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やさしい悪魔は正解をおしえない ~ 片思いのあの子が死ぬ未来。運命の歯車をぶっ壊す方法とは? ~  作者: オカノヒカル
□第二章 仮面の小悪魔 - Cowardly Lion -

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第18話「平和という名の騒がしい日々なのです」


 教室には平和が戻ってきた。俺は一瞬、厚木さんへと視線を向け、ほっと胸をなで下ろす。彼女の危険はこれで去ったのだから。


 彼女に気付かれないように俺はすぐに視線を外へと向ける。その途中で、1人の少女と目があった。志士坂だ。


 彼女はしゅんとした顔で目を落とす。


「ん?」


 今日はまだ無茶振りとかしてないしなぁ。朝から話しかけていないし、あいつが落ち込むような言葉も言ってないはずなのだが。


 まあいいや。


「ツッチー!」


 富石が泣きそうな顔で、近寄ってくる。


「どうした?」


「フラれた」


「あー……」


 察した俺は、ぽんこつ富石を廊下へと連れ出す。おまえ空気読めなさすぎだからな。この話題を教室で話させるわけにはいかない。


「聞いてくれよぉ」


「志士坂にでもフラれたんだろ」


「なぜ、わかるんだ? おまえ、能力者だな!?」


 はいはい。能力者に近いけど、おまえのそれは能力なしでわかるわい!


「ちげーよ。それより、なんで告ってるんだよ?」


「いけると思ったんだよ。俺、志士坂さんへのイジメをやめさせるのに協力したし」


「おまえやっぱりバカだろ?」


 人の本質は読めるくせに、相手の気持ちはわからないところがこいつの残念な奴(ポンコツ)たる由縁だ。




 放課後、北志摩先生のアドバイス通りに厚木さんに声をかける。


「厚木さん」


「ん? なにかな?」


 厚木さんは日直だったこともあって、学級日誌を書いていた。


「今、時間ある?」


「うん。アリスも用事があって3時半くらいまで暇だし、当番じゃないけど図書室でも行こうかなと思ってたとこだからね」


「そう。じゃ、ちょっと依頼をしたいんだ?」


「依頼?」


「うん。俺、文芸部を創設したんだよ。それで部誌を作らなくちゃいけなくなって、原稿を書いてくれる人を探している」


「文芸部? あ、そっか、それで土路クンいろいろ動き回ってたんだね」


「そうそう。それで、厚木さんにも頼みたいんだ。本の感想とか、紹介とかでいいんでさ。もし厚木さんがダメなら、書いてくれそうな他の子も紹介してくれるとうれしい」


「うーん」


 厚木さんは頬に右手をあてて、しばらく考え込むと「いいわよ」と、いつものカラッとした笑顔をこちらに向ける。


「ありがとう」


「ついでだから、あたしもその文芸部に入っていい?」


「え?」


 心臓が飛び出るという表現がとても適切だと信じてしまいそうなほど、俺の鼓動は異常に高まった。


「え? ダメ?」


 彼女が小首を傾げて、右手に持ったボールペンのノック部を俺の胸へと押し当てる。


 カチっと音がした瞬間、周囲が闇に染まる。


『心配ないよ。志士坂凛音との件は完全に解決した。もう、厚木球沙と引き合わせても危険はないわ』


 俺が一番聞きたかったことを開口一番で教えてくれるラプラス。


「そうか。よかった」


『ただし……まあ、危険はないから教えなくてもいいか』


「おい! 言いかけてそれはないだろ」


『うふふ。あなたにも厚木球沙にも、志士坂凛音にさえ危険はないと断言するわ。だから、あたしの言いたかったことは教えない』


 ラプラスは意味深な言葉を残す。そういえばこいつ、基本的に気まぐれだったんだよなぁ。


 危険のない未来を教えるかどうかは、ラプラスの気分に関わってくる。


「教えてくれよ」


『面白くなりそうだから教えない。じゃあね』


 そういって、会話を強制的に打ち切られて時間の流れが通常へと戻る。なんだよ、教えてくれないと気持ち悪いじゃないか。とはいえ、ラプラスのお墨付きをもらったんだ。厚木さんの入部を断る理由はない。


「文芸部に入ってくれるのは歓迎だよ」


「そう、ありがとう。入部届けは……職員室だったわね。よし、取りに行ってこよう」


「ああ、いちおう俺が部長だから俺に提出してくれればいいよ」


「うん。それから、もう一人、書いてくれそうな子がいるけど、紹介した方がいい?」


「うん、その方が一人で書く量が減るから助かるよ」


「じゃあ、今日中に連れて行くわ」


 怖いくらいトントン拍子に話が進む。まあ、普段の行いがいいから、ってのは冗談だけど、サクサク進むのは悪くはない。


「職員室行ってくるね」


 そう行って嬉しそうに去って行く厚木さん。こんな姿を見ても、彼女と俺は付き合えるような状態にはなれないんだよな。


 なんか、ものすごく楽しそうな顔してたのになぁ。


 俺といるのが楽しいんじゃなくて、彼女の場合は“人といる”ことが楽しいのだろう。


 とはいえ、運命のカミサマがいるのなら、どんだけ俺の心を弄ぶんだよ!? これだけ気を持たせて付き合えないなんて!!


 と文句を言ってやりたい気分だった。


 俺は気分を一新して部室へと向かう。


 そこには卒業した先輩の置いていったノートPCがある。原稿を書くならスマホでチマチマとやってられないからな。


 俺の場合、小学生くらいからPC使ってたし、あっちの方が効率は上がる。


 部室棟へ入ると階段を上がり、2階の奥の文芸部部室へ向かおうとしたところで、そこの扉が開くのが見えた。


 中からは北志摩先生が出てくる。ま、顧問だし、何か用事があったのだろう。


「先生。お疲れさまです」


「はい、お疲れ」


 すれ違いざまに挨拶をすると、先生はふと立ち止まり、俺の顔を眺めてニヤニヤとする。


 そしてこう告げてきた。


「中途半端な優しさは身を滅ぼすわよ。あなたの欠点は冷酷になれないところ、なのかもしれないわね」


「?」


 俺は首を傾げる。先生はそれ以上は何も言わずに、そのまま去って行った。


いったい、何のことだ――。


 俺が軽く混乱しながら扉を開けると、中から「あれ? ここに来るなんてめずらしいわね」と声をかけられる。そこにいたのは志士坂。こっちとしては何もめずらしい光景ではない。


「北志摩先生から部誌を作れって言われてさ。原稿を書きに来た。俺、いちおう部長だしな」


「あ、その話なら先生から聞いたよ。でも、2人で書くとなると、1人、1万字くらい書かなきゃダメなんだよね」


「いや、他の奴に原稿頼んできたから、そうだな……4人で割ると、一人当たり5千字強かな」


「それでも大変だね」


「まあな」


 とりあえずPCを起動させて、エディタを立ち上げる。


 といってもネタがないので筆が進むわけがない。


「なぁ、志士坂。おまえは何を書くんだ?」


「んーとね。最近、うちで子猫が生まれたの。だから、子猫が出てくる本の紹介をしようかなと思って」


「あれ? おまえんちって一軒家?」


「ううん。マンションだけど、ペットOKだよ」


「あ、そうか。最近そういうとこ多いもんな」


「けど、頭数制限があるからね」


「無制限に飼えるわけじゃないのか?」


「さすがにマンションだからね。共有部分もあるし、うちは4匹までなんだ」


「へー」


「子猫3匹生まれちゃったから、1匹どうしようかなと思ってる」


「なるほどね」


「土路くんの家って猫飼える?」


「うちは無理かな。ペット不可のマンションだし、妹は猫アレルギーだし」


「そうなんだ。残念」


 とりあえず俺は、会話をそこで切って自分の原稿に集中する。


 まず、自分が書くべき題材を箇条書きにしていくのがいいだろう。


 ・好きな本の紹介


 ・読み終わった本の感想文


 ここらへんは無難な記事だ。ただ事務的に部誌を作るならこれでいいだろう。より面白いものを作りたいというのであれば、ちょっとしたひねりが必要だ。


 ・つまらなかった本


 単純に「つまらない」だけでは弱いかな? もう少し


 ・読み終わった時間を返せと思う本


 ネガティブな要素は割と人を惹きつける。動画なんかでも、そういう系はわりと再生数を伸ばすからな。単純にオススメなんて、毒にも薬にもならない文章書いても仕方ない。


 そんな風に原稿の内容を考えていると部室の扉が開く。


「おはくま!」


 その天使の声に、俺は一瞬で作業をやめて振り返る。


「厚木さん、本当に来たんだ」


「うふふ、来るよ。部活入るって言ったじゃない」


 そのいたずらっぽい笑顔に俺はクラクラしそうになる。かわいいよね。と、思ったのもつかの間、彼女の後ろからもう一人生徒が入ってきた。


「ここが部室? なんか汚いわね」


 そこにいたのは高酉たかとりだった。まあ、厚木さんと仲良しだもんな。二人で来るってのは、予想の範囲内である。


 とはいえ、なんか感じ悪いぞぉ。


「土路クン、はい。入部届け。アリスのも入ってるよ」


 え? 高酉も入るんだ。と感心したところで、彼女次の言葉で微妙な空気となる。


「でもあたし、まりさが辞めたら、こんな部、すぐに辞めてやるんだからね」


 ほんと、この二人は性格が正反対だよな。ポジティブな厚木さんにネガティブな高酉だもんな。


 だけど、その言葉の裏側にあるものを、俺はどうしても見てしまう。


 高酉は親友としての厚木さんが好きなのであって、異性として好きなわけではないのだ。だからこそ、彼女の純粋な気持ちを受け入れることができずに将来的に拒絶する。


 ラプラスが予知した厚木さんの自殺まで、あと半年もない。


 俺は未だに、それを阻止する手段を見つけていなかった。


「あ、志士坂さん、やっぱし文芸部だったんだね。土路クンと一緒の時が多かったから、もしかしたらと思ったんだ」


 中にいた志士坂を見つけて厚木さんは嬉しそうにする。ま、人数多い方が楽しいもんな。


「うん。よろしくね、厚木さん。それから、ごめんなさい」


 そう言って、頭を下げる志士坂。


「え、どうしたの?」


「あたし、陽葵や朱里たちとあなたの悪口を言ってたことがあるの。ごめんなさい。もう言わないから」


「あー、気にしないで。悪口を言われる原因もわたしにあるのかもしれないから。それに、もう言わないんでしょ。じゃ、仲良くやりましょ。一緒の部活だもんね」


 ポジティブシンキングで、志士坂と仲良くなろうとする厚木さん。津田と南のいじめが続いていたらヤバかったな。完全に庇う気満々だったような……。


 で、その親友の高酉はどんな顔をして二人を見ているんだ? と思って、視線を向けたら睨まれた。


「ね、部員はこれだけ? なんか女子率高いんですけど」


 高酉が狭い部室を見渡すと不満そうにそうこぼす。お怒りの原因はそれか?


「えっと、一応うちのクラスの富石と斉藤も部員なんだよね。名前貸してもらっただけだけど」


「もしかして土路君って女好き? 男子を排除して女の子しか入れない部活を作りたいの?」


「いや、違うって。そもそもおまえら入ってくるまで、志士坂しか実質活動してなかったわけだし」


「なにそれ? あたしたちが入るってわかったから、幽霊部員のあんたは部活に復活したっての?」


「待て待て待て、どうしたらそうやってヒネくれて考えられるんだ」


「今、この部屋には女子が3人。そして男は土路君ひとりよ」


「それがどうしたんだよ」


「気をつけてマリサ。土路君はハーレムを作る気よ」


 こそっと厚木さんに耳打ちをする高酉。聞こえているんだけどな。


「そうね。男の子にとってハーレムは夢だと聞いたことがあるわ」


 と厚木さんが、わざとらしくクスクスと笑い出す。ま、彼女が笑ってくれるならピエロにでもなるよ。


「いいか、良く聞け。ハーレムなんてもんはな、全員に優しくできる器用な男しか構築できない。言っておくけど俺は、おまえら全員に優しくするつもりはないぞ。高酉、貴様には特に厳しくしてやる!」


 ビシっと、高酉を指差す。


「男のくせに器が小さいのね」


「なんだとぉ!! それセクハラ、いやパワハラだぞぉぉ!」


「なに言ってんの? あたし、あんたの上司でもないんだけど」


 不機嫌な小悪魔にいいように弄ばれる俺。でも、その隣にいる天使さまはなんだかとても喜んでいるようにも思える。


 それにさ、高酉のこんなくるくる変わる表情と饒舌さを見るのは初めてのような気がした。


「アリス楽しそうだね」


「べ、別に楽しくないわよ。土路君はイジメてこそ輝くから、それにのってあげているだけ」


 おい、そこ。イジメ格好悪い!


「ね、土路くん。もし、この部活がハーレム状態になったとしても、あたしは気にしないよ」


 それまで静かだった志士坂が頬を染めて、そんな風に告げてくる。


「ハーレムじゃねえよ!」


 自慢じゃないが、厚木さんと高酉からは恋愛感情を抱かれることはない。これは紛れもない事実だった。


 今回、ラプラスが危険はないと言いかけた言葉の先には、俺が3人にいじられるという未来が待っていたというわけである。


 そんな日常系のゆるーいオチ。


 そして、その先にあるのは絶望を回避するための険しい道だ。


 厚木球沙が亡くなるまで、あと103日。


 じゃなくて! 厚木さんのポジティブ変換を行うなら。


 俺が厚木さんと付き合うようになるまであと103日なんだよ!!



◆次回予告


 とつぜん誘われた厚木球沙との二人だけの買い物。


 有頂天になる主人公。


 だが、あらためて彼女の特異さと、彼とはベクトルの違った問題解決能力を見せられる。


第19話「なんと言われようと、これはデートです」にご期待ください。



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