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魔族とは似て非なる【存在】


「ねえ、どうしたんだい――?」


 それ(・・)は、問い掛けてきた。


 閑散としたカフェの中、唯一人(ただひとり)窓際のカウンターに腰掛けていた少女は、口をつけようとしていたカップを持つ手をふと止め、左手前に無造作に置かれたそれ(・・)へと視線を向けた。


「どうした――とは?」


 気怠げな、しかし高く澄んだ少女の声。カップをテーブルに置く、コトリという音とともに、肩の辺りで切り揃えられた白銀の髪が、彼女のうなじをさらさらと流れ。


「いやね、なんだか普段よりもぼーっとしているような気がしたからさ――」


 それ(・・)の言葉に、少女は小首を傾げた。


「私が――?」


「ふふっ、他に誰がいるっていうの――? 姉さん(・・・)のことに決まってるじゃないか」


「確かに――そうね」


 相変わらずの気怠げな声で応え、少女は窓の外を見つめて。


「ふと、概念使徒(アポストル)の気配を感じたものだから――少しそちらに気を取られてしまったようね――」


「はて――? あぽすとる――? なんだい? それは――」


 肩を竦めるかのような口調で、訳が解らないといった様子で、それ(・・)は訊き返す。


 少女はカップを持ち上げ、残っていたブラックコーヒーを一息に飲み干す。そして、茫洋とした面持ちで遠くを見据え、一言だけつぶやいていた。


(わか)らないのなら、知る必要は無いと思うけど――だから、気にしなくていいわ。ヨツバ(・・・)


 これ以上応える気は無いとでも言いたげに、少女は立ち上がった。無言のまま、カウンターの上に置かれたそれ(・・)へと――白い仮面(・・・・)へと手を伸ばし、そこに張り付いて固定されているニヤケ顔の口元を塞ぐように掴み上げる。


 再び白銀の髪をはらりと揺らし、少女は足早にカフェの出口へと歩き出していた。



 ○●



「あっ、もっちーにノエっち、ごめーん! あれから色々と調べたり、師匠(かあさま)に聞いてみたりしたんだけど――2人が遭遇し戦ったっていう、その白い異形(バケモノ)については結局わからずじまいのままなんだよね――」


 白き異形との騒動(たたかい)から数日後――未だ目覚めぬ翔真のお見舞いに病院へと訪れた瑞穂とノエを出迎えた奈留は、開口一番そう言って頭を下げた。


「いやいや、そんな奈留さんが謝ることじゃないよ――」


 ひらひらと手を振って言う瑞穂。その横に立つノエも、追随するように小さく頷く。


「そうよ。証拠(こんせき)情報(データ)も揃っていない現状で、アレ(・・)の正体を突き止めるなんて、そんな簡単に出来ることではないわ。

 ――とはいえ、(ワタシ)知識(プリセット)にも該当が無く、魔術師である貴女(アナタ)達にも心当たりが無いとなると、ますますもってその正体は謎――ということになるわね」


「そう、だね――」


 瑞穂は病室に置かれたスツールを引き寄せて腰掛けると、未だベッドの上に横たわり寝息を立てている翔真へと陰の差した眼差しを向けた。


「こんな時、翔真さんがいてくれたなら――あるいはアシャさんが目覚めてくれていたなら、何かがわかったかもしれないのに――」


「それは言えてるね。でも、もっちー、そんな暗い顔しなさんな。確かに翔真くんはまだ目覚めてこそいないけれど、確実にその状態(バイタル)は良くなってる。昏睡の原因が夢幻拘束(ソルバインド)の反動なのか、覇王の力による過負荷だったのかは、今となってはもうわかんないけど、あたしが診てきた感じだと――彼が目覚めるまで、あともう少しの辛抱だと思っていいよ」


 励ますように捲し立てると、奈留は考え込むように腕を組んだ。


「――ところで、もっかい確認だけど、ノエっち。(くだん)異形(バケモノ)は、本当に魔族(マギアイドラ)ではなかったんだよね――?」


「ええ、いちおう魔族(マギアイドラ)の端くれである(ワタシ)が言うのだから、そこは間違いないと思ってもらっていいわ」


「うーん、だよねぇ――魔族(マギアイドラ)なら過去の文献をあたるとかして、なんとか、その異形(バケモノ)がどういう種類なのかとか、ある程度目星をつけられないことも無いと思うんだけど――魔族(マギアイドラ)ではないってなると、ちょっとお手上げなんだよねぇ――」


「あの――ちょっと、いいかな――?」


 瑞穂は顔を上げ、白衣を纏う金髪の少女と、菫色(バイオレット)のワンピースを着た紫髪の少女とを見上げる。


「んにゃ? なんだい、もっちー?」

「どうしたの――? 瑞穂ちゃん」


「私には――魔術とか、魔族(マギアイドラ)のこととかはよく解らないけど――今まで戦ってきた魔族(マギアイドラ)と、この間の白い異形(バケモノ)とは、何が(・・)違うのかな――って思って」 


 瑞穂の疑問に、ノエがそうね、と応える。


「魔力によって身体を構成しているという点は共通しているけれど、その種類と質は大きく異なる――人間(ヒト)で喩えるなら、赤い血の流れを有している人間(ニンゲン)に対して、緑の血の流れを有している者のような者。姿形や構成要素は同じであっても、似て非なる存在のようなもの――」


 ノエがそこまで説明した――その時だった。


「あれ――? その声――サンドイッチをくれたお姉ちゃん――?」


 不意に響く、幼い子供の声。


 一斉に動く少女達の視線の先に立っていたのは、病室の入口付近に佇んでいたのは――両目を包帯で隠すかのように覆い包んでいる、パジャマ姿の小さな男の子だった。


「あら、貴男(アナタ)――」


 男の子の姿を認めたノエは、何かに気づいたかのように口を開いた。


「いつだったか、サンドイッチを平らげてくれた子ね――?

 お久しぶり。あの時は車椅子だったと思うけれど、歩けるようになったのね」


「うん――! お姉ちゃんが食べさせてくれたおかげかな? 怪我もだいぶ良くなってきたよって先生も――」


「あっ――お話し中のところごめん――! ちょっと――いいかな?」


 言いかけた男の子の声を遮るように、突如として奈留は割り込んできた。


「どうしたの? 奈留さん――?」


「いや、今テレビで流れてるニュースを聴いてほしいんだけどさ――これって――」


 奈留に促され、少女達はテレビから流れる音声へと注意を向ける。点けっぱなしになったまま、先程まで他愛の無い番組を垂れ流していた病室内のテレビは、いつの間にか緊迫したニュース音声を流し始めていた。


『――ネ市――キ区の大通りで、突如として通行人や乗用車が【潰れされる(・・・・・)】という原因不明の現象が発生しました。死者は現在確認されているだけで18名――警察と消防は付近を閉鎖し、原因を調査しているとのことです。

 また事件当時、付近では正体不明の白い飛行物体(・・・・・・)が目撃されているとのことで、警察はテロの可能性も視野に捜査を――』


 ニュース音声を聴き、瑞穂は困惑したような声を漏らした。


「えっ――奈留さん、ノエちゃん――これって、まさか――例の白い異形(バケモノ)の仕業じゃ――」


「やっぱ、そうだよねぇ。ねえ、もっちー、とりあえず報道されているその現場まで、ちょっと様子を見に行ってみない? ここからならそう遠くない場所だし、白い異形(バケモノ)について、何かわかるかもしれないからさ――」


 奈留の提案に瑞穂は短く頷く。


「うん――そうだね。ノエちゃん、私ちょっと行ってくる。悪いけど翔真さんのこと――お願いしていいかな」


「ええ――了解よ。(ワタシ)は前回やられているから、今回はおとなしく留守番しておくことにするわ」


 そしてすぐさま瑞穂と奈留は、どたどたと忙しない様子で部屋を後にしていた。


「あれ――? あのお姉ちゃんたち――急に、どうしたのかな――?」


「ええ、ちょっと用事があって――ね。まあ気持ちはわかるけれど、確かに随分と(あわただ)しかったわね――」


 そこには――眠り続けて意識の無い翔真を除いて――2人だけが残されていた。病室という無機質で色の無い空間の中で、腰まで伸びた紫髪を持つ白皙の少女と、包帯で両目を覆った小さく幼い男の子は、2人きり、お互いの顔を見つめるかのようにして向かい合っていた。



 ○●


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