第14話「これで準備万端なのです!」
北志摩先生に相談した次の日、言われたとおり生徒会へと出向かう。
といっても、事前にアポはとってある。同じ学校の生徒であれば、ネットから生徒会のサイトへとアクセスでき、そこで様々な依頼や嘆願を行うことができるのだ。もちろん面会の予約も。
生徒会室は校舎裏にある文化部棟の一室だ。
文化部棟は、この学校ができた30年前からある建物でかなり古い。校舎の北側にあるので日当たりも悪く、建物の外壁はツタのようなもので覆われていた。
初めてその建物を見た人は幽霊屋敷のように気味が悪いと言うだろう。
俺は、その一階にある生徒会室の扉をノックした。
「どうぞ」
返事があったので「失礼します」と中に入ると、中は6畳ほどの小さな部屋に事務机が三つ、背中合わせに付けられて並べられていた。その一番奥の窓際の席に1人の女子生徒が座っている。
「あのぉ、15時半に面会の予約をしたものなんですけど」
「部の新設の件ね」
目の前に座るのは、セミロングの髪に黒いカチューシャをつけておでこを出し、細いフレーム眼鏡をかけた女子生徒。きりっとした顔立ちで、いかにも生徒会長という雰囲気を醸し出す。
「はい。えっと、生徒会長の方ですよね?」
「ええそうよ。私は3年2組の大泉真帆」
「2年3組の土路です」
「新設の条件は知ってる?」
「はい。4名以上の部員と教師への顧問の依頼ですよね?」
既に話は進めてあったので問題はない。
「ええ。すでに、北志摩先生から話は聞いているわ。あとは、あなたが部員を集めて書類を提出すれば……」
「これでいいですか?」
俺は部員の名前が書かれた書類を生徒会長へと渡す。書類は生徒会のサイトからPDFをダウンロードして印刷すればいい。うちはPCとプリンタがあるので、家で書類の作成ができた。
暫定部員は、名前だけ借りた富石に斉藤、俺に志士坂の4人で条件を満たしているはず。
「さすが用意は周到ね」
「それに新設というより、廃部になった部の建て直しなんですから、部室は去年まで使用していた場所を使えますよね?」
「そうね。文芸部は去年度3年生が卒業してから部員ゼロで廃部となったけど、あなたたちがそれを引き継ぐということでいいのね?」
「ええ」
「活動内容は……はい、取りたて問題のあるような活動じゃないものね」
生徒会長は俺が提出した書類に目を通す。
活動項目に記載してあるのは次の通りだ。文芸部は本を読み、部員内で意見や感想を交換し、そして部誌を発行する。
シンプルであり、奇抜な部活の申請と違って許可が下りないような内容ではなかった。
「明日から部室は使えますか?」
「ええ、大丈夫よ。けど、部長であるあなたは、2ヶ月に1度の部長会へと参加しなさい。あと、活動実績を示すために部誌の発行を行うこと」
「わかりました。ありがとうございます」
「何か問題があったら生徒会は相談に乗るわ。気軽に寄ってね」
そう言って、ウインクをする生徒会長。初めは厳しい感じの人かと思ってたけど、こういうおちゃめな所を見るになんとも捉えどころの無い人だ。
「生徒会って会長1人ってわけじゃないんですよね」
「うん、今日はたまたま私1人なのよ。いつもは書記君と副会長がいるんだけどね。とりあえず誰かしら生徒会室にはいるから、用事があるからいつでもウエルカムってことよ。ま、急な来客には対応できない場合があるからアポイントメントをとってくれるとありがたいわ」
「あ、はい。じゃあ、今日の所はこれで失礼します」
**
昼休みになるとすぐに志士坂を部室へと連れて行く。もちろん、津田と南が購買部に昼食を買いに行ってる間にだ。
「部室? 昨日言ってたアレ?」
「そう、入部届書いてもらっただろ。志士坂は文芸部員だから、この部室を自由に利用できる。昼休みに部室で食事を摂るのは自由らしいからな。ここなら静かだから読書も進むぞぉ」
「いいの?」
「いいの? って質問が変だぞ。おまえは文芸部員で俺がいちおう文芸部部長だ。昼休み、俺は富石とクラスで食べるから、しばらくはおまえ一人で静かに過ごせる」
「なんでここまでしてくれるの?」
「おまえの心が折れたら面倒なんだよ。津田と南を喜ばせたいのか? あのムカツク奴らに好き勝手させるわけにはいかないんだよ」
それだけは避けないとな。イジメっ子に餌を与えて調子づかせるなんて最悪な展開なんだから。
「うん。あ、ありがとね」
「じゃあな。寂しいようだったら、誰か入部させてもいいぞ」
とりあえず俺は教室へ戻る。今日はわざとジャンケンに負けたので富石の分のパンも買ってだ。まあ、志士坂を部室に連れて行くために負けたのもあるけどな。
「ほれ、おまえの分だ」
と、富石の分のパンを机に放る。こいつに頼まれたのはカツサンド3つだ。どんだけカツサンドが好きなんだか。
「サンキュ!」
「話は変わるんだが、おまえにちょっと頼み事があるんだが」
そう言って椅子に座る。
「カツサンドはやらないぞ」
「いらねえよ。とりあえず、食いながらでいいから聞いてくれ」
買ってきた紙パックのコーヒーにストローを指すと、それを一口飲みながら富石の顔を見た。
「なんだよ?」
「例の文芸部の件だ」
「あれは名前貸しだけだぞ、俺は部活で忙しいんだからさ」
「おまえさ、文芸部の他の部員が誰だか知ってるか?」
「ツッチーじゃないのか?」
「新設の部には4人以上必要なんだよ」
「じゃあ、誰だよ?」
「一人は斉藤」
「なんだよ男かよ」
「もう一人は志士坂」
「……え?」
それまでダルそうに聞いていた富石が目が突如として見開く。こいつ、分かりやす過ぎる。
「もう一人は志士坂凛音。うちのクラスにいるだろ?」
「お、おい! どうしてそれを早く言わない」
「部員には興味ないんじゃないのか?」
「し、志士坂さんは別だよ」
やはり食いついてきたか。
「おまえ、なんで志士坂さんにこだわるんだ」
「そ、そりゃぁ……かわいいから」
ぽっと頬を染める富石。この男の色眼鏡はさておき、今の志士坂は富石の思っている彼女の姿に近いだろう。『かわいい』という印象は、俺にも分からなくもない。
何にしたって、惚れてすぐに行動しなくなっただけでも、こいつは成長したということだろう。
「その志士坂の件で頼み事があるんだ」
「まさか、おまえも志士坂さんのことが好きなのか!」
俺は富石の脳天に手刀打ちを浴びせる。
「んなわけあるか!」
その動作ははさながら、漫才師のようだった。
「じゃ、じゃあ、なんで志士坂さんを文芸部に誘ったんだ?」
「事情は複雑だが、端的に言えば、志士坂の居場所を作る為だ」
「ん? どういうことだ?」
「彼女、いまイジメられてるんだよ」
「なにぃいい! 俺が――」
立ち上がろうとする富石の袖を引っ張って、座り直させる。やっぱりこいつはポンコツだ。猪突猛進。きちんと事情を聞いてから行動しろっての。
「待て! なにするつもりだよ」
「志士坂さんをイジメる奴を許せるわけがないだろ!」
おまえ志士坂さんがイジメられてるの気付かなかったじゃん。ま、俺が事前に対策はしてたけどさ。
「許せないなら協力しろ。頼み事はそれに関係している」
その言葉でようやく落ち着く富石。どうやら、面倒臭さは改善されていないようだ。
「あ、ああ。なんでも言ってくれ」
とりあえずラプラスから正解のお墨付きをもらった策を富石に依頼する。
これが功を奏せば、いや、すでに上手くいくことは確定している。だから、不測の事態で俺の行動がぶれない限りこの策略は成功するのだった。
**
廊下を歩いていると誰かを探すように歩き回っている津田と南を見かける。まあ、きっと志士坂だろう。
「誰か探してるのか?」
わざとらしくならないように俺は声をかける。これはラプラスからお墨付きをもらった未来の正解のひとつ。
「え? ああ、土路か」
「凛音どこ行ったかなって」
志士坂なら部室にいるのだが、それを教える必要はない。こいつらの彼女へ嫌がらせは最低限にしてもらわないとな。あいつの精神が保たない。
「りおん? ああ、志士坂か。あいつならさっき職員室の前のトイレに入ってったぞ」
二人はお礼を言わずにそのまま走って行く。まあ、嘘だけどな。
しばらくして廊下をものすごい勢いで駆け抜けていく二人の姿を見た。その後ろをずぶ濡れの三島先生が怒りの形相で追いかけていくのが目に付いた。
「待ちなさーいっ!」
ラプラスの未来予知で知らされた限りでは、津田と南はトイレに籠もっている人間を志士坂と勘違いして、上から水をぶっかけたらしい。ところが中に入っていたのは教師だったというオチだ。
まあ、あくまで志士坂視点の未来の伝聞だ。俺の行動によってどの教師が被害を被るかはわかっていなかった。その中でも、最悪のカードを彼女たちは引いてしまったようだ。
英語教師の三島先生は、50代で独身、常にピリピリしているので機嫌を損ねると面倒なことになる。津田と南にとっては運が悪い以外の何物でもない、
とはいえ、一般的な心理状態であれば隙あらば嫌がらせをしようだなんて思考には陥らないはず。そういう意味じゃ、自業自得である。ざまあみろだ。
まあ、これくらいの余興は見せてもらわないとな。
そもそも俺は、正義の為にこんなことをやっているわけじゃないんだから。
さて、そろそろ仕込みも終わる。あとはあいつらに舞台を用意してやるだけだ。
待ってろ! 津田、そして南。
次回 第15話「性悪な悪魔には退場してもらうのデス」
にご期待下さい!!!





