【眠り】の覇王
「貴女――なに? その格好は」
唐突に現れた上に似合わぬ白衣を纏った魔術師の少女の姿に、ノエは呆れたような口調で話しかけていた。
「そっか、ノエっちはこの病院にお見舞いに来るの初めてだから知らないんだっけ。
目覚めない彼――翔真くんをこっちの世界の病院に入院させるにあたって、原因不明だと色々と面倒じゃない――? まさか『彼は異界の覇王の力をその身に宿らせていて――』、なんて説明するわけにもいかないし。
だから、あたしが暗示の魔術を使って、関係者の医者であると偽って病院内部へ入り込んで――あとはほら、内部関係者であることを利用して、ちょこちょこっと入院とか病室とか手配して――ね?」
「――なるほど。どうでもいいけど、その“ノエっち”とかいう珍妙な呼び方はなんとかならないのかしら――?」
抑揚の無い声を出し、脱力したように小首を傾げるノエを尻目に、奈留はふわふわとした軽やかな足取りで翔真の横たわるベッドへと歩み寄る。
「まあまあ、そう言わずに――って、なんだか美味しそうなのがあるじゃない? ひとつ貰うねっ」
奈留は近くにあったスツールを引き寄せて腰掛けると、ノエの手にしたバスケットの中から大量に残っているサンドイッチをひとつ、ひょいとつまみ上げてかぶりつく。
「貴女のために作ってきたわけではないのだけど――まあ、いいわ」
不承不承に呟くノエ。2人の少女のやり取りが一区切りを迎えたところで、瑞穂は切り出した。
「それはともかく――奈留さん。『翔真さんは無茶をしすぎて、その反動が身体に跳ね返ってきている』ってことは、やっぱり――あの短い時間の内に2度も連続して夢幻拘束を断ち切り、覇王の力を使ってしまったことが、翔真さんがずっと目覚めない原因――ってことになるのかな――?」
奈留はサンドイッチの切れ端を一息に飲み込み、小さく頷くと、眠り続けている翔真の胸元へと右手をかざす。治癒魔術の緑色の光が、周囲を仄かに照らし。
「――って、あたしは考えてる。眠っているからわかりにくいけれど、こうやって定期的に治癒魔術をかけておかないといけないくらい、今もまだ彼の肉体は恐ろしく消耗してるからね。
そう――【覇王の力】が、彼の身体に負担をかけているのは明らかだよ。
そもそも今から思い起こすと、あの時の翔真くんは様子がおかしかった。最初に右腕の枷の能力を使って意識を失ってから、3時間程度で目覚めてた――いつもなら半日くらいは意識を失ったままなのにね。
それが、あの時だけ特別だったのか、それとも翔真くんの身体が【覇王の力】にある程度は順応したからなのかはわかんないけど――短いスパンでの能力の解放ゆえに、万全の状態でなかったのは間違いないと思う――しかも、そんな中で新たに解き放った能力がまた厄介そうなものだったから余計にねぇ――」
手をかざしたまま、奈留はちらと翔真の右足に喰い込んだ枷へと視線を向ける。
「四天王リツルミを一瞬のうちに打ち倒した、【右足の枷】の能力――超光加速よりも疾くその身を動かすことのできるっていうその能力は――熱と衝撃を放つだけだった右腕の枷の能力よりも、領域・境界を制御するだけだった左腕の枷の能力よりも――遥かに、その身体への負担が大きかったのかもしれないねも――」
「そっか――いずれにしても、私が拐われたりなんかしたせいで――」
そこまで言って俯く瑞穂。奈留はその小さな背中をばしばしと叩きつつ、元気付けるように言葉をかける。
「こらこらっ、相変わらずマイナス思考だなぁ――もっちーは。そんなことを言い出したら、そもそも異世界でのいざこざにもっちーや翔真くんを巻き込んだのは、あたしなんだから――! もっちーが責任を感じる必要なんてこれっぽっちも無いんだからね――!」
「私も同感。彼女の言う通り、瑞穂ちゃんは異世界での出来事に巻き込まれなければ、戦う必要も危険な目にあうこともなかった。
だから今、貴女が思い詰めていることは、本来貴女が背負う必要の無いもののはず――」
ノエが静かに言い添えた、その時。
「本当に――そうなのかな――」
ぽつりと瑞穂は呟く。ノエは微かに眉根を寄せて。
「――と言うと?」
「あの時――意識を失う間際に彼は――翔真さんは――私の顔を見て『ユキナ』と口走っていた――。
その『ユキナ』って人が誰なのかはわからないけれど、もし私と何か関係があるのなら――この出逢いは――夢幻拘束に封印された覇王と、それを断ち切る神秘斬滅の能力者の巡り合わせは――以前にシエンさんが語っていたように、偶然なんかではなく必然なんじゃないかなって――」
そして少女は沈む口調で言葉を続ける。訥々と、青い髪を震わせながら。
――だとすれば、私が抱くこの気持ちと、それゆえに感じるこの重みもまた、必然であるということに――。
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