【友達】
「ねえ、ショウマくん――さすがにちょっち厳しくなってきてない――?」
荒い息を揺らし、ナルは問いかける。汗を滴らせ、振り乱した金髪の張り付く少女の顔には疲労が色濃く浮かんでいた。ぐいと伸ばした腕は、立て続けに魔術の炎を放った反動からか小刻みに震えている。
「確かに――でも、相手の方も勢いがなくなってきてる。もう少しの辛抱のはず――このっ、灼き還せ――!」
魔術の炎に包まれた拳を振り上げ、飛びかかってくる屍傀の身体を燃やしつつ、ショウマは応える。既に2人の眼前には、灼き尽くされた屍傀の灰化した残骸が堆く積まれていた。しかし、それら灰塵の山をも掻き分けて、無数の屍傀たちはなおも迫り続けている。
「ホントかねぇ――まあ、やるしかないんだけどねっ! ステカ・ロムマ・ラグダオ――!」
唇を噛み締め、少女は詠唱し腕より炎を放つ。幾重もの屍傀が、炎に覆われて灼かれていき――しかし、その時だった。
「グガア゛ア゛ア゛ァッ――!!」
ナルの放った炎の中から、1体の屍傀が這い出してきた。それは奇声の叫びを発しながら立ち上がると、大きく口を開き、ボロボロに欠けていながらも鋭利で、涎に塗れた歯をむき出しにして、魔術師の少女の懐へと飛び込んできた。
「えっ――ちょ、きゃあああっ――!」
咄嗟に後退り、仰向けに倒れるナル。か細い少女の身体に、全身のあちこちを灼け焦がした屍傀が覆いかぶさるようにして襲いかかる。
「グゴォオオォオ゛オ゛ッ――!」
「ひ、ひぃっ――あ、あたしなんか食べたって――た、助けて――!」
少女の悲鳴と屍傀の雄叫びが同時に響く。
「なっ――こいつ、いつのまに――! その娘から離れろ――!」
叫び声を聞き、ショウマは咄嗟にナルへと向き直る。だが、既に屍傀は、裂けんばかりに開いた口で、そこから無秩序に生え残った歯牙で、覆いかぶさっている少女の喉元を喰い千切ろうと、腐りかけた頭を振り下ろしていた。
「うっ――い、いやああああぁっ――!」
その時、魔術師の少女のけたたましい悲鳴を掻き消す、銃声が轟いた。
ドンッ――、という音とともに屍傀の身体が吹っ飛ばされるように浮かび上がり、ナルの身体から引き剥がされる。続いて、ドンドンッと2発目3発目の銃声が鳴り響き、その反響に呼応して宙に浮いた屍傀の四肢が引き千切れ、頭蓋が爆散する。
ドサドサと地面へと落ちる細切れになった複数の肉塊。続いて、何かの割れるような音。それらは凍りついており、周囲には霜が降りていた。
「なるほど――これが、屍傀というやつね。知識として知っているのと、現物を目の当たりにするのとでは、やはりだいぶ印象が違うものね――」
鈴の音のような、高く澄んだ声。
ショウマは即座に声のする方へと振り返る。薄暗く細い路の真ん中に、拳銃を携えるように腕と指とを伸ばした小柄な少女が佇んでいた。腰まで伸びた艷やかな紫色の長髪に、氷のように白い精緻な面立ち、そして――物憂げに揺れる山吹色の瞳。
「君は――」
「あ、あなたは――?」
同時に問いかける声に、小柄な少女は前へと歩き出しながら鈴の音の声で応えた。
「私の名前は、須藤 透――いえ、貴方たちには氷機少女のノエ、と名乗ったほうがわかりやすかったかしら――? これでも、塚本瑞穂ちゃんの友達なのだけど」
「あなたが――もっちーの話していた――人形の女の子――?」
ノエと名乗った少女は、ナルの言葉に僅かに頷き、そしてショウマへと向き直った。
「貴男、枷に縛られた状態でも魔術が使えるようになったのね」
「まあ、ちょっとだけ――だけどね。それより、君はどうしてここに――?」
「あの娘の――ミズホちゃんの魔術通信からの連絡が途絶えたから――何かあったのかと思って。この身体は人間だから、憶えていた異界転送魔術も問題なく使えるようだったし。でもまさか、こんなことになっているとは――」
ノエは微動だにせず、目線だけを動かして周囲を取り囲んでいる屍傀の群れを睨みつけた。
屍傀たちは突然の乱入者に様子見の素振りを見せていたが、それが小さな少女であると見るや動き出し、また再びショウマたちへと迫りつつあった。
灰塵を踏み分け、声にならぬ呻きと涎とを漏らしながら、這うようになおぼつかない足取りで近づいてくる屍傀の集団。ノエはその一体一体を見つめ、山吹色の瞳を憐むように細めた。
「これが本当の、寄生された屍体――か。なるほど――あの娘が、あの時なぜ怒ったのか、今なら少し解る気がする。確かに、これは非道い。人間というものをここまで踏み躙るとはね――」
少女は掌を開き、腕を振り上げる。その指先の辺りに極彩色の光が漂う。冷たい口調で、短く素早く、氷機少女は詠唱を紡ぎ放つ。
「氷凍波導――」
ショウマの頬をひやりとした空気が掠めた。白い光が、掲げられた少女の掌を中心にして扇状に広がっていく。それは凝縮された冷気――石畳の地面が、建物の外壁が、ビキビキと音を立てて凍てついていき、密集していた屍傀の群れを取り囲む。それは瞬く間に分厚い氷塊をかたちづくり、カチカチに固められた薄白色の壁の内部へと、異形の者たちを凍結させ閉じ込めていた。
「これだけの数の敵を1体1体を倒していくのは大変よ。壁をつくってしまえば、暫くは時間を稼げるわ」
ノエは事も無げに呟き、ショウマとナルの方へと視線を戻した。
「いや、簡単に言うけど――これだけの規模の氷魔術は、そうやすやすと展開できるもんじゃないよ。すごいね、あなた――そ、それと、さっきは助けてくれてありがとう。たしか名前は――」
ぽかんと口を開いたまま感心したように礼を言うナルに、ノエは首を小さく横へと振った。
「ノエでいいわ。それに、私は氷属性しか扱えないから、このくらいは出来て当然よ。
それより――事情はおおよそ把握したわ。これだけの数の屍傀に、城壁に沿って展開された領域・不蝕――となると――」
ノエは瞳を細め、眼前に聳える城壁を見上げる。
「私の記憶に間違いがなければ――敵は、四天王リツルミ。
屍操装蝕の二つ名を持ち、希少能力を有する屍体を纏うことによって力を増し、四天王の座に登りつめた魔族。
そんな奴が狙うのは――間違いなくミズホちゃんの持つ神秘斬滅の能力。あの娘は連れ去られ、この結界の先にいるということよね――?」
「うわ、ぴたいち合ってるよ、ノエっち」
「のえっち……?」
無表情を貫いていたノエの白い顔が動き、訝しげに眉がひそめられる。
「い、いや愛称だよ。そんなことより、この結界をなんとかしないと、もっちーを助けられ――」
「それは大丈夫よ」
ナルの言葉を制するように短く応えると、ノエは指先を城壁へと突き出した。か細く薄い胸元から青白い光がぼんやりと浮かび上がる。その光は線の形を成し、網の目のような軌跡を描いて、突き出した指先へと収束していく。
「一応、方法は考えてある――」
白皙の少女は呟く。人形のように整った横顔を、青白く冷たい光に揺らしながら。
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