屍に至る薬【ウォルプタス】
「おかしいわねぇ――」
暗闇に浸るように、ゆらゆらと影に隠れた身体を揺らしながら、灰色の女は――リツルミは独り言ちていた。
「あなたの身体のどこに神秘斬滅の能力が秘められているのか――これだけ調べてもわからないなんてねぇ――」
不満げに呟く魔族の女の眼前には、小さな少女が吊るされている。か細い全身のあちこちに、透き通るような白い肌に喰い込むように、幾重もの屍惨鋼索が容赦無く絡み付き、ミズホの身体を縛り上げていた。
「ぐっ、それなら――とっとと、この状態から解放してくれませんかね――私なんかを調べても、何も出てきやしませんよ。もっとも、仮に何かあったところで、あなたなんかにみすみすくれてやるつもりはありませんけど――」
苦痛に歪んだ表情で、ミズホはリツルミを睨みつけた。
「あら、減らず口を――少し痛みを与える必要があるかしら――?」
リツルミは酷薄な笑みを浮かべ、顎を引く。そして、ゆっくりと腕を振り上げた。その動きに呼応するように、少女の全身を縛り上げる鋼索がミシミシと軋んだ音を響かせる。
「ゔあ゛あ゛ああっ――!!」
ミズホは痛みに満ちた呻き声を吐き出す。首筋を這い、手首や脇に絡みつき、胴に纏わりついている屍惨鋼索。幾重ものそれらが、少女の白い肌へとキツく喰い込んで。
「これだけ調べても、その能力の源泉がどの部位にあるのかわからないなんて――希少能力だからって、すこし丁寧に扱いすぎたかしら――?
やっぱり表面だけじゃなく、そろそろ内部を喰い破って調べるべきかしらぁ――?」
その言葉と同時に、いくつかの屍惨鋼索の先端から無色透明な液体がとろとろと溢れ出た。
濡れた鋼索が、少女の首筋に触れる。その先端は、溢れる液体を擦り付けるように、撫でつけるように、ゆっくりと口元へと這い上がっていく。
「ひっ――そ、それは――ゔぁああっ――!」
首筋と肩とを這い伝う、液体の冷たく纏わりつくような不快な感触に、ミズホは顔を引き攣らせる。全身を締め上げる痛みと、顎の辺りまで迫りつつある不快感に、少女は涙声を漏らしながら身を捩る。
「その液体はねぇ、中身を掻き回しても死なないようにするための魔薬と呼ばれるモノよ。身体の中に注入することで、その肉体の死をズラすことができる。
そうなった肉体は、屍となっても死んでいるわけでは無いということになる――わかるかしら? 肉体を生きたままぐちゃぐちゃに解体して調べ尽くすのに、これ以上の手段は存在しないのよぅ――」
女の愉悦に満ちた言葉。涙を滲ませ、歯を食いしばっている少女の顔いっぱいに、嫌悪感が広がっていく。
「ぐぅっ――そっ――そんなものを――私に――? やっ――やめ――やめてくださいっ――!」
ミシミシとミズホを縛る鋼索が軋む。少女の必死な抵抗も、キツく締め上げられた拘束の中では身体を数ミリ動かすのがやっとだった。
「うふふ――そんなに嫌がらないでよねぇ――さて、その可愛いお口から――たっぷりと魔薬を注いであげるわ――」
「そんなの――お断り――です――ぐゔっ――!」
途端、鋼索が少女の身体を数メートル引き上げる。止め処なく液体を溢れさせる鋼索の先端が、少女の頬の付近へと這い寄っていく。
「そんなに抵抗したら、せっかくの綺麗で柔らかいお肌が裂けちゃうわよぉ――? さあ、素直に魔薬を受け入れなさい――?
もっとも、魔力に耐性の無い肉体は、魔薬の魔力に脳と精神を溶かされて屍傀になってしまうのだけれども――さて、あなたはどうなるのかしらね――? うふふふっ――」
「や、やめ――そ、そんなもの――いや――!」
散発的に襲いくる苦痛と不快感とに身悶え、声を絞り出す少女。それを愉しげに見上げ、リツルミは口の端をニヤリと歪める。
「あらあら――それとも苦しいのかしら――? ふふ、もうすぐ楽になるわよ――」
「あ――あなたみたいな魔族なんかに――負けな――ぐぅ、ぐえぇっ――!」
首筋に纏わり付いた鋼索がミズホの首を締め上げる。魔薬に濡れたその先端が、苦しげに歪んだ少女の唇へと、ゆっくり近づいていく。
「ふーん、よく言うわ――あなたの身体だって、もはや【人間とは呼べない】くせにねぇ――」
「――そ、それは――どういう――意味――」
「その口ぶりだと、やっぱり知らないのねぇ――いいわ、教えてあげる。
さっき調べてわかったのだけど――あなたの身体は、何故だか【無駄に新しい】のよねぇ――その上さらに【様々な因果から断ち切られている】――。
つまり、あなたは【人間の形をして、自分を人間だと思い込んでいる、人間の枠組みから切り離された、人間ではないナニカ】――まったく、あなたは一体何なのかしらねぇ――?」
「そ――そんな――い、いえ、わ――たしは――人間――です――ぐあ゛あ゛っ――!」
「だから違うんだってば――まあいいわ。どちらにしても、この魔薬を飲み込んでしまえば、おそらくは屍傀になるだろうから――あとは生きながら、その屍体の中身、じっくりと調べさせてもらうわ。
神秘斬滅の能力の源泉も、あなたが【人間に似たナニモノ】なのかも、そこではっきりするでしょう」
鋼索が蠢く。少女はぎゅっと瞳を閉じる。いやいやをするように顔を背けるミズホの口元へと、必死に閉じられようとする唇へと、それらを押し除けて魔薬に濡れた鋼索の先端が入り込もうとしている――。
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