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やさしい悪魔は正解をおしえない ~ 片思いのあの子が死ぬ未来。運命の歯車をぶっ壊す方法とは? ~  作者: オカノヒカル
□第七章 悪魔の中核 - Witch of the West -

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第66話「敵対者たちなのデス」


 志士坂を介した予知において、未来が変わっていた。


「どういうことだよ?!」


 案山だけではなく、高酉や蒼くんまで死亡する未来が見えるってのか?


『わからないわよ。案山結子に関しては前と同じで、歩いている時に上からブロックが落ちてきて死ぬの』

「案山の事故は人為的なものなんだよな?」

『志士坂凛音の得た情報によれば、事故死と処理されてるわ』

「あのゴスロリ女が実行したんじゃねえのか?」

『そこらへんはうまく処理しているのかもしれない。実行犯が逮捕されるような未来はリセットされるだろうから、それをうまく使っているんじゃない? あたしの未来視の精度が悪くなってきてるのはそのせいかも』

「厄介だな」


 今はリセット前の記憶が残っているが、この状態がいつまで続くのかもわからない。


『高酉亞理壽と厚木蒼は、二人仲良く駅のホームから線路に飛び込み、電車に轢かれて死亡……という第一報を志士坂凛音が確認している。心中じゃないかという情報も彼女は聞いているわ』

「あの二人が心中なんてするわけないだろ? 理由がないぞ」


 彼女たちは今、最高に幸せな状態なはず。


『二人が手を繋いだままホームに落ちたという証言があったらしいの』


 だからといって自殺とは考えにくい。だが、人の感情は何が起こるかわからない。事件が起こる前ではあるけど、自殺と他殺の二つの線で調べないとならないか。


「案山の件が3日後に前倒しになったんだろ? だったら、とりあえずそっちを止めてから対処すればいい。もしかしたら、案山の犯人が何かしら高酉たちに仕掛けたのかもしれないしな」

『けど、またリセットをかけられて逃げられてしまうかも』


 今回の件は、そこのところが面倒だ。敵は世界の因果律ではなく生身の人間である。相手に不都合な未来になれば、リセットをかけられてしまうわけだ。


 だったら――。


「……そうだな。犯人を捕まえるんじゃなくて、ひとまずそれが誰かを特定すればいい。そうすれば対処方が見つかるはずだ」

『どうするの?』

「演算してくれ、奴がブロックを投げるあの場所に志士坂を行かせる。彼女を通して犯人が見えるだろ?」


 ラプラスの回答に間が空く。いつものように即行で答えは返ってこない。


 しばらくしてトーンの低い声で彼女が答える。


「ごめん……なんか無理みたい。志士坂凛音が直接犯人の凶行を目撃するってことは、相手にとっては失敗となる。そうなるとリセットがかかるみたいで、あたしの未来予知に制限がかかるの」


 神の能力とも思われたラプラスの未来演算に綻び見えてくる。運命さえねじ曲げる絶対的な力に限界が見えてきたのか。


「ならいつもの強攻策だ。あの場所に隠しカメラを仕掛けてリアルタイムで監視すればいい。案山には、事前に警告して通り道を変更させる。失敗ではなく、延期となるなら相手もリセットは使わないだろう」

「そうね。ごめん、未来演算が役立たなくて」

「まあ、いいさ。絶対的な神の力にばかり頼る、ってのも良くないだろう」


 そう言って、俺はラプラスとの会話を終える。と、目の前には顔を赤くした志士坂がいた。


「あ、悪い。もう終わったから」


 なぜか、俺も気恥ずかしくなってすぐに手を離す。


「ど、どうだったの?」

「未来が変わっていた。案山が事故に遭うのは3日後に変更されている。あと、高酉と蒼くんが心中」


 俺のその言葉に、やはり志士坂も驚いたように声をあげる。


「え?! どういうことなの?」

「それについてはよくわからん。ただ、案山に仕掛けた奴と同一人物が関わっている可能性が高い。ひとまずは、犯人が行動を起こす場所にカメラをしかけて見張ることにする」

「わかった。あたしもなんか協力できる?」


 俺は少し考える。二人で監視用のモニターを睨めっこというのも効率が悪い。だったら別行動をとってもらおう。


「そうだな。俺が準備している間に、高酉と蒼くんのこと調べてくれ。何か心中するような要因があれば教えてくれ」

「うん。まかせて」



**



 今日は前倒しになった案山が事故に遭う日。


 セッティングはすでに済んでいるので、近場にあるファストフード店でカメラの映像をスマホでチェックする。


 しばらくすると、もう一台のスマホ、普段から持ち歩いている機械が振動する。


 液晶の表示を見ると志士坂からメッセージが入ったようだ。


 タップしてアプリを立ち上げると、メッセージラインを見る。


志士坂【高酉さんと蒼くんの件での報告よ】


 俺は期待を込めて返信する。


土路【何かわかったか?】

志士坂【今のところ問題がないように思える】

土路【ケンカとかしてないよな】

志士坂【うん 球沙にも聞いたけどそんな様子もないって】


 ん? 前までは厚木さんとか苗字で呼んでた志士坂が、わりと親しげに下の名前で呼ぶようになったか。これは良い傾向だ。まあ、あの二人が仲良くなるのは悪いことではないからな。


土路【あの二人に第三者が接触した気配は?】

志士坂【ないみたい】

土路【二人の仲は冷めてないよな?】

志士坂【ここのところ毎日デートだって】


 このメッセージの後に、雪だるまが汗をかいた「アツアツだね!」というイラストのスタンプが添えられる。


土路【じゃあ他人が付け入る隙は今のところないか】

志士坂【そうだね】

土路【引き続き調べてくれ】

志士坂【り】


 もう一台のスマホをしまうと、再び監視カメラの映像をチェックする。


 時間は15時34分になる。あと10分で案山がその下を通るはずだ。そろそろ仕掛ける側もスタンバイしないと間に合わなくなる時間である。


「お!」


 映像に人影が映る。入り口付近に設置したカメラに三人の人物が見えた。一人はこの間のようなゴスロリ服を着ている女。もう一人はTシャツにジーンズというラフな格好の男だ。そして、もう一人は眼鏡をかけた白いワンピースの女性。


 顔が見えないので年齢がわかりにくいが、歩き方や肌の感じなどから、三人とも10代もしくは20代だと思われる。


 もう少しカメラに近づいてくれば顔が確認できるだろう


 俺が液晶を食い入るように見ていると、ついにその姿が拝見できた。だが、俺の思考が一瞬固まる。


「厚木さん?」


 その顔かたちは彼女に似ていた。すぐに顔付近を拡大する。だが、不適に笑う表情、そして左目の下にある泣きぼくろは、本人でないことを示していた。


 顔が少し似ているだけの別人か。でもまさか……いや、違うか。


 さて、もう一人の人物はと、そちらを拡大しようとして手が止まる。


「おいおい、斉藤だよな? それとも、こいつも似ているだけの別人か?」


 クラスメイトの斉藤といえば、「どっぺるくん」がうちの部で話題になったきっかけだっけ。黒金が瓜二つの人物を見かけたと言っていたな。


 だが、普段見慣れている人間というのは、後ろ姿だけでもそれが誰であるか気付く場合が多いという。


 この斉藤に酷似している人物は、歩き方も、そしてその仕草すら本人を思い出させる。もちろん、俺はそこまで彼に興味があったわけではないので、ただの勘違いかもしれないが。


 そして最後の一人を拡大して……記憶の引き出しを探る。知っている顔のような気がするが誰だっけ? という感じだった。


「あ、そっか、こいつは多聞花菜か」


 案山に対してかなり怨みを抱いている、解体に追い込む前は彼女と同じカースト上位グループの一人だったっけ。


 映像を見ていたスマホが振動する。設定しておいたアラームの時間になったようだ。


 さて、そろそろ店を出よう。案山があの道へ行くのを止めないといけない。


 前は直接犯人を止めようとして逃げられたが、案山がそこを通らなければ奴らを泳がして調べることができる。


 さあ、俺の計画をリセットした落とし前はつけさせてもらうぞ!



**



「で、なんでおまえがいるんだ?」


 次の日、志士坂と打ち合わせのためにコーヒーショップに行ったら、彼女の隣に黒金が座っていた。わりと、このパターンは多いよな。


「最近、凛音姉さまが、なにやら、こそこそとせんぱいと逢い引きしてるので」


 黒金は高酉のようなジト目を俺に向けてくる。


「涼々ぅ、逢い引きじゃないって説明したでしょ」


 隣の志士坂が引きつった顔で黒金をたしなめようとしているが、今の彼女は素に近いのであまり威厳がなく、黒金の暴走は止められないようだ。


「せんぱいの口から聞かないと納得できません」

「……そういうことなの。土路くん。説明してやってくれないかな」


 志士坂が苦笑いしながら俺を見上げる。


 めんどくせーな。


 まあ、どちらにせよ、黒金にも話さなければならない時がきたのかもしれない。とはいえ、なんの躊躇いもなくこいつに話すのは癪である。こういう時は、あの手で行くか。


「よし、賭けをしよう。勝ったら全部教えてやるよ。負けたら、残念だけど諦めてくれ」


 そう言って、いつものように黒金からコインを借りるついでに間接的に触れて、悪魔を起動させる。


『話しちゃった方がいいかもね』

「そのつもりだけど、どう話したらいいか、いちおう演算してもらおうと思ってさ」

『下手な小細工は必要ないわ。全て話せば良いと思うよ。彼女自身の心中阻止の話も含めて』

「そうなると厚木さんの自殺が絡んでいることも話さなければならない。彼女の性的指向も」

『案外大丈夫みたい。理解はあるわ。黒金涼々はあんたが思ってるほど、悪い子じゃないから』

「黒金が第三者や厚木さん本人にそれを漏らす未来はあるか?」

『まあ、黒金涼々はあんたに心酔しているからね。あんたがよっぽど酷い扱いをしない限りは平気よ』


 日常的に酷い扱いはしてるんだけどな。


「おまえがそう言うなら問題ないんだろうな」


 ラプラスの未来視は絶対的だからな


『あと、コインは裏だよ』

「わかった」


 俺はラプラスとの会話を終わらせると、「俺は表だな」と呟き、黒金が「じゃあ、あたしは裏ですね」と言ったところでコイントスをする。


「裏だな」


 手のひらに落ちたコインを黒金に見せると、彼女は喜んで小さく手を叩く。


「やったぁ」

「じゃあ、まず、俺の悪魔の能力を教えよう」

「えっと……せんぱいって中二病でしたっけ?」



**



 全てを丁寧に話終わると、俺は氷の溶けきったアイス珈琲を一口飲む。


「……」


 黒金は呆然としていた。まあ、未来予知なんていう超常現象を一般の人間がそう簡単に受け入れられるわけがないからな。


「まあ、信じられないってのは仕方ないと思う。なにしろ、眉唾ものの話だ」

「いえ、あたしの身に起こったこと、それから、あたしが何を考えていたかってのを考えると、怖いくらい一致する部分があります」


 彼女はそう言って一呼吸すると、さらに話を続ける。


「それに、せんぱいの行動って、『未来を知っていたからこそ』のものじゃないですか。今考えれば納得できることがたくさんありますよ」

「おまえも志士坂と同じであまり疑わないんだな。将来、霊感商法で騙されないか心配だぞ」


 志士坂に続いて黒金も俺の話を信じすぎ。まあ、その方が話が早くて良いけどさ。


「あたしはせんぱいの話だから信じているんです」


 黒金は胸元で両手を握りしめ、あざといかわいいポーズを俺にアピールする。ぶれないな、おまえも。


「まあ、いいや。でもさ、俺が未来を知っていたってことは、おまえの行動を先回りしていたわけだし。俺はおまえが思うほど優しくもないし、気が利くわけでもないってわかっただろ?」

「けど……あたしはせんぱいに助けられました。あたしに誰かを好きになる気持ちを教えてくれました。未来予知なんて、ただの道具でしかありませんよ。それをどう使うかが重要です。せんぱいは、尊敬に値する使い方をしました」


 こいつがあざとさを武器にするとはいえ、そんなにまっすぐに俺を見つめられるとこっちが思わずたじろいでしまう。


「……」

「ますます惚れ直してしまったじゃないですか。責任とってくださいよぉ」


 と、いつもの黒金に戻ったので、少しほっとした。


「それは無理だっていっただろうが」

「ま、全部厚木せんぱいのためってのが、ちょっとムカつきますけどね。そう思いません? 凛音姉さまぁ」


 黒金は、甘えるように横にいる志士坂に話を振る。


「涼々のその気持ちはわからないでもないけど、それが将くんだもん」

「余裕ですね。さすが正妻です」

「おい!」


 俺は思わずツッコミを入れる。


「まあまあ、落ち着いて土路くん。涼々の言うことだからあまり本気にしない方がいいよ」


 お姉さまモードの志士坂は、いつものような気弱な態度ではなく、どっしりと構えたような感じで俺にそう告げる。


 こいつは黒金とは逆に、ブレすぎてよくわからない性格になっているよな。まあ、演技の方向が誰かを貶めるのではなくて、仲間を気遣ったり、自分を鼓舞する方向に持って行っているのだから、悪いわけではないが。


「話が逸れすぎだ。時間がないから、過去の話はこれくらいにして未来の話をする。ついでだから黒金。おまえも協力しろ」

「その言葉も待ってましたよ。高酉せんぱいの件では、完全に仲間ハズレでしたからね」


 にやりと笑う黒金は、何か新しい遊びを見つけた子供のようだった。


「で、今後の方針だが――」


 俺がそれを説明しようとしたところで黒金が「待って下さい」と言葉を被せてくる。


「なんだよ?」

「どうせなら文芸部の皆に話した方がいいんじゃないですか?」

「なにを?」

「せんぱいの能力を」


 は? この期に及んで厚木さんや高酉や案山に全てを話せというのか?




◆次回予告


黒金の提案を受け入れ、主人公はこれまでのことを皆に話すことにした。


だが、厚木球沙の口から衝撃的な言葉がこぼれる。


次回、第67話「記憶にまつわるエトセトラなのです」



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