灼け逝く街を背にして【私は】
浄化の魔術によって灼かれていくガサアマキの街。
紅い炎に包まれて、次第に形状を失っていく城壁が、建物が、それらに取り残された屍傀とされてしまった人々が、灰色の煙となって朝焼けの空へと立ち上って消えていく。
ミズホは少し離れた荒野に立ち、炎と煙と崩れていく街とを見上げていた。胸元に手をやり、痛ましげに瞳を閉じ、小さく深く溜息を漏らしながら。
「もっちー、大丈夫――?」
背後から問いかけてくるナルの声。ミズホは僅かに首を上下させて応える。
「ミズホちゃん――貴女、少し休んだほうがいいわ」
横から慮るようなノエの声。ミズホは「そうだね」と、か細い声で応える。
暫くの黙祷のような沈黙の後、ミズホは顔を上げる。そして、灼ける街から目を背けるように踵を返した。その視線の先に、地面の上に、横たわり眠っているのは少年の姿。
少年の四肢は、4つの枷に縛られている。それは、覇王の無限の力を封じる夢幻拘束。その中で右足の枷だけは、未だ翠色の妖しい輝きを湛えていた。
「あなたは――」
ミズホの口から無意識の内に漏れ出る呟き。その声に反応するかのように、誰にも聞こえないような小さな寝言が、少年の口元から溢れる。
「奴は――まだ、生きて――苦しんでいるかな――」
ぞくり、と少女は背筋に悪寒を覚えた。
ミズホには少年の呟きの意味は解らない。それでも少女は、その言葉の中に、仄暗い怒りのようなものが滲んでいるのを感じ取っていた。
「あなたは――誰ですか」
ミズホは絞り出すように、眠る少年へ問いかける。
「あなたはショウマさんで――アシャさんで――でも、今のあなたは――」
――もはや、僕は俺で、かつてショウマと呼ばれた器の中にある、コインの表と裏に過ぎない――。
リツルミと対峙した際の少年の言葉が、脳裏を過ぎる。
そして、ミズホは思い出す。
かつて出会ったばかりの頃、火狼に腰を抜かしていたショウマの姿を。
友人を拐われたミズホへ、自身の身体への負担も顧みず、枷に封じられた能力を解き放つよう伝えるショウマの言葉を。
滅閃からレシノミヤの街を護るため、まだ知らぬはずの左腕の枷に封じられた能力を使うと語るショウマの眼差しを。
ティマニタの造りし底無しの熔鉱炉が、既に手遅れであると警告するショウマの、落ち着きつつも危機感を帯びた横顔を。
そして――、屍傀に溢れた街の惨状、無惨に切り刻まれたヒメアの亡骸、拘束され身を弄ばれ殺されそうになったミズホ――その元凶であるリツルミへと向けられた、ショウマの疼くような悶えるような怒りの発露を。
――僕は、今、この場で、こいつを殺さなきゃいけないから――。
ミズホは思う。それは以前から抱いていた疑念。しかし、怒りを湛えた彼の言葉に、少女はその疑念が思い過ごしや勘違いなどではないと確信した。
ショウマは少しずつ、しかし確実に【変わっている】と。
それも、経験や成長といった緩やかで自然なものとは根本的に異なる要因で。
「あなたは、ショウマさんだけど――ショウマさんで無くなっていってる――まるで――」
――あなたはショウマさんですか。それともアシャさんですか――。
つい先程のそんなミズホの問いに、彼は自身をコインの表と裏に喩えた。
もし仮に――そのコインの裏側を、金色の瞳の少年【覇王アシャ】とするならば、表側に相当するものは――今までずっと、ただ事件に巻き込まれて覇王に身体を乗っ取られただけの少年、天王寺翔真だと思い込んできたそれは――落ちこぼれ気質で、優しくも弱々しかった彼を【変えて】しまった、あるいは【変わって】しまったそれは――いったい、何者なのか。
眠り続ける少年の頬がピクリと動き、眉根が寄った。まるで、不快な夢でも見ているかのように。
少女は屈み込む。小さな背中に、街が灼け尽きる熱と音とを感じながら、白くか細い腕を伸ばす。少年の頬をゆっくりと撫で、眠りに沈む彼の表情を見つめて。
「あなたは――いったい誰ですか――」
少女がぽつりと答えを求めない問いを漏らした、その時。
「――もう……なせ……ない……から……」
途切れがちな少年の寝言を、少女は聞いた。
「えっ――」
戸惑うように、少女は指先の動きを止める。少年の小さな寝言は続く。ミズホは息を呑み、その言葉に耳を傾ける。
「――もう――死なせない――から――」
――もう、死なせない――?
言葉の意図を掴みきれず、ミズホは小首を傾げる。
その時、ゆっくりと僅かながら少年は瞳を開く。微睡に揺れ茫洋とした彼の眼は、自分のことを覗き込むようにして見つめるミズホの顔を捉えていた。そして彼は、何かに気づいたかのように、追い縋るような呟きをこぼす。
「ユ……キナ……」
「ユキナ――? それは、いったい――」
ミズホがそう問いかける間も無く、彼は再び瞼を下ろす。その時だった。
「うっ――ゔあ゛あ゛あ゛あ゛っ――!」
途端、彼は急激に呻きだした。不意に彼の四肢を縛る枷が、夢幻拘束が、それぞれに強く妖しい光を放ち出す。
「ショウマさん――?! どっ、どうしたんですか、ショウマさん――!」
――もしかしたら、こんな短期間に続けて二度も夢幻拘束を断ち切ったから――その反動がやってきたのかも――。
彼の容態の急変に狼狽えるミズホの横から、心配げに呟かれるナルの声。
「ショウマさんっ――大丈夫ですか、ショウマさんっ――!」
灼けていく街。立ち昇る灰と煙と、殺された街の人間たちの魂と。
煉獄のような光景の中、少年の苦しみに満ちた呻きと、少女の涙声が木霊する。
○ 第5話 終わり ●




