【曲げる】という概念のチカラ
子供の体躯であるにもかかわらず、ヨツバの動きは素早かった。
瞬く間に瑞穂の間合いへと詰め寄ったヨツバは、手にした鎌を振り上げた。その刃は真っ直ぐに瑞穂の首筋から胸元にかけてを狙い、白い柔肌を喰い破ろうと黒の残像を曳き振るわれる。
瑞穂は即座に居合いの態勢を取り、握る刀剣に力を込めた。蒼いツインテールが仄かな光を放ち、雪のように透き通った白銀の色を帯びていく。
黒き鎌の鋭利な切先が、瑞穂の胸部に突き刺さるその寸前まで迫る。刹那、白き閃刃が舞った。振り下ろされる黒き鎌を、尾を曳く漆黒の残像ごと【断ち切る】ため、神秘斬滅の少女は、握り締めた刀剣を一瞬の内に振り上げていた。
――ガキィンッ――!
金属同士がぶつかり、弾ける音が響いた。
「えっ――!?」
瑞穂の口から思わず漏れる、驚きの声。
仮面の少女の黒き鎌は【断ち切られることなく】、神秘斬滅の少女の白き刃と接触した後、お互いに反発するかのように弾け合っていた。
即座に襲い来る、第2撃。瑞穂は咄嗟に刀剣を構え直し、今度は【断ち切る】のではなく、相手の斬撃を防ぎ弾き返すかのように薙ぎ振るう。
――ガキィンッ――!!
白き閃刃と漆黒の斬像とが、再び甲高い金属音を打ち鳴らし弾け合った。ヨツバと瑞穂は、お互いに後退し間合いを取り直す。得物を構えた少女達はお互いを見据え、数メートル離れた位置取りを確保した上で、ジリジリと対峙する。
「――神秘斬滅で――【断ち切れない】――?」
訝しげに瑞穂は独り言ち、片目を細めて相手を見やる。
それ以上に動揺を示したのは、奈留だった。
「そんな馬鹿なっ――?! 神秘斬滅で断ち切れないモノなんて、存在するわけが――」
「ふふふっ――さすがは【姉さん】の能力だねぇ――。
まったく――【姉さん】も人が悪い――この能力があれば、神秘斬滅の少女どころか、枷の男であっても――ボクらの敵ではないだろうに――!」
「うっさいな――! それなら、これはどうだっ――! ライゼギア・キフ・ルウガ――!!」
能力に酔いしれるかのような恍惚としたヨツバの言葉を振り払うかのように、奈留は声を上げる。そして魔術師の少女は両腕を前へ翳し、雷属性の魔術を詠唱した。
掲げられたピンと伸ばされた指先から、細く鋭い蒼の雷撃が迸る。それはジグザグとした軌道を描きながら、ヨツバの頭部を目掛けて伸びていく。
「ふふっ――そんなの、無駄だよ」
仮面を揺らし、ヨツバは嗤う。その瞬間――ヨツバへと放たれていた蒼雷は、その白い仮面へと到達する間際のところで、ぐいんと【曲がっていた】。
「なっ――そんなっ――?! 水や氷の属性ならまだしも――純粋に属性のみで構成されてる雷属性魔術を曲げるだなんてっ――!?」
「いや、悪くない属性魔術だったよ。流石は地魔軍の四天王サイカスとそれの操る巨虚砂兵とを消し去っただけのことはあるね――。
ふふっ、でも――【姉さん】のこの能力の前には、すべてが無意味なんだよねぇ」
へらへらとした様子で饒舌なヨツバは、下ろしていた鎌を振り上げ反撃の姿勢を取る。その一瞬の隙の中で瑞穂は駆け、相手の懐に潜り込むと連撃を繰り出した。
「それならっ、力尽くでっ――!」
ぶわりと、乱れ舞う白い閃刃。
「へぇ、確かに人間にしては規格外の素早さだねぇ――でも!」
仮面の少女は言いながら、即座に黒き鎌を振るう。瑞穂の放つ高速の連斬を、鎌の長柄や峰の部位で捉えては、次々と弾いていく。
「いくら素早い斬撃でも、防ぐだけならそこまで難しくもないんだよねぇ――!」
「くっ――リーチの長い鎌が相手だけに、そう簡単に間合いには入らせてくれないか――。
奈留さんっ――今ですよっ――!」
舌打ちと同時に瑞穂は一旦跳び退く。それを待っていたかのように奈留は再び腕を振り上げ、早口で詠唱を紡ぐ。
「オッケ、もっちー! ルガ・チガ・ジャラフ――!」
再充填された雷魔力が奈留の掌から迸る。先程よりも太く強力な雷撃が、今度は真っ直ぐにヨツバへと向かっていく。
「ふふっ、何をしてくるかと思えば――」
微動だにせず、ただ仮面越しに迫りくる雷撃を見つめるだけのヨツバの眼前で、ぐいん――とそれは逸れていた。雷魔術は曲がり、仮面の少女の脇を通り過ぎて、その背後に積み上げられたアスファルトの瓦礫を爆散させて、消え失せていた。
「――解らないかなぁ。キミたちの攻撃は、【姉さん】の能力の前には無意味だっていうのに――」
ヨツバは呆れたように肩を竦め、嗤うように仮面を鳴らし、白銀の髪を揺らす。
再び訪れる膠着状態。奈留は舌打ちし、隣で刀剣を構える瑞穂の様子をちらりと見やった。
「くっそ――威力を上げても【曲げられる】か。もっちーの超絶速い剣技ですら防がれちゃうとなると、ちょっち厳しいねこれは――」
「うん、武器の相性がね――大鎌って武器は、先端に極端に重心が偏ってるから、普通はあんな軽い感じで振るうことはできないはずなんだけど――そこは、まあ魔力的な何かで補助してるのかな――」
「っていうか――そもそも、神秘斬滅で【断ち切る】ことのできないモノなんて本来は存在しないはずなんだけど――同格の能力である夢幻拘束ですら、一時的とはいえ【断ち切る】ことができるってのに――。
ん――? 同格の能力――?」
そこで、奈留は何かに気づいたかのように目を細めた。
「どうしたの、奈留さん――?」
「いや――もしかしたら――本当にあの仮面の奴は――神秘斬滅と同格の能力を持っているんじゃないかって――。
だから、神秘斬滅でも【断ち切る】ことが出来なかった――いや、正確に言うと【断ち切る】前に、その同格の能力によって【曲げられ】ている――」
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