終わりなき【終わり】
身体を両断された激痛。
その断面から霧散していく魔力。
クラゲに似た異形の化け物は、断ち切られた断面より魔力を垂れ流しながら、その苦しみにのたうっていた。
「グア゛ア゛ア゛ア゛ゥ――ッ!」
呻き続けるクラゲ。神秘斬滅により一太刀のうちに切り裂かれた肉体は、魔力生成の流れを、魔力を留める器を、存在の核を――すべて、断ち切るという概念のもと再生不可能な形で斬滅させられていた。
残された魔力が流れ落ちていき、消えつつある意識の中にあるのはただ、思考を焦がす程の激痛と耐え難い飢餓感だけ。
そして、その先にあるのは不可避の死。
「ア゛ア゛ッグア――゛ア゛ア゛ア゛ゥ――!」
苦しい。苦しい。苦しい。
それ以外考えられなくなった、塗りつぶされた思考。
苦しい。苦しい。苦しい。
こんなに苦しいのなら――その先に死しかないのなら――。
――早く死んで、意識を無くしてしまって、この苦しみから解放され――。
「――と思っているのだろうが、残念ながらそうはいかない」
そこに立っていたのは金色の瞳をした男。両手首と左足首に枷を嵌め、唯一枷のない右足の魔法陣より光の筋を立ち昇らせ、背中より翠光の翼を広げはためかせた少年。
「貴様はもう終わりだが、すぐには終わらない」
「ウヴヴェエッ――! ウググ――ソレハ、オマエ――ドウイウコト――ダ――?」
呻きながらクラゲは少年に問う。少年は嘲るように顎を引く。
「解らぬか――? 周囲の状況が、己が肉体の状況が」
「ナ――ンダ――ソレハ――? グッ、グググェッ――グ――ル゛――ジ――イッ゛――」
「ふん、考える力まで半分にされてしまったか? それとも苦しみゆえに思考ができなくなったか――いいだろう。我が能力が再封印されるまでそう時間もないが、しかし貴様が相手であるならばそれでも十分に説明できようか――」
金色の瞳で冷めたようにクラゲを見下ろし、少年は言う。
――周囲を見ろ。何も動いてはいまい。
――己が肉体を鑑みろ。崩壊しつつあるその肉体はしかし、痛みと苦しみを発するのみで一向に消え去る気配はない。
「ナ゛――ナ゛ゼダ――?」
少年の口元が歪む。ふん、という嗤い。
「簡単なことだ。貴様の意識だけが超光加速により加速しているからだ」
「――ドウイウ――コトダ――? グッッ、ア゛ア゛ア゛ゥッ゛――!」
「解らぬか? まあ、その状態では無理もあるまいか――。
貴様は、本来の自身の能力でもなんでもない超光加速を乱用しすぎた。時流への干渉は、概念の枠組みにも抵触するが故、必ず反作用が伴う。本来の能力者である女勇者ですら、超光加速の発動にあたっては一定のインターバルを取るなどしていたはずだ。
貴様はそれを知らず、超光加速を何度も連続して使い続けたのだろう。その結果として、貴様の内部には超光加速の魔力が意図せずして蓄積していった。俺は単に暴発間際まで溜まっていたその魔力に、少しばかりの刺激を与えたに過ぎん。
そして――貴様は意識だけを限界まで加速させるに至った。超光加速の加速限界上限は2600万倍――1秒という僅かな時間も、加速した貴様の意識にとっては何ヶ月にも感じられるはずだ。
神秘斬滅に両断された貴様の肉体は、もう長くはない――あと数分で貴様は死に、その肉体は朽ち果てるだろう。
しかし、その中で【意識だけ】は加速している。貴様の肉体が死に、意識が消え去るまでの数分は、貴様の加速した認識の中にあっては、200年か――500年か――それまではずっと動くこともできず、死の間際の痛みに苦しみ続けるということだ――」
「アガアアアアア゛ア゛ア゛ッ――! ソンナ――バカナ――!! コノクルシミ――イタミガ――スウヒョクネン、ツヅクダト――?! ナゼダ――ナゼ、シネナイノダ――!!
ア゛ア゛ア゛ッ――グヴア゛ッア゛ッア゛ッ――!! タ――スケ――」
「さて、本来ならもう少し貴様が苦しむ様を眺めていたいところだが――生憎、貴様の疾さに合わせていられるのは、我が右足に封じられし能力が解放されている間だけなのでな――そう、そろそろ時間だ」
金色の少年の右足首に、光を湛えた風が渦巻き、喰い込む枷の形を成していく。その光の濃さに比例するかのように、彼の背中から広がる翠の翼が薄れていく。
見下げ果てたような、しかしどこか眠たげに細められた瞳で、少年は苦しみに蠢く肉塊を見下ろして――そして、最後に言い放っていた。
「貴様は人間を殺しすぎた。それだけでなく、その屍体すらも弄んだ。その罪、ただ貴様が死ぬだけでは到底釣り合わぬ――そう、無限に等しく引き伸ばされた時の中で、苦しみ続けるがいい」
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