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ユートピアまであと一歩  作者: W教授
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プロローグ・梟の「家族計画」


 プロローグ・梟の「家族計画」


 「被験体の健康診断はもう終わりました。実験は来週の月曜日に始める予定です。」


 「よろしいです。被験体はもうすぐ始める実験に対して、不安と疑惑を感じていますか?」


 「はい、男性も女性も、被験体全員は恋愛と性行為にあまり興味を持っていません。彼たちは手厚い奨学金で、この実験に応募しましたが、自分が本当にメイティングできるかどうか疑っています。」


 私は東京都知事と厚生労働大臣に詳しい報告書を渡した。年老いた大臣は老眼鏡をかけて丹念に読んでいたが、五ページだけ目を通した後、私を見て頭を振った。

 

 「伊東さん、貴女は優秀な生物学者ですが、まだ若いですね。わしたち老人にははっきり分かった事が、貴女には全然分かりませんね。」


 「説明していただけませんか?」


 「伊東さんたちの計画は、被験体を人としてではなく、動物のように扱って実験を受けさせるつもりです…飲食から生活習慣まで厳しく管理した上に、彼たちの体にマイクロチップを入れたり、薬物を注射したりまでします。これらの人たちはワクチンの実験を受けたチンパンジーと違うところがあるのですか?」


 「彼たちを優遇して、豪華で広い宿舎に泊まったり一日の三食に栄養価が高い美食を食べたりさせます。薬物は彼たちの健康を保つためです。マイクロチップは彼たちの体の変化を観察するためです。以上の措置の中で、彼たちに悪い影響を与えるものはありません。」


 「彼たちを喜ばせて、実験を楽しませることができて、且つ優秀な遺伝子を持つ人類を作ることに私たちが成功するのであれば、ベストです。実験には長い時間をかける必要がありますから。」


 ハア、老人は本当に面倒くさい。彼は人権なんて気にしているのではない。この「人択計画」を作った時、彼も協力した。彼が心配しているのは、被験体たちが厳しい規定に耐えられなくなって計画を脱退したせいで計画が破断する、ということだけだ。


 「伊東さんは東京だけでこの計画を行うのではなく、他の地域にも行くでしょう?」


 「はい、私たちは様々な場所で、山奥から海まで、違う環境が人間の情緒と繁殖力にどんな影響を及ぼすのか試験します。」


 「いいですね。いいですね。今年はどこへ行くか、もうスケジュールを作りましたか?」


 知事の笑顔を見て、彼が何を考えているか分かった…この実験の責任を彼一人で負いたくないのだ。他の県で実験を行えば、もし何か問題があった時、彼は責任を取らずに済むのだから。


 「上半期、私たちは山梨、神奈川、栃木へ行くつもりです。主に関東地域で活動します。下半期になった後、私たちは東北の宮城、岩手、秋田へ。ですが、勿論豪雪被害を受けやすい場所は避けます。」


 「正直に言えば、旅行に行きたければ、わしたちが行けるところが少ししか残っていません。日本では居住地の三分の一が廃墟になりました。『無法地帯』に住んでいる人たちは、我々に対し強烈な敵意を持っています。我々のようなエリートが住んでいそうなところを全部占拠したと思いますから。」


 厚生大臣は両手を組んで、誠意ある態度で私を見詰める。


 「大和民族の未来のために、この計画は必ず成功する必要があります。去年の出生数は十万人以下…しかし、死亡数は五十万人以上です。出生率を上げても無駄ですから、わしたちは極端な環境の世界に適応できる新人類を創らなければなりません。」


 「今の問題は、二十年前から、国民の繁殖力が下がっていることです。男性の状況は女性のより酷いです。性欲に乏しいし、精子の数も少ない…人間という動物は、生存環境が悪化するのを感じて自動的に繁殖の頻度を下げるのではないかと考えています。」


 「伊東さんの仮説は正しいかもしれません。大自然にも家族計画を行う方法があります。梟の繁殖の戦略を聞いたことがあるでしょう?」


 「はい。梟は鼠を常食としますので、もしある年の鼠がとりわけ多いなら、梟の夫婦の産卵数も増えます。鼠がとりわけ少ないなら、産卵数も減ります。そうなると、梟は個体群を多く増やせませんが、子孫たちに十分な生存資源を確保して、種内競争を減少させることができます。」 

 「もし人間もそういう能力を持っていれば、避妊薬が要らないですね。」と知事は大臣の傍らで笑い出した。


 「しかし、昔から人間の社会には飢饉と戦争が絶えません。人間の体には自動的に繁殖力を調整できるという証はありません。避妊の方法を使わなければ、繁殖を止められません。」


 「いえ、今、人類は空前の生存の危機に遭いました。《ジュラシック・パーク》のセリフを覚えていますか?生命は道を見つけられるという。わしはもう年を取りました。以前学んだ多くの医学知識は将来修正されるかもしれません。あなたたちこそ日本の希望です。」


 厚生大臣は特に「日本の希望」を強調したので、私は肩が重くなるほどの強いプレッシャーを突然受けることになった。


 「できる限り実験をやり遂げます。しかし、今回の被験者たちは子供を何人産めるか確認できません…」


 「人工生殖の技術はせいぜい三年かけたら、完璧な境地に至ります。その時、我々はロボットの生産のように人間を作れます。しかし、誰の遺伝子を素材として使えばいいか、科学者たちは悩んでいます。」


 厚生大臣は長く嘆いた後、口を開けたまま、何か言いたそうだが、言葉を呑んだようだ。


 「そう言えば、『人択計画』で選ばれた優秀な人材…彼たちの遺伝子は新人類を創る素材として使えるでしょう?」


 厚生大臣は質問した知事のほうを向いて、悲しい口調で答える。


 「そうです。しかし、私は四十年間、医者として働いていたので、そこまで望んでいません。もし人間が自然妊娠できるのなら、私はクーロン人間を作りたくないです。それは医学倫理に反することな…」


 「ええ、しかも、どのような人間ができるのか、新人類は私たちに危害を加えないのか分かりません。人間とチンパンジーは地球で集団殺害を行う唯一無二の生物、ということを忘れるべきではありません。」


 遺伝子組替と人工生殖の技術で新人類を創ることにはどれほどの政治上と道徳上の問題があるのか、生物学者の私が知っていることは少ない。だが、人間がどれほど邪悪な動物かは分かっている。私たちの欲望には限りがないから。


 「我々は最も慎重な態度で『人択計画』を行うほかにありません。何もしなければ、大和民族の結末は滅亡しかありません。いや、今や国の滅亡の危機に遭うのは日本だけではありません。全人類にとっての終末の鐘はもう鳴り出した。」


 「今から一緒に被験体の資料を見ましょう。VRメガネを掛けてください。」


 私はタブレットのフォルダーを開いて被験体の3D写真を開いた。


 「これは私たちの三人の男性被験体です。彼たちは知能が高い上に体も健康です。彼たちの体型をはっきり示すために、パンツだけを穿かせました。」


 「やはり健康に見えます。顔もハンサムですね!」


 「被験体一号は背が低いですが、肩幅が広いし、ちゃんと筋肉も付いているし、体脂肪率も低いです。彼の下半身を見てください。彼はジョギングが大好きなので、腹と足の筋肉がきれいです。私たちのテストによると、彼は止まらずに300メートルの陸上競技場を20周走れます。しかも、40分以内にです。」


 「凄い若者ですね…」


 「被験体二号は背が高いです。彼は太りやすい体質ですが、良い筋肉の曲線を作っています。彼はバドミントンとテニスが上手です。彼の強壮な背中と両手を見れば分かります。」


 知事と厚生大臣は頭を縦に振った。被験体をとても気に入ったようだ。


 「実は、被験体三号は私たちのスパイです――彼は二年生として『人択計画』のクラスに潜入しています。実験を行いながら、他の被験者を監視しています。彼は肩幅が狭いから細い印象を受けますが、境目がはっきり見える筋肉を持っています。彼は仕事で疲れた時、徒手の体操と筋力訓練でストレスを発散していますので、全身に筋肉が均等に分布されています。柔和で格別な美を感じています。」


 「男性被験体はこの三人しかいませんか?」


 「はい、彼たちとメイティングする予定なのは十人の女性です。しかし、被験体三号はあまりメイティング活動に参加しません。彼の仕事は主に観察と記録ですから。次は女性被験体のファイルを見ましょう。」


 女性被験体は男性と同じで、写真を撮った時は下着を着ただけだ。彼女たちのスタイルと顔は上等だ。今は女性人口が男性よりかなり多いから、優秀な女性のほうが探しやすい。


 「正直に言えば、彼女たちは男にとって90点以上の美人ですね!賢いし、美しいし、スタイルもいいし、彼女たちが生む子供はきっと抜群でしょう。私の娘は…多分この実験に参加する資格がないと思います。」


 私は知事の娘を見たことがないが、彼と彼の妻(テレビで見た)は顔がいいから、娘も多分美人だろう。だが、私に選ばれた被験体は普通の美人ではない。


 「伊東さんも女性ですが、どうして男の好みが分かりますか?」


 知事の質問はくだらなく聞こえるが、実は意味が深い。


 「男性被験体を選んだ後、複雑なテストで彼たちの好みを推論しました。」


 「直接彼たちにアンケートを受けさせれば、もっと簡単でしょう?」


 「男は視覚の動物なので、好みの女性のタイプを口頭で伝えても信じられません。私は彼たちの目が好む女性ではなく、頭が好む女性を知りたいです……申し訳ありません。」


 知事は私の言葉を聞いて、どう返事すればいいか分からないようだ。私はちょっと失礼な言葉を謝った。


 「例え全員美人であっても、彼女たちが子供を産めなければ、いくら美しくても意味がありません。」


 厚生大臣は眉をしかめたままだ。彼は知事と反応が違う。被験体を見ても希望を感じなかったようだ。


 「今の資料から見れば、男女共にの繁殖能力はひどく衰えていくが、男性のほうがより顕著です。暫くは女性の被験体を心配する必要はありません。」


 「女性被験体の中で、欧州からの留学生もいますね。」


 「はい、この三人は東欧から来た優等生です。彼女たちは日本語がうまく話せる上に、日本文化について詳しく知っています。日本人と欧州人の遺伝子を組み合わせれば、どんな子供ができるか、期待しています。」


 「それなら、体外受精で繁殖力の問題を解決すればもっと早いのではありません?医者として、自然妊娠を堅持するのは利点があるとは思いません。」


 「厚生大臣様、私たちが人間を自然に妊娠させたい理由は、主に人間の生殖システムに一体どんな問題があるか観察しようと思っているからです。」


 「では、伊東さんはどのような実験データを集めたいのですか?」


 「先ず、彼たちがどんな状況で性的興奮を感じるか、性的興奮を感じてから体がどうやって性欲を強烈に高めるか、観察しようと思っています。それと、どんな体型は特に異性の目を引くのか、その体型は遺伝子学では何を象徴するのか、ということも確認しようと思っています。」


 「そんな研究を完成するためなら、伊東さんはきっと被験体のプライバシーを厳しく侵害するでしょう。24時間彼たちを監視しなければならないですから。伊東さんの上司はそのことの重さを話したことがあるのですか?それとも彼も分からないのですか?」


 厚生大臣の口調は厳重になったが、私はわざと微笑みで彼に応えた。この反応も私の予想通りだから。


 「私にも事の重さが分かっています。非常時だからこそ、非常な手段を使います。しかも、以上の人たちは自ら実験に応募したのです。」


 「………被験体たちは実験についてどこまで知っていますか?」

 「女性のほうは、被験体七号と九号は大部分の実験内容が分かっています。八号は私の妹です。この三人は実験に参加したスパイです。他の女性は、この計画は彼女たちが男性とのメイティングを励むことだと知っているだけです。被験体が24時間に遠隔監視されるということは知りません。勿論、スパイも毎日被験体の状況を報告します。そして、できるだけ被験体が実験の内容について…深く考えることを防ぎます。」


 「スパイも男性とメイティングしますか?」


 「彼女たち次第です。彼女たちには優先的に実験の進捗を知らせます。」


 「正直に言えば…こんなに厳密な計画は恐らく女性にしかできないものです。私の妻も伊東さんのようにきめが細かいですから、彼女が政治家になったら、私よりうまく施政できると思います。」


 知事は私を褒めたのだと思うが、このコンテクストでは少し皮肉を感じてしまった。


 「男性のほうは、前に言った通り、三号はスパイです。他の二人は実験の内容をよく知りません。普通に考えれば、女性より男性のほうが制御しやすいはずです。男性は美女に囲まれることができるなら、前方に罠があっても進みますから。」


 「それでも、男性の本能を取り戻さないとダメです。彼たちは全く繁殖の欲望を持っていないかもしれません。それはテストステロンを注射すると解決できることではありませんよ!」


 「はい、したがって、私たちは心理面と身体面から人間の繁殖の欲望を取り戻す方法を研究するつもりです。それでできなくても…大丈夫です。第二期の被験体もいますから。」


 「申し訳ありませんが、わしは伊東さんに真実を伝えるべきです。もし伊東さんが次々と実験に失敗しましたら、わしも首相を説得して研究費を提供させることができません。」


 厚生大臣は話をちょっと止めた。どう話を続ければいいか考えているようだ。まったく、老人はいつもはっきりしない!


 「人択計画の学生たちのために、我々は途方もなく高い寄宿料、食費、器材費、旅費、医療費…などを費やします。その上、彼たちに奨学金を渡す必要もあります。彼たちの体から取ったデータの分析にも沢山お金がかかります。現在の日本は、毎年通貨膨張していますので、今年、一人の学生にかかるのは二千万円だと予測しますが、来年は二千五百万円になるかもしれません。」


 「分かりました。でも、信じてください。これは全て必要な投資なんです。」


 「人間は終焉に向かっているのであれば、金銭を節約しても意味がありません。とりあえず、伊東さんを信じましょう!」


 知事は話が終わった後、スーツの胸ポケットから封筒を出して私に渡した。


 「この中には日比谷の「ザ・アイランド・ホテル」の会員カードが入っています。政府はわざわざ伊東さんと他の重要な研究員たちのために、トップクラスの部屋を用意しておきました。よろしければ、好きな時に旅館に泊まってもかまいません。多くの高官はよくそこでミーティングしますので、実験中に何かあったら、彼たちに報告できます。」


 「ザ・アイランド・ホテル」は東京の最高級のホテルの一つだ。景色も設備も宿泊客に離れたくないと感じさせる魔力を持っています。このホテルは国営化した後、政府に許可されたエリートだけが泊まれます。今、私は自分の才智でこのカードを手に入れたので、日本の上級国民にだけでなく華族のようになったとも言える。


 「この実験の技術がかなり進歩した後、わしたちはもっと上流階級の少年少女たちを実験に参加させます。」


 「いいニュースを暫くお待ちください。第一回目の実験には二年ぐらいかかります。今は被験体が第一期入選者しかいませんから、第二期の入選者を三ヶ月後すぐ実験に投入する予定です。私たちの研究欧米諸国のそれにリードすれば、外国政府は私たちに多くの物資を送って人間の繁殖データを交換しようとします。日本は新世界へのアークの航海長になります。」


 厚生大臣は私の話を聞いて驚いたようで、懐疑的な顔を作った。


 「いいです。わしのような老人にとって残された時間は何年かしかありません。貴女のような若者が人類を救えると信じています。貴女たちがこの世界で生きてゆく時間はまだ長いですから。今日の会議はここでお開きにしましょうか。」


 厚生大臣と知事は立ち上がって私と握手した後、会議室を離れた。


 私は彼たちの後ろ姿を見ながら、優越感に浸り笑いが零れた。厚生大臣の言った通り、老人にとって残された時間は何年かしかない。したがって、老人たちはお金と物資を提供するだけでいい。そして、私が哀れな人類の定めを変えるのを待っていなさい!




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