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神秘斬滅【ルナイレイズ】の少女 〜【僕】の中に封印された異界の覇王である【俺】は〜  作者: 月影 梨沙
第5話 屍の装いは光ほどに疾く、僕の怒りに射翼は疼く
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右足を縛りし【翠】の枷


「そこまで君がひとりで抱え込む必要はない。さっきまで拘束されていたその身体で、四天王と戦おうだなんて、無茶を通り越して無謀だ。君はずっとそうやって無茶ばかりしている。

 だから――今日くらいは(オレ)に無茶をさせてくれ」


 ショウマは一歩前へと踏み込み、その肩越しに背後のミズホをちらと見やった。


「ショウマさん――? まさか、枷の能力(チカラ)を使うつもりですか――? それこそ無茶ですよ。ついさっき右腕の枷を断ち切って、紅き腕の能力(チカラ)を使ってから、まだ数時間しか経っていないんです――いつもなら半日以上の眠りにつくのに、今回はそれもない――こんな短期間で連続して枷を断ち切って、封印された能力(チカラ)を解き放って――再拘束がかかった際、その身体にどれだけの負荷がかかるか――」


「だから無茶をさせてと言ってる――夢幻拘束(ソルバインド)の再拘束時の負荷は。それは解き放った能力チカラに比例するから、たしかに厳しい――それでも、今はこの枷の能力(チカラ)を使わなければいけない時だと思う。(オレ)は、今、この場で、こいつを殺さなきゃいけないから――」


 言いながらショウマは視線を落とす。その目線の先にあるのは、灰色の女の背後に転がる無惨な肉塊。かつて、ヒメアと呼ばれていた女勇者の身体だったもの。彼は糸のように目を細め、そして自身の右足に嵌められた、緑色の枷へと視線を移す。


 困惑した様子で、ミズホもまた彼の右足首に喰い込んだ緑の枷を見下ろした。少年の普段とは異なる口調に、射るような鋭い眼差しに、不安を覚えているかのように問いかける。


「あっ、あの――しょ、ショウマさん――? それとも、アシャさん――ですか?」


「もう、その問いに意味はない――もはや、(オレ)(ボク)で、かつてショウマと呼ばれた(カラダ)の中にある、コインの表と裏に過ぎないから。君の呼びたい方で呼べばいい――。


 そう――かつて、(オレ)(ボク)に言った――ひとつの(カラダ)にふたつの精神(ココロ)。抱く気持ちが同じならば、それぞれが受け持つのは半分でいい、と。


 そして、今また(オレ)は知った。ひとつの(カラダ)にふたつの精神(ココロ)。抱く怒り(・・)が同じならば――我が身に疼く激情は倍以上になるのだと――」


 少年は顔を上げ、瞳を見開く。その眼は、金色の輝きを帯びていた。


「屍体を漁り纏いし下賤の魔族(マギアイドラ)よ――貴様、街の人間たち(ひとびと)の身体を弄び、勇者の女を殺して、その身体を奪い――そして、俺の小娘をこうまで苦しめ、怒らせた――それらの報いを受ける覚悟――出来ておろうな?」


 低い声で、金色の瞳の少年は――覇王アシャは告げる。


 リツルミは愉しげにゆらゆらと揺れながら、身構えるように両腕を広げた。右手の甲から再び(オレンジ)の光が少しずつ漏れ出でる。


「あらまぁ――例の枷の能力(チカラ)を解放するのねぇ――? でも、私の超光加速(アクセルクス)の疾さについて来れるのかしら――? もう、そちらの手の内はわかっているし、こちらも油断はしない――前のようにはいかないわよ。今度こそ、瞬殺してあげるんだからねぇ――!」


「手の内がわかっているのはこちらも同じだ。貴様こそ――枷に封じられし我が能力(チカラ)について来れるものかな――?」


「うふふふふっ、戯言(ばかなこと)を――。

 開始なさい(シレークス)――その速さは(シレント・)沈黙の(ロレオ・)狭間を握り(オプティムス)――」


 嗤いの混じった上擦った声で、リツルミは超光加速(アクセルクス)の詠唱を諳んじる。


「小娘――急げ。奴が詠唱を終える前に――我が右足の枷、断ち切るがよい。お前の怒り、哀しみ――今日ばかりは、我が代わりにそれらを濯ぐ矛となろう」


 金色の瞳をギョロリと動かし、アシャはミズホを見やる。


 ミズホは息を呑む。そして少女は躊躇いがちに、しかし意を決したように手にした刃を振るい、少年の右足首に喰い込むようにして嵌められている緑の枷を――断ち切った。 


「あはははははっ――! もう遅い(・・)わよ――! その疾さは(オブリウィル・)認識の(ロレオ・)谷を超え(オプティムサ)――今、わたしの身体を――舞い動かせ(スビトル)()超光加速(アクセルクス)――!」


 けたたましく吼え嗤うリツルミ。詠唱を終えると同時に右腕の手の甲に埋め込められた宝玉から(オレンジ)の閃光が迸る。


 そして、灰色の色をした女は消える。(オレンジ)の残光だけをそこに置いて、肉眼では捉えることすらできない超高速で舞い、リツルミは突っ立っている金色の瞳の少年へと――覇王アシャの身体を切り刻まんと、腕や指先より生やした無数の屍惨鋼索メルギトゥル・ワイヤーを振るう。


「あっ、アシャさんっ――きゃあっ――?!」


 ミズホは思わず声を上げた。少女の身体が、何か柔らかな衝撃に弾かれ、少年の背中から引き離される。


 そして次の瞬間、(みどり)の一閃が、虚空を射抜いていた。


「うぐぐえぇ――ぐえ゛ぇぇっ――!」


 響き渡る、女の濁った呻き声。グチャリ、と湿った音とともに、至るところから鋼索(ワイヤー)の生え伸びるグロテスクな左腕の断片が、地面へと墜ちていた。


「あ゛あ゛あ゛っゔあ゛ああぁっ――!!」


 引き千切られ地面に転がる左腕の傍らに、呻き叫ぶリツルミが姿をあらわす。左肩に剥き出しになった断面を庇うように右腕で押さえつけて、灰色をした魔族(マギアイドラ)の女は、痛みと憎悪に歪んだ顔で、痙攣する血走った眼で、対峙する金色の少年アシャを凝視している。


「あ゛あ゛っ――お゛前――今のは、何だ――今の――疾さ(・・)は――」


 バサリ、と何かの広げられる音。


 少年の背中から展開されるのは、(みどり)の輝きを帯びた4枚の翼。


 踏みしめられた右足を中心に地面に描かれているのは、澄んだ翡翠の色をした魔法陣。ネオンのように輝く光の筋が、魔法陣より少年の背中へと伸びていき、そこで花弁のように広がり展開され、翠の翼を形作っていた。


 背中から生えた翼をふわりと揺らしながら身体を傾け、アシャは灰色をした魔族(マギアイドラ)の女を一瞥する。そして見下すような口調で、彼は言い放つ。


「何だ、貴様――ずいぶんと遅い(・・)ではないか。俺には、止まって見えたぞ(・・・・・・・・)



 ○●


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