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やさしい悪魔は正解をおしえない ~ 片思いのあの子が死ぬ未来。運命の歯車をぶっ壊す方法とは? ~  作者: オカノヒカル
□第五章 蒐集の小鬼 - Stupid wolf -

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第48話「特定しましたデス」


 ローラー作戦というものがある。


 調査などの際に、ローラーをかけるようにしらみつぶしに当たるやり方だ。


 何万人もの対象者を相手に1人ずつ潰していくのは愚かな行為だが、対象者が一桁台であれば大した時間はかからないだろう。


 今回はたった5人。その中から真のストーカーを探せば良いのだ。


 ラプラスは触れるだけで未来が見える。この5人に1人ずつ触れていけば、ストーカーが誰なのかはすぐに分かるはず。


 もちろん、犯人を当てれば終了の推理ゲームとは違う。


 俺は命を賭けてそいつと向き合わなければならない。


 そいつの行動を止め、厚木さんに及ぶであろう害を未然に防いでこそ“ミッション達成”となるのだ。



 相良から情報を得た次の日。


 校内でストーカー候補にすれ違いざまに肩を当てていく。ラプラスには前もって、その人物がストーカーだという未来予知が見えるまでは出てくるなと釘を刺しておいた。いちいち登場されては時間の無駄だからな。


「……」


 どの相手も、わりと大人しめな奴らばかり。それほど大きなトラブルになることもなくサクサクと進んでいく。


 4人目の候補とぶつかったところでラプラスが反応した。


『この子だね』


 そいつ名は大上おおがみ護武もりたけ。クラスは2年4組。小太りの男子生徒だ。人畜無害そうな顔をしているが、その中身はいつ暴走してもおかしくないほど歪んだ性格の持ち主であった。


 情報によれば相良とは1年の時に同じクラスだった男だ。2年になってクラスが分かれてからは、交流は無いようである。


「未来は変わってないよな?」

『ええ、あんたが強制介入しなければ、12日後に彼は自分の欲望の為に厚木球沙を誘拐し、その5日後に彼女を殺す』


 ラプラスは言った。


「誘拐さえ阻止できればいいってわけじゃないよな?」

『誘拐が失敗に終わった場合は、彼は暴走するわ。次の日にあなたを殺し、厚木球沙の一家をも殺す』


 ずいぶん極端な男だ。


「……見た目はそれほどヤバげな奴には見えないんだけど」

『百聞は一見にしかずよ。彼が今日家に帰ったときに部屋の様子が見られるから、それを覗いてみるといいよ』


 真っ暗だった視界が急に明るくなる。だがこれは、時間が戻ったのではなく未来の大上の視点。


 彼が部屋に入ると、その内部は一目で異常だとわかる。


 壁という壁のあらゆる場所に貼られた写真。それは厚木さんを映したものだ。本人が見たら卒倒しそうな場所だ。ある意味ホラーである。


 だが、机の側に大きく引き延ばした1枚の写真に俺は見惚れてしまう。


 それはなんのことはない彼女の優しげな微笑みを写し取った写真。認めたくはないが、彼女の魅力を最大限に切り取ったものだといえるだろう。


 さらに彼が所有するPCに彼自身が電源を入れ、厚木球沙と記載されたフォルダが開かれる。すると、中にも彼女を隠し撮りしたであろう画像ファイルが数百と出てくるではないか。


 壁に貼られた写真は、画像ファイルをプリンタで印刷したのだろう。彼なりに膨大な画像ファイルから厳選したのかもしれない。


 写真1枚1枚に映る厚木さんは、時間を忘れて見惚れてしまうほどに美しい。彼なりの好みの角度と表情があるようで、わりと似たような構図のものが多かった。


 校内で撮ったものもあれば、外出時のものもある。最も古い日付は1年前のものだった。


 やはり、厚木さんがストーカーに気付いたってのは、相良の下手くそな尾行のせいか。


 厚木さんへのいじめ問題で、俺が彼女を必要以上に気に掛けていたこともあるから、それを警戒したストーカーが相良へと盗撮を依頼したというわけか。


 そこで未来が変わった。ストーカーにとっては、厚木さんの周りをうろつく男なんて邪魔でしかないからな。


 大上の未来視点を見ていて感じたのだが、彼は本当に厚木さんに憧れているのだ。彼女を天使のように崇め、その愛らしさに純粋な姿に愛情を注いでいる。少々ねじ曲がってはいるが。


 そんな彼に俺は同情に近い感情を抱いてしまう。


「こいつが厚木さんに手を出さないのであれば、俺は放置しておいたかもな」


 彼女を天使のように崇めるという意味では同類だ。


『あんたも厚木球沙にご執着のくせに』

「うるせー!」


 ラプラスの軽口にはついつい、本気で反応してしまう。


『あんたにだってわかるでしょ? 想いが叶わないのであれば、無理矢理にでも手に入れたいっていう彼の気持ちが』

「それはねえよ。俺は彼女の笑顔を守り……違うな、彼女が幸せになることを純粋に願っている」


 しかし、自分で言っていて、それがどこまで俺の本心なのかが曖昧になってくるのも事実だ。劣情などは100%無い、と言えば嘘になるからだ。


『わかってると思うけど……あんた、今の状態じゃ厚木球沙を幸せにはできないよ』

「ああ。それでも、不幸にしないことならできる」


 過信しすぎかもしれないが、ラプラスの未来演算があれば俺の悪知恵は無敵になる。どんな不幸だって払いのけることはできるだろう。


『そういうの、何て呼ぶか知ってる? “自己満足”っていうのよ。あんたも彼と同様に暴走しないとも言い切れないわ。そんな独り善がりな感情をこじらせてる限りはね』


 厚木さんには好きな子がいて、それは女の子であり、男の俺にはどう足掻いても彼女を幸せになんかできない。


 今は格好つけて彼女の幸せを願っているが、自分に幸せが訪れないと確定したとき、俺はどういう行動をとってしまうのだろう――。


 そう考えると、耳の痛いラプラスの言葉も納得できた。


 しかし、俺は諦めの悪い人間である。


「……誰にどう言われようと構わないさ。何が何でも厚木さんを幸せにして、俺も同時に幸せになってやるよ」



**



 休み時間、俺は厚木さんにそれとなく大上のことを尋ねる。


「ねえ、厚木さん。大上って知ってる?」

「大上クン? 1年生の時に隣のクラスだったかな。その時、わたしのクラスの男子にいじめられているのを助けたことあるよ」

「……」


 奴も厚木さんの天使属性にやられた口か。最終的には彼女に酷い事をするというのに、大上を同情するような情報ばかり集まっていく。


「大上クンがどうかしたの?」


 厚木さんに真実を伝えるわけにはいかない俺はとっさに誤魔化した。


「いや……相良とやってたゲームのフレンドだったみたいだから、どんな奴かなと思ってな。対戦するなら、相手のクセとか知っておいた方がいいだろ?」

「土路クンってそういうとこあるよね」

「そういういとこって?」

「負けず嫌い」

「まあ、間違ってはいないよ。けど、厚木さんだってそうだろ?」

「わたしは振る舞っているだけよ。負けないように……ね」


 その言い方に、少しだけ彼女の闇が見えたような気がした。暗い影に満ちた一瞬の表情。自然な会話の流れとはいえ、そんなものを引きだしてしまったのは俺だ。


 まったく、何をやってるんだよ――。


 自分を自分でぶん殴りたい気分だった。


 けど、厚木さんの笑顔が本物ではないことに、俺は少しずつ気付き始めているのかもしれない。


 斉藤が言っていた「今の厚木球沙はニセモノだ」という言葉。そして、ラプラスが導き出した『彼女が絶望して死を選ぶ』という未来。


 皆から好かれるムードメーカーでもあり、学園一の美少女は、“理想の天使”を演じているのだろうか?


 志士坂の被っていた仮面とも、黒金の被っていたネコとも違う。


 彼女は何者なのか。


 いや、そんなことは俺が一番よく知ってるじゃないか。彼女は精一杯、この世界を楽しもうとしている。


 笑ってる厚木さんも、物語のことを熱く語っている厚木さんも、誰かを楽しませるために変顔している厚木さんも、すごく生き生きとしている。


 そんな彼女を俺は好きになったんじゃないのか?


 そりゃ、昔助けてくれた人に似ているかもしれないけど、そんなのはきっかけに過ぎない。


 あの悪魔と厚木さんは別人であると俺は確信している。だからこそ、厚木球沙という人物を誤解していない。


 そう、誤解しているのは大上の方だ。


 あの部屋を見て同情しかけたが、ちょっとした違和感は抱いていた。


 たぶん、それこそがあいつを止めるための鍵となるだろう。



**



 俺は策略を考える。


 大上が厚木さんの誘拐を実行するのは12日後。準備期間はたっぷりある。その日がテスト休みの期間であるから、その気になれば一日中彼女を見張っていることも可能だ。


 焦らずに考えよう。


「おまえの演算では、厚木さんの外出時にずっと俺が見張っているというパターンでは最悪の展開になるんだよな」


 ラプラスにそう問う。


『そうよ。あんたも厚木一家も殺される』

「じゃあ、隠れて彼女を見守るパターンはどうだ? 大上が実行しようしとしたときに、陰から飛び出して取り押さえればいい。あとは警察へ引き渡すだけ」

『その場合も、あまり変わらないわね』

「まさかあいつ、脱獄でもするのか?」


 ラプラスはため息とともに言った。


『そうじゃなくて、大した罪にならなくて厳重注意くらいで保護者に引き渡されておしまいよ』

「なんでだよ?!」

『誘拐しようとしていた証拠は皆無。相手が使うのはスタンガンだから、大した怪我は負わない。それに……未成年だもの』


 度重なる法改正で年々厳罰化が進んでいるとはいえ、やはり警察も未成年の事件には慎重になってしまうのか。日本が少年犯罪に甘い理由が分かって気がした。


「……なるほど。それで怨みを買った俺たちは大上に殺されると」

『そういうこと。でもまあ、わりと彼は慎重なタイプだから、そう簡単には捕まらないと思うけどね。誘拐直前は、彼もドローンを使って周囲に不審人物がいないか確認するよ』

「下手な監視は却ってバレやすいってわけか」

『彼もバカじゃないからね』


 だからこそ相良をリモートで利用しようとしたのだろう。


「案外、難しんだな。今度ばかりは楽勝だと思ったのに」


 その後ラプラスに、事前に考えてあった作戦プランを難易度の低い順に演算してもらったが、どれもいまいち成功とはならない。


 ならばと、奇策を提案してみる。これは、俺だけじゃなくて文芸部の面々の協力が必要だからどうかと思われたが、難なく通ってしまう。


 この段階では取り押さえるまでは楽にこなせるが、確保した大上をどうするかで俺たちの運命は変わるのだ。


 ストーカーのような恋心が歪んでしまったものを矯正するのは難しい。誘拐の証拠を見つけるか捏ち上げるかをして、彼を強制的に警察に逮捕させるという手もある。


 だが、根本的な解決にはならないだろう。


 彼は当然死刑になどならない。いずれ戻ってくる。その時、彼の中で増幅した憎悪が俺たちに向けられるだけ。


 単純に俺たちの命が長らえただけの対処方だ。こんなのは本当の策略じゃない。


 根本的に解決するために必要なものはなんだ?


 俺は考える。


 違和感――。


 大上の部屋を見ていて気付いた違和感。これを切り札として使う方法。


 そんなもんで彼の心の隙を突けるのか?


 俺は慎重に、そして丁寧に説明をしてラプラスに演算を頼む。あまりに奇抜な策に、俺自身も尻込みしてしまう。


 しかし、ラプラスにはお墨付きをもらった。


『うん、オーケーだよ。厚木球沙の協力は……言うまでもないね。ノリノリで協力してくれる。肝心の大上護武だけど、その策略で完全におとなしくなるね」


 ここまで考えるのに100以上のプランを立案していた。それでも、以前までに比べればずっと少ない方だ。


 今回はわりとヒントがあったし、なによりも文芸部という大量の協力者のおかげで、策略の幅が広がった点も大きい。


 あとは実行するのみ。


 皆が好意的に協力してくれるという未来はありがたいが、俺はあんまり乗り気ではなかったりする。


 しかし、背に腹は代えられぬ。


 ちくしょう! やってやるぜ!



◆次回予告


文芸部の協力を得るために、部室でプレゼンをする主人公。


これで完璧な策略を発動することができると喜ぶ彼だが、予想外の方向に話は転がっていく。


次回、第49話「最強の女の子なのです」にご期待下さい!!



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