もはやカタチ亡き【惨状】
「こ――これは――非道い――」
思わず、瑞穂は呟いていた。
報道されていた事件現場付近は、既に警察と消防によって立入禁止区域となっていた。奈留のチズナ・デヅンによってその中へと入り込んだ2人の少女は、最も被害が大きかったのだろう大通りの惨状を目の当たりにして、痛々しげに顔をしかめていた。
形状あるもの、すべてが潰されている。大通り沿いの建物が、走行中だったであろう乗用車やトラックが、ヒビ割れてクレーター状の凹凸だらけとなってしまったアスファルトの上に、見る影もないほどにグチャグチャなその有様を晒している。
そして、それらの周辺に幾重も飛び散らばっているのは、赤い色をした液体の滲み渡る跡。必死に藻掻くような、苦しげに足掻くような、掌と指先の擦れた痕。もはや剥がすことも出来ぬほどに強く地面やアスファルト片にこびりついてしまった、細切れに挽き潰された肉片。
それは――かつて、人間と呼ばれていた者達の、圧し潰され殺された後の、成れの果ての残滓に違いなかった。
「ていうか、なにこれ――何もかも、全部潰されてる――」
視界いっぱいに広がる惨状を茫然と見つめながら、奈留は呻くように言った。
「こんな――こんな広範囲に渡って、沢山の建物や人間達を――ここまで見境無く圧し潰してしまうなんて――こんなの、四天王に匹敵するくらいの力の持ち主でも無い限り――」
「いや、奈留さん。多分その通りだよ。その白い異形は、魔族の四天王と同等、もしくはそれ以上の能力を持っているんだと思う」
瑞穂の言葉に、奈留は眉を寄せる。
「うーん……だけど、そんなトンデモナイ正体不明な奴が、どうしてこっちに現れて、何の為にこんなことをして――」
魔術師の少女がそこまで言いかけた、その時だった。
「――ふふっ、随分と大暴れしたみたいだねぇ」
背後から聞こえる子供の声に、2人の少女は同時に振り返った。
顔を隠す白い仮面、色の無い法衣、肩の辺りで切り揃えられた雪のような白銀の髪――四天王ヨツバは、瓦礫の上にふわり降り立つかのようにして、佇んでいた。
「あっ、あんたはヨツバとかいう四天王――!?」
奈留は驚きの声を上げた。瑞穂は咄嗟に刀剣を取り出し、身構える。
「ふふっ――そんな大袈裟に驚かないでよねぇ。ボクはまだ、何もしていないっていうのにさ」
見下すような嗤い声とともに肩を揺らし、からからと仮面を鳴らすヨツバ。瑞穂は刀剣を前に握り締めたまま、訝しげな口調で話し掛ける。
「その言い方からすると――この惨状は、あなた自身の仕業によるものでは無さそうですね。でも――」
じろり、と瑞穂は睨むような目線を向けて。
「何かを知っている――ようにも聞こえます。どうして今ここにいるのかも含めて、あなたは、あの白い異形と何か関係が――あるんですか?」
「まさか、あんたがあの白い異形を生み出したり、操ったりしてるんじゃないでしょうね――!?」
奈留の叫びに、ヨツバは再びくくくっと嗤い堪えるように肩を揺らす。
「ふふふっ――まさか。でも、どうだろうねぇ――まあ、もし【姉さん】が何か関係あったとしても、ボクの知ったことではないけれど――ふふっ」
「【姉さん】――? あんた、何わけの解らないことを――」
「【姉さん】って――まさか――」
2人の少女たちが同時に呟く中、不意にヨツバは右腕を振り上げる。
「それよりキミたち――たった2人だけかい――?」
唐突な一言。その刹那、ぞくりと瑞穂の背筋を悪寒が走る。仮面に張り付いて動くはずのないニヤケ顔が、ニィとその口角を引き攣らせているような錯覚。仮面を被った少女の身体から霧のように漂い出すのは、殺気。
「覚えてるかな――? ボクはね、枷の男と神秘斬滅の少女には、以前に少しだけ痛い思いをさせられてるんだよねぇ――?」
振り上げられたヨツバの掌から霧が噴き出し、宙に浮く靄の塊を形成する。
「そう、あの時――ボクが氷機少女の人形を持ち帰ろうとした時――せっかく展開した領域・封鎖を、キミがいとも簡単に斬り裂いてくれたおかげでねぇ――」
ヨツバは言いながら、ふわふわと漂う靄の塊へと右手を突っ込み、そして勢い良く引き抜く。
いつの間にか、仮面の少女の手には黒々とした大鎌が握られていた。
「ふふっ――【姉さん】も許可をくれたみたいだ。さぁて――あの時は、四天王のボクとて結構痛かったんだよねぇ――」
ヴゥン――、と鎌が薙ぎ振るわれ、その切先が空を斬る。黒々とした鎌の重みに腕を慣らすような動きの後に、ヨツバはニヤけた仮面越しに少女たちの姿を凝視した。
「だからさぁ――あの時のお返しをしてあげないとねぇっ――!」
仮面をした銀髪の少女――四天王ヨツバは黒き鎌を握り締め、瑞穂と奈留へ斬りかからんと軽やかな足取りで跳び上がっていた。
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