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やさしい悪魔は正解をおしえない ~ 片思いのあの子が死ぬ未来。運命の歯車をぶっ壊す方法とは? ~  作者: オカノヒカル
□第四章 知恵の小悪魔 - Scarecrow -

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第39話「これはいわゆるドッキリです」


「ええ、結子は進路のことで母親と揉めてたらしいの。だからあの子は母親に秘密で志望学部以外を目標に定めて勉強をしていた。それを密告したのよ」


 眉をしかめ、口元を歪ませ、瞳孔が開いたような狂気じみた多聞の顔。


 相当こじらせていたのだろう。俺がこんな策略を使って解体しなくても、いずれあのグループは空中分解していたのかもしれない。


 なんだか、予想以上の心の闇を暴いてしまったようだ。


「まあ、案山つくえやまの件はどうでもいいよ。おまえが抜けるっていうのなら、俺はそれ以上は望まない」


 君子危うきに近寄らず。というか、この場合はやぶをこれ以上つつかないようにしようというのが正しいか。蛇だけではなく、その後ろには魑魅魍魎が隠れていそうだからな。


「うふふふ……まあ、頑張ってね」


 多聞が去って行く。その後ろ姿は何かから解放された清々しさと、それを覆い尽くすような闇が広がっていた。



**



 次の日の朝、教室には異様な空気が流れていた。


 案山つくえやまの周りには持国と広目の二人しかおらず。増長は席で一人窓から外を眺めているだけ。多聞も同じく一人で読書をしていた。


 案山つくえやまは心ここにあらずといった感じで、持国と広目の話をぼんやりと聞いている。


 クラスの皆も、何があったのだろうと、噂話をこそこそとしている状態だ。


「効果ありすぎじゃない?」


 志士坂が寄ってくる。


「たしかに……二人減ったからといって落ち込むようなタイプには見えないよなぁ」


 昨日の多聞の言葉が引っかかっている。母親との確執。


 未来予知での自殺の原因は、それではないかと思い始めていた。


 そして、その日の放課後。


 志士坂と黒金と一緒に体育館倉庫の裏へと向かう。目的は呼び出した持国と広目と会うためだ。


「なに? あんたらが呼び出したの?」

「あたしたち忙しいのよ」


 怒りを露わにする二人だが、そこは心理的な数の優勢を狙って三人で出向いたのである。


「おまえらのグループさ。増長と多聞が抜けたんだよな?」

「そ、それがどうしたのよ!」

「そうよ。それでもあたしらがクラスで一番影響力があるのよ」


 男の俺が上から目線で説明しても逆効果になりかねないので、イキる二人に志士坂の演技をぶつける。


「あら、本当にそう思うのかしら? あなたちのグループって案山つくえやまさんの影響も強かったけど、増長さんや多聞さんがいてこその影響力もあったと思うの。だからさぁ、二人の抜けたあのグループなんてオワコンじゃなのかしらねぇ」


 心の底を射貫くような志士坂の視線に、少しビビっている二人。いいぞ、いいぞ。


「俺も同意見だ。おまえらのグループはもう影響力がない」


 同調しつつ二人を観察。まだまだ反骨精神は抜けてはいない。


「そんなわけないでしょ」

「そうよそうよ!」


 ここは志士坂に任せよう。すでに打ち合わせ済みだ。


「そうかしら? 案山つくえやまさんは学年一位の座から落ちたわ。しかも、クラスのムードメーカーである厚木さんを攻撃して反感を買っているのは誰かしら?」


 志士坂の言葉が二人の心を抉る。あと一押しだな。


「……」

「……」

「クラスでの印象は最悪だ。このまま案山つくえやまのグループにいると、みんなから嫌われるだけだぜ」


 俺は志士坂の言葉に補足を加える。


「そんなこと言っても……」

「あたしら、他に行くとこないし……」


 その言葉を待っていた。というか、この台詞の組み立てで、これを引き出せるのはラプラスの演算済みである。


「だったら、うちに来ない?」


 志士坂から誘いをかけさせる。ここは女子からでないとハードルが高いからな。


「え?」

「どういうこと?」


 突然の勧誘に二人の頭は理解が追いついていないのだろう。ここは丁寧に説明してやるのが吉。


「あたしが土路くんと仲良いのは知ってるよね。で、クラス一のイケメンの富石くんや、わりと信頼の厚い斉藤くんもいる。あと、なんといっても厚木さんもいるよ。あなたたちが入れば、クラスの中で最大の派閥ができる」


 俺はあくまで志士坂の言葉を補強するにとどまる。


「そう、案山つくえやまが一人になればうちらの影響力が一番大きくなるもんな」

「はじめまして先輩方。えっとですね。実はあたしもせんぱいの派閥に入ってまーす。あたしの噂、ご存じですよね」


 と、黒金が話に入ってくる。ここまではシナリオ通りだ。


「1年生で有名な黒金さんだっけ」

「男子に人気なんだよね?」


 おお、食いついてきたな。


「そうです。あたしがせんぱいたちの派閥にいるってことは、クラスのカースト上位なんてチープなものじゃなくて、学校全体でのトップを狙えるんですよ」


 夢を見せるなら大きなものがいい。それが喩え幻想であっても。


「はは、それいい!」

「いいね。いいね」

「けど、あたしたち大丈夫かな?」

「なんか問題あったっけチハル。入れてくれるなら問題ないんじゃ?」

「だって、あたしたち厚木さんに酷いこと言ってた」


 彼女たちはようやく自分たちの言動を反省しだす。


「そのことなら心配ないわよ。厚木さんはとても心の広い人。ほら、あたしもあの人にはいろいろ意地悪したことあったけど、もうすっかり仲良しだからね」


 志士坂のその言葉に希望を抱いたのだろう。二人の顔がぱっと明るくなった。


「じゃ、じゃあ、あたしたち入ります」

「志士坂さんのとこに入れてください」

「うふふ。土路くんどうする?」

「うーん、そうだね。案山つくえやまのグループと二股かけられるのもイヤだから、あっちには絶縁宣言をしてもらいたいな」

「絶縁?」

「ユイコに?」

「当たり前よ。じゃないと、あなたたちが信頼できなくなるわ」


 驚くふたりに志士坂そう言って釘を刺してもらう。


「わかった。いいよね? マオ」

「うん。こんなチャンスないもん。チハル」

「じゃあ、頑張ってね」


 志士坂の毒気を帯びた笑顔が二人を見送る。彼女たちはこれから、案山つくえやまのもとへ行って絶縁宣言をしてくるだろう。


 さて、明日が楽しみだ。



**



 朝一で学校に着く。


 まだ誰もいない教室。志士坂も打ち合わせ通り、いつもより早めに来てもらった。


「おはよう、土路くん」

「よう、志士坂」

「昨日なんか眠れなかったよ」

「なんで志士坂が眠れないんだよ」

「だって、あの子たち、本当に案山つくえやまさんのところ抜けるのかなって」

「大丈夫だろ。志士坂の演技もかなり小悪魔がかってたし」

「なによ小悪魔がかるって」


 俺たちが談笑していると前の扉が開き、そこから案山つくえやまが一人で入ってくる。ここまではいつものことだろう。


 ただ、俺たち二人が早く来ていることに気づき、一瞬訝しがるような表情を浮かべた。


 その後、続々とクラスの奴らがやってくる。そして、いつもなら案山つくえやまの周りに群がる騒がしい女子たちがいないことに気づき、昨日以上の陰口がクラスへと蔓延する。


 持国と広目の二人はまだ来ない。


 ラプラスの未来予知では予鈴が鳴ってからクラスへと駆け込んでくるようだ。遅刻というわけではなく、案山つくえやまに気を遣って……というより、あのグループを抜ける踏ん切りが付かなかったのかもしれない。


 そして、授業の合間の休み時間。誰も案山つくえやまには近づこうとしない。持国と広目の二人も彼女に気を遣ってか、俺たちの所にも来ようとしなかった。


 せっかく今日に限っては、志士坂に富石や斉藤との会話に入ってもらっているんだけどな。しかも、恥ずかしがり屋の志士坂の為に、小悪魔的な演技を指定している。


 富石はわりと誰とでも仲良くなれるタイプなので、志士坂とも違和感なく喋れていた。って……。


 あれ? こいつそういえば志士坂にフラれてなかったっけ?


 フラれたのに普通に喋ってるな。志士坂が途中で「助けて」みたいな視線を放ってくるけど、どうでもいいか。


 ま、そのあと富石は黒金に乗り換えてフラれたみたいだし、奴としては気にしていないのだろう。というか、やっぱり鳥頭なのか?


 さらに厚木さんや高酉も加わり、休み時間はクラスの中ではかなり目立つグループを形成しつつあった。


 そして運命の昼休み。


 今日は特別にコイントスで昼を買いに行く人間を決めるという大イベントとなった。今日限りではあるけど。


 ただし、今回のコインは手品用なので好きなように表裏を出せるという代物だ。


「わたし裏!」

「じゃあ、マリサと同じで裏」

「オレは表だ」

「ボクは裏だな」

「あたしは表ね」


 最後にオレが「表」といい、コインを空中へと放り投げる。


 そして出たのは「表」。まあインチキなんだけど。


 高酉は文句を言いながらも厚木さんと、プラス斉藤が買い出し部隊として学食へと向かう。


 注目を浴びた騒ぎが一段落すると、持国と広目が案山つくえやまの所へ行き、約束通り決別の言葉を叩きつける。


「あたしもう、ユイコと一緒にいられないよ。シュリもハナも抜けたんでしょ?」

「あたしもこのグループ抜けるよ。ユイコと一緒に居るのも疲れたの」

「ユイコってけっこう性格悪いよね」

「そうそう、毒舌気取ってるけど、合わせるのも疲れたのよ」

「……」


 案山つくえやまは無言で下を向いたままだ。


「バイバイ、ユイコ」

「せいぜい一人で頑張って」


 そんな捨て台詞を吐く持国と広目。


 これで、彼女たちは後戻りができない。そんな二人がこちらにやってくる。これは未来演算通りだ。


「志士坂さん」

「あたしたちも仲間に入れてくれるんだよね」


 引きつらせた笑いを張り付かせながら、二人が媚びを売るようにラッピングされた小さな袋をを志士坂に差し出す。


「志士坂さん、これ家から持ってきたお菓子なんだけど、みんなで食べよう」

「そう、チハルの家の近くの店のクッキーなんだけどね。絶品なんだよ」


 オレはスマホの画面を二人に見せる。


 そこには『ドッキリでした』のスタンプが。


「え?」

「な……どういうこと?」

「そんなに虫がいい話はないのよ。あなたたちは、どれだけの人間を傷つけたと思っているの? それだけは忘れないでね」


 志士坂は自分のことを思い返すように、それを再び自身にも刻みつけるように二人に説く。


「うそでしょ……」

「どうしよう、もう戻れない」

「ね、なんでもするから入れて」

「クラスで孤立するなんてイヤ、お願いだから」


 泣き落としにかかる二人に俺はトドメの一撃を加える。


「そもそも、俺らはグループなんか作ってないよ。だってさ、群れる必要なんてないからな」


 二人の顔には絶望が宿る。



**



 5時限目の後の休み時間、俺は志士坂を教室の外に連れ出す。厚木さんには聞かれたくない話があるからだ。


「どうしたの?」

案山つくえやまの奴、自殺するかもしれない」

「え? もしかしてあたしたちが原因?」


 大きく目を見開いて驚きの表情を見せる志士坂。


 グループ解体が案山つくえやまを追い詰めたってのは誰でも勘違いしそうなことなので、そこは責めないでおこう。


「一昨日、多聞が言ってたこと覚えてるか?」

「多聞さんが……あ!」


 気付いたようだ。


「あいつがなんか企んでて、母親に密告したようなこと言ってただろ」

「それで追い詰められているってこと?」

「そう。だから、ちょっとあいつのこと気にかけててくれ。俺も見張っておくからさ」


 ラプラスに案山つくえやまの自殺の日時は予知されているものの、俺自身の未来が見えているわけではない。だからこそ、保険のために志士坂にも見張らせるのだ。


「わかった」


 Xデーまであと二日。


 厚木さんまで巻き込む案山つくえやま結子の自殺。これをどう処理するかで、今後の俺たちの未来は決まる。


 それは吉と出るか、凶と出るか。


 演算前の俺には、未来のことは知らされていない。


 だけど、俺の覚悟は決まっている!





次回、第40話「彼は優しさの欠片もない鬼畜なのです」にご期待下さい!


6/15投稿予定です。

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