曲がりの黒鎌【vs】断ち切りの白刃
「神秘斬滅と同格の【曲げる】能力――?」
訝しげに呟く瑞穂に、奈留は小さく頷いて。
「うん。確率的にはありえないけど、状況的にはそうとしか考えられない。
あの仮面の四天王――防御魔術を展開している様子も無しに、触れることも動くこともなく、あたしの雷魔術を【曲げた】。
さらに、あいつの手にした大鎌は、もっちーの神秘斬滅の刃に【断ち切られる】ことなく、逆にそれを弾き返した――。
ってことは、多分――その能力の正体は――」
「何をぶつぶつと呟いているのかなぁ――? 戦いの最中に随分と舐められたものだねぇ――。
こないのなら、こちらから行こうかなっ!」
ヨツバは言いながら急接近し大鎌を振るう。
ガキィッン――!
激しい金属音。黒き鎌の斬撃を、瑞穂は咄嗟に白き閃刃で跳ね返し。
「奈留さん――気持ちはわかりますけど、戦いの最中なので細かい話は後にしましょう。
でも――なるほど、同格の能力か――おかげで、ちょっとした手を思いついたかも――」
瑞穂は再び刀剣を薙ぎ払うように振るい、構えた大鎌ごとヨツバを弾き飛ばす。そして、すかさず奈留の手を掴み、ぐいと引っ張りながら跳び上がり、相手との距離を取る。
「あっいたたたたたっ――! もっちー! そんな引っ張り方したら、腕がっ! うーでーが抜けるぅ――!!」
「そんなことより奈留さん聞いて。今、あれに勝てるかもしれない唯一の方法思いついたから――! そのためには奈留さんの協力が必要で――」
瑞穂は奈留の手を握りしめたまま、その耳元へと何かを囁いた。
「――ってことで、奈留さん。出来るかな?」
「ま、まあ、出来なくは無いけど――そんなんで、本当に大丈夫なの――?
とっ、とりあえずやってはみるけど――」
「キミたちさぁ、さっきから何をよそ見してるのかなぁ――?」
ヨツバは焦れたように、見下すような視線を少女達へと向け、言い放つ。
「ふふっ、まあいいや。何をしようが、何度しようが、【姉さん】の能力の前には無意味なんだからねぇっ――!」
仮面の少女は大鎌を持ち上げ、その重量を無視するかのような素早さで、瑞穂と奈留の眼前へと一気に詰め寄る。
「そろそろ終わりにしようかっ――!」
渾身の力を込めたように、ヨツバは大鎌〜振り上げる。その勢いに周囲の瓦礫は振動し、刃の先端より空気の渦が巻き起こる。
黒き風纏いの刃はその重量と勢いによって、2人の少女を――防御のために咄嗟に構えられた刀剣ごと――裂き潰す威力を伴って振り下ろされ――。
――バチィッ――!!
「うぎゃああああっ――!?」
眩い稲光と共に響くヨツバの悲鳴。と同時に、仮面をした少女の身体は宙へと吹き飛んでいた。
数メートルほど宙をきりもみした後に、ドサリと落ちる少女の身体。ふらふらと立ち上がるその顔につけられた仮面は、バチバチと音を立てて蒼い電流を迸らせ、今にも割れてしまいそうなほどのヒビが、上から下に至るまで深く刻まれていた。
「ゔっ――ゔあああっ――! い、い゛だい――痛い痛い痛い痛い痛いっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっ――!
立ち上がったヨツバは、身悶えるように身体を震わせ絶叫する。
「ゔあ゛ぁ――うぐぅっ――な、なんだい――今のは――【姉さん】の能力で――防げなかった――なんて――そんな――ありえな――」
ヒビ割れた仮面を痙攣しているかのように小刻みに揺らしながら、ヨツバは苦しげに独り言ち始めた――その時だった。
「――なるほど、流石ね。瑞穂ちゃん」
不意に、仮面の奥から響く、気怠げな少女の声。
「ひっ――ね、【姉さん】――!?」
ヨツバの声が仮面から木霊する。驚きと怯えを帯びた、まるで家族に叱られる直前の子供のような口調で。
「ちょっ――ちょっと待って【姉さん】――も、もうちょっと――もうちょっとだけ、ボクにチャンスを――」
「ヨツバ――また【私の身体】をこんなに傷だらけにして――本当に、そろそろ潮時かもしれない――」
「ひぃっ――!? ね、【姉さん】――あっ、ああ――許して――ぐっ、ぐあ゛あ゛っ――!?」
ヨツバの懇願のような言葉を無視するように少女は左手を上げ、掌を広げると、自身の顔を覆い隠していた仮面を掴む。ミシミシと仮面が軋み、悲鳴にも似たヨツバの呻きが響き渡る。
そして、ヨツバは――少女の顔に張り付いていた仮面は――意識を失ったかのように沈黙した。
「あなたは、いったい――」
突然のことに唖然としたまま、瑞穂は仮面の少女へと問い掛ける。
「その剣の刀身に――」
仮面の少女は瑞穂の問いには答えず、相変わらずの気怠げな声で話し出した。
「雷の魔術を籠めたのね――? そこにいる魔術師の娘と手を繋いだ一瞬のうちに」
小首を傾げ、相手へその先を促すかのように、仮面の少女は逆に問い掛けてくる。肩の辺りで切り揃えられた白銀の髪がふわりと揺れ、その揺らめきに呼応するかのように微かな甘い芳香が、瑞穂の鼻先を掠めて。