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ユートピアまであと一歩  作者: W教授
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第一章・狼の「食欲」(一)


 第一章・狼の「食欲」


 梅雨の季節はまだ来ていないが、四月の東京はもう三日間大雨が降り続いている。雨は台風が来るのではないかと思うほど強いので、たとえ傘を差しても傘の下から雨が入ってきて、すぐ濡れ鼠になる。


 渋谷、新宿、池袋、大手町、上野などは元々賑やかな区域だったが、今では通行人の数が一握りになった。電車駅の人間はロボットより少し多いだけだ。以上の区域の全ての電車駅はこのような光景だ――掃除ロボットは床の水と足跡を拭っている。駅員ロボットはあちこちを往復して、助けを求める乗客を捜している。警備ロボットは広角レンズを搭載したカメラで乗客の動きを監視している。


 高度な機械化社会で、人々はもうロボットたちに慣れているから、誰も足を止めずロボットがどうやって動いているのかなどには関心がない。


 車椅子に乗っている老人は娘に伴われて、池袋駅から江戸川橋駅まで移動した。江戸川橋駅に着くと、ロボットは電車のドアにスロープを付けて彼をエレベーターのほうへ連れて行く。


 「ロボットはいいものだけど、人間性がないのは残念だ。彼らは微笑みながら、私に『気をつけてください』と伝えることはしない。」


 老人は目の前のロボットをそう評価した後、少しお茶を飲んだ。


 「お父さん、もし授業でよく学生にそんなことを伝えたら、彼たちは逆にあなたはおかしい人だと思っちゃうよ。だって、授業はロボットの人工知能の設計について教えてるんだから。」


 「学生たちにAIの設計を教えてるが、何度も彼らに『ロボットに人間と同じ思想を持たせることはどうしてもできない』と伝えてきた。」


 老人は溜め息をついて、ロボットとすれ違う人々を見ている。


 「だが、少なくともロボットは無限の欲望のせいで地球を大混乱に陥れることはしない。私は本当に自分の記憶をロボットのメモリーに保存したい…そうすれば、人間は最初から文明を発展させ直しても、祖先たちがどこまで愚かだったか分かる…」


 「文明の知識を保存して人間の社会の再建を加速させたくない?」


 「もう一度技術を濫用して環境を破壊する文明を再建するのか?そうすれば、人間に再び滅亡の道を歩ませるだけだ。なぜなら、人間は愚かで、過去の文明が滅亡する理由を知っていても、技術を持てば、際限なく贅沢な生活を送ろうとするから。」


 「お父さんは本当に悲観的過ぎるね。私は過酷な環境で育てられてきたけど、この世界には希望がないと思わないよ。」


 老人は娘の手を握って、彼女に微笑んだ。


 「貴女は人間がこの美しい世界を今の醜い様子にした過程を見なかったから、そう思うね。これは貴女の幸運、或いは不幸なのかな?」


 「はい、お父さん。早く電車に乗ろう。研究室に入ったら、私に『心理士ロボット』の設計書をちょうだいね。学院長と伊東教授に提出する予定があるから。」


 二人は電車のドアの前に来た。ロボットのカメラは車椅子をスキャンした後、すぐ二人に聞いた。


 「今の電車に乗られますか?助けていただきたいですか?」


 「はい、電車に乗りますから、お願いします。」


 「了解いたしました。」


 電車が到着した。ロボットは優しく車椅子を持ち上げて電車に入った。


 「気をつけて行ってらっしゃい。」


 ロボットは老人に挨拶して、ホームに戻った。声は優しく温かいが、それに相応しい笑顔はなかった。


 「歴史上、気候が寒くなったら、或いは極端になったら、人類の社会はしばしば動乱が起こりました。四世紀から五世紀まで北半球は気温が大幅に下がって、寒冷地の境界線が南へ移動した。そのせいで中国大陸の北部の遊牧民族が南へ移住してきて、西晋王朝を滅亡させました。『五胡乱華』と呼ばれました。その意味は五種類の異民族が中華を乱すということです。」


 背が高い教授はメガネを押し、教室の中での学生たちを見渡し、それから、大きい声でみんなに聞いた。


 「同時期のヨーロッパはどの年代だったのか、何か起きたのか、知っている人はいますか?」


 ある金髪の女学生が手を挙げたから、教授は彼女に発言させた。


 「あの時のヨーロッパはローマ帝国の中期、わたくしの祖先たち――ローマ人にとっての蛮族は、ゲルマン人とスラヴ人の部族で、気候による圧迫で帝国の辺境を苦しめていたが、フン族が現れるまで、深刻な脅威とは言えませんでした。」


 「いいですね。オギンスカさんは自分の国の歴史には詳しいです。当時のローマ帝国は内戦と通貨膨張のせいで、勢力が既に衰えています。蛮族からすれば、その帝国は大きい牛肉のようでした。」


 教授は投影された気候の変化の資料をマップに変えた。その上に蛮族がローマ帝国へ進出するルートが描いてある。


 「だが、一番早くこの牛肉を食べたゴート人は、フン人の圧迫で西へ移動しました。フン人は漢王朝の匈奴が中央アジアの民族との末裔と思われる。彼たちが東欧に現れたのは、勿論寒い天気に関係があります。」


 そして、教授が指でパソコンをクリックすると、ヨーロッパの3Dのフィギュアが教卓の上に現れた。


 「東欧は、海洋から隔たっているため、大陸性気候に属し、冬は同緯度の西欧に比べ寒冷です。例えば、オギンスカさんの故郷リトアニアは、同緯度のデンマークと比べて、冬の平均気温は、4~8度ほど低くなります。もっとも、私が今述べたのは、二十年前の資料ですが。」


 学生たちは素早くタブレットでノートを取っている。だが、教授は学生たちの動きのために話す速度を緩めない。


 「蛮族は気候の悪さとフン人の来襲が相まって、ローマ帝国へ逃亡してきました。そして、ローマ政府が難民たちに良く接しなかったせいで、部族がそれぞれ蜂起して、各地で強姦、放火、殺戮の限りを尽くしていました。長期間天気の暖かい地域で贅沢な生活を送ったローマ人は、蛮族に殺されていってしまいました。」


 教授は頭を上げて窓外に向けた。大雨でガラスが曇っている。建物が遠くのも近くのもあまり見えない。


 「人間という生物は、古来より少しも変えていません…環境による生存の危機に遭うと、同類を殺害する方法――つまり戦争で解決します。」


ほの暗い空にバラバラと激しい雨音が加わる。このような天気の下で、厳粛な議題を講義すると、学生、教授共に重苦しい圧力を感じずにはいられなかった。しかし、彼らは天候の回復を待ってから授業をすることができないことは知っていた。まさに「極端な気候」の下に生きているからだ。


 教授は扇子を取り、力強く扇いだ。今は春だが、天気はもう初夏のように蒸し暑い。雨が降ると、気温が下がるが、室内の空気も耐えられないほどジメジメしている。少し汗が出たら痒く感じる。


 このクラスの学生たち――十人の女性と三人の男性は、この嫌な天気に抗うために、露出度が高い服を着ている――男性は袖なしのシャツと半ズボンで、女性はタンクトップ、キャミソール、半ズボンだ。教室の中では教授だけはあくまでも半袖のシャツと長ズボンを着ている。スーツの生地が通風の亜麻であっても蒸し暑く感じるから、彼は五分ぐらい話す度に、扇子で扇ぐ。


 「我々人類が世界で最も広範に分布する動物であるとは言っても、異なるエスニックグループの発展は、地理的環境の影響を大きく受けます。地中海一帯のギリシア・ローマの文明と接触しなかったら、東北欧のゲルマン人とスラヴ人は部族連合から国家へ脱皮するのが難しかったです。理由は彼たちは毎日過酷な環境と戦わなければ、生活の充足が得られない、町を建設する時間があるわけがないからです。大規模な町の連合がなければ、勿論国家が形成されることはありません。良い土地であれば、みんなが奪い合いますし、ヨーロッパは長い時間動乱が絶えませんでした。」


 この時、ある学生は手を挙げた。


 「はい、どうぞ。」


 「歴史の記述によれば、民族大移動の時のバンダル族、ゴート族、フランク族、アングル族、サクソン族などの民族は自分の国王と酋長がいました。これは国とは言えませんか?」


 「良い質問です。以上の民族は国王がいましたが、あの時の国王は中世の国王と比べて、擁する権力と地位は完全に異なります。ゴート人の幾つもの集落は、挙って共通の領袖、つまり、国王を選びました。しかし、この王の下には更に多くの酋長がいて、王は直接各集落を統治することはできず、官僚体系も確立できませんでした。王の権力は酋長の支持から来るもので、これはやはり『部族連合』なのです。」


 「分かりました。ありがとうございます。」


 質問した男子生徒はちょっと背が低いが、顔が爽やかだ。彼は教授の詳しい答えを聞いた後、急いでタブレットでキーワードを記録した。


 「次に、中国の歴史を見ましょう。四世紀の時、胡人が大挙して中国の華北に侵入し、遊牧民族が漢人を略奪し、お互いに略奪することも多発しました。長江以北がそんなに多い人口を支えられなかった結果は、至る処死屍累々です…今の人類も大問題に直面しています。それは地球が過酷な気候の下に曝されていることで、果たしてどれだけの人口を支えられるかということです。」


 学生たちは教授を見詰めて、彼が答えを与えるのを待っています。教授はややあって、話し続ける。


 「この問題には正解がありません。しかし、我々は各種公式を用いて、人間が重大な危機に瀕していることを確認できます。この二十年以来、既に三十億の人が亡くなりました…これは私たちが『人択計画』を作った理由となります。『希望の種』のみなさんが自分の聡明さと才能で人間の仄暗い未来を変えることを心から望んでいます。」


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