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やさしい悪魔は正解をおしえない ~ 片思いのあの子が死ぬ未来。運命の歯車をぶっ壊す方法とは? ~  作者: オカノヒカル
□第五章 蒐集の小鬼 - Stupid wolf -

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第57話「星を継ぐものデス」


 女性同性愛者であることをカミングアウトした厚木さんに、下手な言葉はかけられない。安っぽい同情なんてされても不信感が募るだけだろう。


 だったらその事実と真摯に向き合って、俺なりの想いをぶちまけるだけ。そして、彼女の心の重みがとれる方向へと誘導してやるのがベストだろう。


「でもさ。厚木さんのそれは、別に病気じゃないんだよ。あのWHOの疾病分類「ICD-10」でも、アメリカ精神医学会の「DSM」でも、同性愛は「異常」「倒錯」「精神疾患」とはみなされないし、治療の対象からは外される。病気じゃないんだから、矯正する必要もないんだよね」

「へ?」


 あからさまな俺の話題の変更に、さすがの厚木さんも付いてこれずに呆然と俺を見上げる。


「バカにするつもりはないよ。俺の真面目な意見として、その恋愛観は人類の進化の過程で必要不可欠な多様化なんだよ」

「……」


 大真面目に大げさに、そして熱量をもった言葉を厚木さんにぶつけていく。


「今、人類って80億近いでしょ。あきらかに増えすぎじゃん。別に子孫を必死に残す必要ないし、だったら誰が誰とくっつこうが影響ないってか、男女カップルこそ自制しろよって感じだよね。この時代、人口を増やしまくるほうが問題だろ?」

「つ、土路クン?」


 俺の暴走に近い発言に、厚木さんは戸惑い始めている。


「俺はたぶん、厚木さんをあきらめきれなくてこじらせて、大上と同じような道を歩むと思う、あ、ストーカーなんかしないよ。三次元の女性はきっぱり諦めてギャルゲにハマるだけのこと。そこには俺の理想とする嫁がいくらでも転がってるさ。そうやって二次元嫁を愛でながら一生独身を貫く。でも、それも生き方の一つ。卑屈になる必要もない」


 ここにキモオタがひとり爆誕!


「ちょ、ちょっと土路クン。モテるんだから、そんなことしなくても。ほら、リオンとかスズちゃんとか可愛くて慕ってくれる子がいるじゃん」


 厚木さんは、困った顔でそんなことを言ってくる。


「俺はあの二人と付き合うようなことはないよ。志士坂にも黒金にも独り立ちしてほしいと思っている。あいつらは本来、俺なんか必要ないんだよ」


 厚木さんのことがなければ、俺は関わるべきではなかった。


「そんなことないよ。あの子たちは本気で土路クンのことが好きだと思う」

「俺はさ、あいつらの運命を歪めてしまった責任がある。だから、付き合うんじゃなくて俺抜きで生きられるように鍛え上げる使命がある」


 ラプラスの未来予知は諸刃の剣。俺の優先順位は厚木さんだから、いずれ志士坂や黒金に酷いことをすることになる。そのためにも早いところ俺から巣立ってもらわないと。


「本当にそれでいいの?」

「良いも悪いも、厚木さんがダメだったからって、あいつらのどちらかと付き合うなんて格好悪すぎるだろ? そもそも俺はあの二人のうち、どちらかなんて選べないからな」


 俺のその言葉に、厚木さんはしばらく下を向いて考え事をするように目をつぶる。そして、一呼吸おいて頭を上げこちらを真っ直ぐ見て、問いかけてきた。


「ねぇ、どうしてわたしが好きなの?」


 前に似たようなことを黒金に聞かれたな。あの時と状況が違えど、本質的なことは同じか。


「俺はさ、本質的には捻くれた奴だから、正反対の厚木さんが眩しすぎて憧れてしまうんだよ。厚木さんは俺にとっての天使だからさ」


 なんかちょっとストーカーっぽい言い方だったかな。


「……わたし天使なんかじゃないよ」

「まあ、悪魔だったとしても嫌いにはならないよ」


 話の流れがおかしな事になってきた。俺のことはどうでもいい。厚木さん自身のカミングアウトで負の方向に感情が流れないためにも、精一杯のハッタリで彼女の心を誤魔化さなければならない。


 とはいえ、ラプラスを使えないのが痛い。こんな状態で彼女に触れたら、悲鳴を上げて逃げられるのがオチだ。とにかく落ち着いて思考を整理しろ。


「さっきの話の続きだけどさ。そもそも俺って、子孫を残したいとかそういう本能があんまりないんだよね。いや、正確には子供はいらないけど、自分のこの思考とかを誰かに引き継いでもらいたいとは思っている」


 思い出したのは悪魔を名乗る少女。俺は彼女から思考を受け継いだ。


「それは自分の思想を受け継いでくれる者をってこと?」


 違うよ。俺は思想家じゃないからね。


「ううん、思想じゃないよ。純粋な思考。何かを解決するときに、最速で最良の結果を生み出す思考パターンだよ。パズルを解くような純粋なもの。数式のようなものかな。だから、何かに感化されるとか、強い意志を持つとか、そういう思想じゃなくて、思考なんだよ」

「うん……わたし、なんとなく土路クンの考え、わかるよ」


 そう。彼女も俺とはベクトルが違うが、同類であるからな。問題解決能力は純粋に思考であって、思想こそ邪魔なノイズになりうるってところが重要だ。それは有里朱さんのアドバイスで俺自身が気づいた事。


「子供を作ったって、遺伝情報だけじゃ優れた思考は伝わらない。だったら、弟子でも作って、そいつに引き継がせるのも、子孫を残すくらい大切なことだろ?」

「……」


 増えすぎた人類に必要なのは、子孫を残す事でも無ければ、宇宙移民を始める事でもない。思考を研ぎ澄ますことだ。山積みの問題をどうやって解決するかの方が大事だろ?


 だからどんな恋愛観を持とうが、それは勝手だ。同性に惚れようが、二次元に惚れようが、生涯独り身であろうが。


「これからは異性同士の結婚なんて制度に縛られる必要もないし、ましてや子供なんて必要ない。作りたい奴らに作らせればいいんだよ」

「……」

「厚木さんは、俺以上に優れた思考を持っている。だから、それを引き継がせられるなら、遺伝子なんて必要ないだろ? たぶんそういう時代に、これからなっていくよ」

「……」


 俺のトンデモ理論を真面目に聞いてくれている。ま、納得する必要はないさ。俺自身の異様さがわかればいい。


「だから誰を好きになろうが、負い目を感じる必要はないよ」

「……なんか土路クンらしい考えだね。極論なんだろうけど」


 彼女は穏やかに笑った。それはいつもの彼女に近い……いや、まだ遠いか。


「極論なんて笑ってられるのも今のうちかもよ。今、人類は次のステージへと移行中なんだから」


 そんなハッタリをかましながらも、俺はさらなる人類の進化を願う。ただし、それは諸刃の剣だ。俺のように絶対に想いの叶わない恋をするものも多く出てくるだろう。


 でもさ、仕方ないじゃないか。


「そうかもね。なんか、ちょっと気が楽になったかも。土路クンのトンデモ論を聞いてたら」


 それでいい。厚木さんが元気になるなら、俺は道化師ピエロにだってなるさ。


「ねえ、厚木さん。俺のこと友達って思ってくれているんだよね?」

「うん、あたりまえじゃない」

「じゃあ、今日から俺たちはマブダチだ! いいか、困ったことがあったら隠しごと無しで相談しろ」


 強引にそう言い切って俺が右手を差し出す。ここまで来たらノリで押し切るのがベストだろう。深刻に考えさせないように誘導すべき。


「う、うん」


 厚木さんはガシッと俺の手を強く握る。本来なら憧れの異性の柔らかな手。けど、この接触は、逆にその憧れを断ち切るためのもの。


 俺の恋が完全に終わったことを象徴するもの。けど、彼女が助かるなら、なんだってする。たとえ、自身の心が壊れようとも。


「……」


 いちおうノってくれたので、ひとまず大丈夫だろう。この『マブダチごっこ』の効力がどこまで続くかわからないけど……。


 というわけで、彼女に接触したということで、ラプラスは……。


『呼んだ?』

「未来は変わってないか?」

『ん? んー、そうだね。彼女が自殺するって結末は変わってないかな』


 やっぱり、男の俺では彼女を現世に引き留めることはできないのか。それに付け焼き刃なトンデモ論では、彼女の根本的な問題は解決しないってのはわかりきっていたはず。


「高酉がラスボスだと思ってたけど、厚木さん自身がラスボスだったとはな。まったく、難易度ルナティックは伊達じゃないな」

『それより、あんた。大丈夫なの?』

「なにが?」

『厚木球沙がバイセクシャルって可能性は消えたんでしょ? あんたがあの子と付き合うことは実質、不可能になったわけよ。それとも、マブダチ宣言で満足しちゃったの?』

「するわけないだろ! けどな、そもそもこの可能性は予測できたことだ」

『あきらめるってこと?』

「違うよ。彼女が生き残る道を見つけるために、最後まで足掻くんだよ」


 優先順位は厚木さんの生存。それさえブレなければ彼女は助けられる。その後のことは、助かってから考えればいいじゃないか。それこそ思考のノイズでしかない。


『ま、無理はしないでね。あんたに壊れられると退屈しちゃうから』

「じゃあ、またあとで」


 ラプラスの会話を打ち切って通常時間へと戻ると、作り笑顔の厚木さんが視界に映った。


 胸の奥が痛む。


 彼女はまだ、救われない。


 彼女を救うためには何が足りないんだ?


 考えすぎると思考の迷路に入り込む。いや、それよりも想定以上のショックで思考が鈍化している。これはマズイ。


 俺は「用事思い出したから帰るね」と厚木さんを教室に置いて、廊下へと出る。


 体が重い。気力を使ってようやく前進しているような感じだ。誰かに見られたら笑われるようなぎごちない動き。


 俺はひとけのない屋上へと向かう。鍵は案山の騒動の時に合い鍵を作っておいたので、一人になるにはちょうどいい。


 というのも、ちょっとヤバいからだ。


 誤魔化して強気でいようと思っても、体がそれについていかない。目にゴミが入ったかのように、涙がボロボロとこぼれていく。


 結末は予想できていたというのに、いざそれが現実となると、急激に心にダメージがかくる。


 俺は完全に厚木さんにフラれた。わずかな希望さえ砕かれた。


 みっともないところを誰かに見られるわけにはいかない。


「土路くん?」


 タイミングが悪いのか、会いたくない人物に会う。ま、学校の人間なら誰でも会いたくなかったがな。


 そこにいたのは志士坂。


 あいつ、なんでこんなとこにいるんだ? 部活はないってのに。


 彼女を無視して階段を駆け上がって屋上へと出る。


 そして涙が落ちないように空を仰いだ。


「土路くん!」


 屋上の扉が開いて、焦ったように志士坂が駆け寄ってくる。


「なんだよ?」


 俺は背を向けて彼女に問いかける。


「いきなり屋上に行ったから、あたし心配になって」

「幼子じゃないんだから、俺がどこ行こうが危険なわけないだろ」

「土路くん泣いてるでしょ?」

「花粉症だよ。今の時期はイネ科の受粉時期だからな。たぶんあれだ、校庭にあるギョウギシバのせいだよ」

「……」


 足音が近づいてくる。そして背中に軽い衝撃。彼女が抱きついてきたようだ。


「案山さんの件もあったから、あたし心配だったんだよ」


 そういや、彼女はここで手すりを乗り越えて自殺するはずだったんだよな。


「だから、花粉症だって言っただろ」

「ごめん、教室での厚木さんとの会話、聞いちゃったの」


 マジか? そりゃ、誤魔化されないわな。


 ラプラス。起動しろよ!


 自動的に現れるのを待つでもなく、俺は自分から悪魔を呼ぶ。


『ほいほい』

「緊張感ないな」

『珍しいね。あんたから呼ぶなんて。違うか、今回、あんたはあたしを願った(・・・)

「そんなのどうでもいい」

『なに?』

「志士坂の未来を演算してくれ」

『は? あんた、あの子に乗り換えるの? フラれたばっかりだというのに』

「違うよ。厚木さんを救うために、志士坂を利用する」


 もうひとりの悪魔が俺にくれたヒント。それを実行するだけだ。



◆次回予告


伝家の宝刀を抜いた主人公が示す未来とは?!


第五章最終話「最善を尽くすのです」にご期待下さい!


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