姫が恥ずかしいと感じると、髪を触るという癖がある。大学に行っても変わらない。
「ゴラナ・ゼ・ジェロティーナさんは浅い茶髪を持っています。実は、最初の人間たちは全員髪色が黒いです。でも、遺伝子変異の人が現れました。希少なものは高い価値を持つので、髪色が仲間と違う人間が異性に好まれる可能性は高いですから、この遺伝子は次々と承継されていきます。」
ゴラナは反応がないままずっと微笑んでいる。彼女が貴族の家系の出身で、小さい頃から厳しい教育を受けていたが故かもしれない。彼女の苗字の「ゼ・ジェロティーナ(ze Žerotína)」
は「ジェロテインから来た者」という意味だ。チェコでは貴族しか持てない苗字だ。
「永倉早雪さんは黒髪は色がちょっと浅くて、髪質が太くて健康だ。日本女性にしてはちょっと珍しいです。たとえ同じ黒髪でもみんなの髪色の濃さが違います。このような遺伝子の差異も異性を惹き付ける効果があります。人間の本能は、自分と遺伝子が遠く隔たった人を探して結婚するのですから。」
早雪も黒姫と同じで、恥ずかしいと感じているようだ。しかし、彼女は少し肩を縮めただけで他の動きをしなかった。彼女も真面目なお嬢様のようだ。
「次、私は彼女たちの目について話します。杉谷さんは鋭い釣り目と末広型の二重まぶたを持っている。これは伝統的な日本美人の象徴です。こういう目の進化があるのは、私たちの祖先が寒冷地に住んでおり、目の凍傷を防ぐために、目が小さくなったり、まぶたが厚くなったりする必要がありますから。」
若男は黒姫の目をジッと見た。高校時代から、彼は先輩のあの気強く見える釣り目はとても魅力があると思います。黒姫は勉強を教えている時、若男が気が散ると、彼女はすぐ目じりを吊り上げて彼を睨んで、姉さんぶって彼に説教した。それゆえに、若男はずっと彼女を尊敬している。
「ゴラナさんは天色の大きい目を持っています。この様な目は光線に対して感度が良くて、夜間で更に物がはっきり見えます。こういう遺伝子は東北欧に起源を持ちます。そこは冬が長くて、日が出る時間が短いので、光線に対して感度が良い目を持っている人は生存しやすいのです。」
不思議だね…同じ気候が寒いところなのに、人間の進化は二つのルートに分かれている。若男は黒姫とゴラナの目を比べて、生物の進化に讃嘆してやまない。
「永倉さんの目は、もう一つの種類の日本美人のタイプです。大きくて丸い目は縄文人の末裔の特徴です。このような目は欧州人に似ていて、光線をよく感じられます。ですが、縄文人は欧州人と関係が遠くて、両者が同じ特徴を持っているのは収斂進化なのです。」
教授の話が終わるや否や、後ろの席に座っている秀然は手を挙げた。
「すみません。収斂進化という言葉の意味は、寒い環境で縄文人は欧州人と似ている方向に進化することですか?」
「はい、環境は生物の進化を決めます。しかし、人間の進化は全て環境によるものではありません。みなさんは『希少なものは高い価値を持つ』という諺を知っているでしょう。古代において、ある女性は仲間たちより目が大きかったのなら、異性を惹き付けてもっと子供を産んで、この特徴を代々受け継いで行く可能性が高いのです。」
続けて、伊東先生はパソコンで遺伝子の図表を表示する。
「ですが、私が強調したいのは、現代の人類は全員混血児だということです。これは日本人の父系遺伝子の図表です。ご覧の通り、日本においては三つのグループに大別されています――C、D、O染色体です。全体的な遺伝子から判断すれば、日本人は朝鮮半島と中国東北の住民との親縁関係が一番近いのです。」
教授はまた教卓から降りて来て、三人の女子生徒を例にした。
「永倉さんは肌がとても白いが、これは弥生人の特徴です。彼女は両方の遺伝子が混ざった美人と言えます。」
「杉谷さんの釣り目は弥生人の特徴ですが、彼女のつるつるとして艶やかな黒髪は縄文人から譲られたものですよ。」
「ゴラナさんの浅い茶髪と青い目は北欧の祖先から譲られたものですが、肌の色は北欧人より少し暗くてもっと健康的に見えます。これは東欧人の遺伝子です。」
もしこの三人の遺伝子の長所を選んで組み合わせれば、どのような人間が作れるのか…若男の頭に多くの組合わせが浮かび始めた。
釣り目と浅い茶髪を持っている美人。
天色の目と黒髪を持っている美人。
丸い目と浅い茶髪を持っている美人。
残念なのは、若男は絵が下手なことだ。そうでなければ、彼は三人の外観の特徴を合わせて斬新な美人を作りたい。
「人間は二十万年を経て進化した後、今の遺伝子プールが広くなりました。どうやってこれらの遺伝子を保存すればいいか、というのは私たちが探究すべきことです。」
伊東先生は三人の女学生を席に戻させた。そして、アンケート用紙を取り出した。
「このアンケート用紙には二十枚の写真があります。男性と女性各十枚です。彼らの写真に評価を付けてください。五点が最高点で、一点が最低点です。そして、彼らの顔のどの部分に一番魅力があると感じるかも書いてください。写真は全て合成写真です。私たちが世界の多くの民族の写真を集めてパソコンで合成した仮想のキャラクターなのです。次の授業でアンケートの結果を発表して、みなさんが大好きな顔はどんな顔なのか見てみましょう。」
先生がなぜこんなアンケートを行うのか分からないが、学生たちは真剣に写真を評価している…彼らはこの授業は生物学ではなく、美術学のようだと思っているようだ。