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神秘斬滅【ルナイレイズ】の少女 〜【僕】の中に封印された異界の覇王である【俺】は〜  作者: 月影 梨沙
第5話 屍の装いは光ほどに疾く、僕の怒りに射翼は疼く
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その【黒き瞳】は怒りに疼き


「へえ、助けに来た――ねぇ」


 つかつかと前へと歩いていくノエを眺めながら、リツルミは愉しげに独りごちた。腕を掲げ、伸ばした指先と剥き出しになった屍惨鋼索メルギトゥル・ワイヤーとを相手へと向け、迎え撃つ体勢をとる。


 ノエは自身へと向けられた鋼索(ワイヤー)の先端を見つめ、僅かに顎を引きつつ立ち止まった。山吹色(ブライトイエロー)の瞳を不快げに細め、拳銃の形を作った掌を振り上げると、ピンと張られた指先を相手へと突き返す。


 灰色の女リツルミと、白い少女ノエが、お互いの武器を突き付けながら対峙していた。


「うふふふっ――ねえ、あなた、氷機少女と名乗ったわね。その身に宿した魔力――氷の魔術属性――その身体(ボディ)コア――もしかしてあなた、ティマニタが造っていたという人形(ドール)かしら――?」


 ノエの頬がピクリと動く。


「ええ、そうね――(ワタシ)のこと、知っていたのね」


「話には聞いていたわ。あの男(ティマニタ)も、かつては四天王だったわけだし――それにしても、魔族(マギアイドラ)に造られた人形(ドール)の分際で、魔族(マギアイドラ)に――しかも四天王に仇なすなんて、やってくれるじゃない?」


 小馬鹿にしたような口調で捲し立て、リツルミは不意にじろりと鋭い視線を向けた。


「せっかく展開していた領域・不蝕(ノドゥスレア)を解除したのは、あなたの仕業ね――?」


「そうよ。ティマニタは、ドミジウスと比べて戦闘に向いていない出来となった(ワタシ)に、いろいろと小細工を施していた。これは、その小細工のひとつ【絶対権限アブソルートゥス・アドミニストレータ】。

 それは――防護障壁、結界領域、ファイアウォール――外部からの侵入を阻む、いわゆるセキュリティと呼ばれる概念を無効化する能力(チカラ)

 そのプロセスは、セキュリティを展開している管理者よりも更に上の権限――すなわち絶対権限(アドミニストレータ)となってセキュリティそのものの設定を上書きすることによるもの。

 こじ開けることも、忍び込むこともできないのなら、この能力(チカラ)で真正面からドアノブを叩けばいい――そう、簡単なことよ」


 事もなげに言い放つノエに、リツルミは顔を歪めて嗤う。


「うふふ――ふはははははっ――なるほど、ティマニタったら面倒な人形(ドール)を遺したものね。領域・不蝕(ノドゥスレア)さえ無効化してしまえば、あとは物理的な城壁など属性魔術か何かで消し飛ばしてしまえばいいだけだものねぇ。予定ではそんなことができるのは神秘斬滅(ルナイレイズ)の能力者だけのはずだったのだけど――意外な邪魔者がいたものね」


「あの()ほど簡単に断ち切れるわけではない上に、相応の魔力を消費してしまうけれど――ね。

 さて、種明かしはこのくらいにして――そろそろ、その()を返してもらう――!」


 ノエがそう言い終えるや否や、掲げた指先から青白い光が迸った。


「――射氷弾装(スティリア・マグナム)


 詠唱と共に響く銃声。凍気の弾丸が放たれ、空を裂きつつ、リツルミの身体を目掛け軌跡を描く。


「うふふっ――それ、遅いわよ(・・・・)――舞い動かせ(スビトル)()超光加速(アクセルクス)――!」


 途端、リツルミの右腕の手の甲から(オレンジ)の閃光が溢れ出る。


 光とともに、灰色の女の姿は消える。と同時に、ビュンと鞭のような何かが空を切る音が、無数の方向から鳴り響き――。


「――ぐゔっ――ぐぇっ――!?」


 ノエの呻き声が木霊する。その声が放たれ消える一瞬の内に、少女の両腕はそれぞれバッサリと引き千切られていた。続いて、胴体が腹の辺りで裂ける。そして最後に宙を舞ったのは、人形のように精緻な顔。その白い顔の中で、物憂げな山吹色(ブライトイエロー)の瞳だけが、凍りついたように茫洋と虚空を見つめ、くるくると回っている。少女の首は――鋼索(ワイヤー)によって瞬時に刎ね飛ばされ、弧を描くようにして床へと墜ちていた。


「あははははっ――! そんなに遅い(・・)んじゃ、超光加速(アクセルクス)した私の屍惨鋼索メルギトゥル・ワイヤーは避けられないわねぇ――! あらあら、バラバラになっちゃって――」


 残像とともに姿を現し、上半身をくねらせるようにしてリツルミは高笑いの声を発する。


「――いかに疾くても、その眼は節穴のようね」


 不意に響くのは、女の笑い声を撃ち抜くような鋭く凛とした少女ノエの声。


「なっ――なにっ――!?」


 リツルミは驚くように咄嗟に声のする方へと振り返った。


 女の振り返った先に、全くの明後日の方向に佇んでいたのは――先程、鋼索(ワイヤー)によってバラバラにされたはずのノエの姿。そして――。


 不意に木霊する、カシャカシャリと音を立てて地面へと落ちていく鋼索ワイヤーの音。


 開かれる、涙のうっすら浮かんだ瞳と、怒りを湛えて女を見据える鋭い視線。


 そこに立っていたのは、小柄で幼なげな――青い髪の少女。


 神秘斬滅(ルナイレイズ)の少女ミズホは、鋼索ワイヤーの拘束から解き放たれ、右腕に刀剣を握りしめて、立ち上がっていた。その横には、彼女に寄り添い、その小さな身体を抱き支える、少年ショウマの姿。


 予期せぬ光景に、リツルミは目を剥いていた。


「なっ、なぜ、お前が――いえ、あなたは――今しがた私の屍惨鋼索メルギトゥル・ワイヤーに切り刻まれたはず――」


「それは偽物(フェイク)よ。ミズホちゃんを救うための隙を伺うための、目眩しと時間稼ぎのための――ね。

 極光幻惑オーロラアルキナティオ――自身の幻像を投影(プロジェクション)し、相手を撹乱させる機能(スキル)――これも、あの男(ティマニタ)が、(ワタシ)に仕込んでいた小細工のひとつよ。

 そもそも――絶対権限アブソルートゥス・アドミニストレータによって魔力を消費し尽くした(ワタシ)が、四天王である貴女(アナタ)と真正面からやり合うわけないでしょう――?」


 素っ気なく言い放つノエに、リツルミは激昂したように腕から伸びる鋼索(ワイヤー)を地面に叩きつけた。


「うふふふはははっ――! この私を欺くとはねぇっ――いいわ、いいわよ。そこに転がっている肉片と化した女勇者のように、あなたたち、ひとりも逃す事なくバラバラにして、苦痛の中で、泣き叫びの中で、惨めに惨めに殺してあげるからねぇっ――!!」


「人の話を聞いていなかったの――? (ワタシ)貴女(アナタ)とやり合うつもりは無い。今ので今度こそ魔力を使い尽くしたし、(ワタシ)はミズホちゃんが無事ならそれでいいわ」


 ノエは小さく息を吐き、ミズホの肩を軽く抱く。そして彼女へと何かを促すかのようにその耳元で囁いていた。


「でも、この()はそうじゃないみたいだけれど――ね」


 震える息遣い。微かに上下する肩。細められ、怒りを湛えた紫紅色(ルビーレッド)の瞳。


 ミズホはノエの腕をゆっくりと抱き寄せ、一瞬だけその腕の柔らかさに沈むように瞳を閉じた。青髪の少女は小さく息を吸い込み、沁み入るような口調で呟く。


「ノエちゃん、ナルさん――そして、ショウマさん。私のために――こんな危険な目にあってまで――助けてくれてありがとう――」


 そして、ミズホは瞳を見開く。ノエから離れ、刀剣を片手に携え佇み、対峙するリツルミを鋭く睨みつける。その口から放たれたのは、感情を排したような無機質を装った口調で、しかしその奥に震える怒りを湛えた声。


「よくも、こんな非道いこと――この街の人たちを――ヒメアさんたちを――私は――あなたを許さない――」


「あははははっ――! 許さないですって? そんな状態でよく言えたものねぇ。人間(ヒト)に毛が生えた程度の身体能力(スペック)しかない分際で、四天王である私によくもそんな舐めた台詞を吐けたものねぇ――!」


 嘲るようなリツルミの言葉。ミズホの口元が怒りを堪えきれぬように歪む。携えた刀剣が振り上げられ、少女が反射的に足を前へと踏み出そうとした、その時――。


「ちょっと待って――君のその怒り、(オレ)が引き継ぐ」


 枷を揺らし、その少年は黒い瞳を細めつつ、呟いていた。



 ○●


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