嗤う【女】の影
『あの――ショウマさん。さっきはありがとうございます。でも、なんだかすみません――ショウマさんにあそこまで言っていただいて嬉しい反面、少し気恥ずかしい感もありますけど――』
『何も謝ることなんかないし、気恥ずかしさを感じる必要もないよ。僕はただ、思ったことを言っただけで、それは紛れもない本心なんだから――。
ミズホちゃんは何度も命の危機に瀕しながらも、それでも2人もの四天王を相手にして戦って、そして――討ち倒してきた。それを見てきてもいない人に、どうこう言われる筋合いはないからね――。
もちろん、あの女の人に悪気がないのはわかってるよ。あの人はあの人で、たぶん今までに幾度もの修羅場を潜り抜けてきているはずだから――』
『ええ、それは理解しています――そして、ヒメアさんの指摘は至極真っ当なものでした。私は四天王クラスの敵を相手にするには力不足――それは間違いなのですから。
だから――はっきり言ってしまうと、心の奥ではずっと自分が足手まといだと思われていないか、怖さにも似た気持ちを抱いていました。ヒメアさんに指摘されて黙り込んでしまったのも――さっきショウマさんが仰っていた私のギリギリさというのも――そういう怖れに似た気持ちと、それから生じる焦りによるものだったのかもしれません。
そう――わがままで、身の程知らずかもしれませんが――【私は所詮、封印を断ち切るためだけの存在】だと、思われたくなかったんです――』
『たしかに――この枷の封印を断ち切り、そこに封じられた【俺】の力を解き放つのは、神秘斬滅の能力を持つ君にしかできない大事な役割だよ。
でも、それだけじゃない――【俺】は、蠍の貌をした四天王と対峙した時、君に背中を預けた。底なしの熔鉱炉と止める際、その成れの果ての始末を君に託した――【俺】は、君の力を信じてる。足手まといだなんてとんでもない――それに――』
『あ――あの、ショウマさん――失礼なことをお聞きしますけど、あなたは――本当にショウマさん――なんですよね――?』
『――そのつもりだけど、どうして――?』
『いえ、すみません――。でも、最初にお会いしたときと、これまでずっとご一緒してきたときと――そして今――、私の気のせいかもしれませんけど――少しずつショウマさんへの印象が変わっていっているような――。
そのはっきりとした言葉の選び方――まるで――いえ、やっぱり――なんでも――ないです――』
――。
――。
――薄汚れた靄のような空気の中で、それはずっと【枷の男】と【神秘斬滅の少女】との会話を、盗み聞きしていた。
「ふぅん――神秘斬滅――ありとあらゆるものを【断ち切る】概念の具現――ねぇ。話には聞いていたけど、なかなか使えそうな能力じゃない――」
それは艶かしい女の声でそう漏らす。眺める立体映像に映し出されているのは、手足に枷を嵌めた少年と、幼く小柄な青髪の少女とが向かい合う姿。流れるその声と映像は、それの魔術によって盗撮、盗聴されたもの。
「万物を断ち切るということは、魔力の流れをも断ち切ることができるということ。それは即ち、魔の者を一太刀のうちに殺しうるということ――。
うふふ――その能力――いずれ魔族が世界の大半を占めるだろうなかで、とても役に立ちそうよねぇ――」
それはゆるゆると身体を震わせる。
「さらに――枷の男の封印を断ち切ることのできる唯一の存在――わたしたち魔族にとって魔力の根源とも言えるスミノ姫の冥凍をも斬り裂きうる存在――これはもう、手を伸ばさないわけにはいかないわねぇ――ええ、まったくもって――」
会話の途切れた立体映像を用済みとばかりに消し、ゆっくりと立ち上がると、それは恍惚としたように独りごちていた。
「――とても、欲しい《・・・》わぁ」
その時、突然に近くの壁が打ち崩された。
「そこにいたか――魔族――!」
崩れ落ちる壁と、舞い上がる土煙。それらを掻き分け、声を上げつつ姿を現したのは、大きな体躯を誇る屈強な闘士の男だった。
それはゆるりと身体を動かし、闖入者へと睨むような視線を向ける。
「何かと思えば――美しくないわねぇ――」
「この街を――こんなにしてしまったのは――貴様か。許さん――決して、許さん――!」
それの呟きに構うこと無く、闘士の男は怒声を放つ。
「あらまぁ――誰に向かってモノを言っているのかしら? 人間ごときが――それも、欠片ほどの美しさもないただの動く肉塊の分際でねぇ――」
「お喋りはそこまでだ――!!」
闘士の男は拳を握りしめ、全身の筋肉を漲らせ、それへと殴りかかる。
しかし、それはひらりと跳び、男の拳をかわす。そして腕を伸ばし、そこから更に何かを伸ばして――。
グシャリ、と何かが突き刺さる生々しい音。
「ア――ア――アガガッ――!」
続いて、言葉にならぬほどに痙攣した男の声。
「まったく――本当に美しくない。わたしはねぇ――ただ単に攻撃力があるだけとか、防御力が高いだけとかいう、何の能力も無い身体を、もっとも美しくないものとして嫌っているの――だって、使いみちがないんですもの――」
「ア゛ア゛ア゛――ア゛ヒィ――」
痙攣したまま譫言のように奇声を発しつつ、男は膝をつく。先程での怒りに満ちた声も表情も既にその面影すら消え去り、彼は呆けたように虚空を見据え、口の端から涎を垂らして、ひたすら小刻みに震え続けるだけだった。
「でも――使えないゴミとはいえ、このゴミには少しだけ使いみちがありそうねぇ?」
ふわりと地面へ降り立ち、それは嗤う。ゆっくりと手繰り寄せるのは、腕から伸びている、黒々とした光沢を放つ数本の鋼索。
その先端は、獲物の喉元に喰い付いた蛇のように、男の後頭部へと喰い込み突き刺さっていた。
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