【信頼】
「先程は危ないところを助けていただいてありがとうございます――もし、あそこでヒメアさんが助けてくださらなかったら、私――多分、死んでたかもしれません。
でも――どうして私たちのことを知っているんですか――?」
ミズホは手にしていた刀剣をキーホルダーへと戻してポーチに吊るし、丁寧に頭を下げると、ヒメアへと問いかける。ヒメアは相変わらずきょとんとした表情のまま、小さな少女の顔へと見下ろすような視線を向けていた。
「どうしても何も――街の守護者の間では、あなたたちのことは結構噂になってるのよ。スミノ姫を冥凍から解き放つことができるかもしれない能力者が召喚され、しかも、あっという間に2人の四天王を討ち滅ぼしてしまった――ってね」
「は、はぁ――」
ミズホは困ったような声で、曖昧に返事を返す。神秘斬滅の能力を持つがために召喚されたのは間違いではないが、四天王を倒したのは自分ではない。しかし訂正するためには、ショウマとその身に封じられた覇王アシャのことにも触れなければならず、あえてそこまで話すようなことでもないかと、ミズホがそこまで考えた時――。
「でも、どうやら、その噂は正確じゃなかったってことになるのかな――だって、刈首鷲の群れなんかに手こずっているようじゃ、まだまだ――しかも子供で、さらにこんなチビっちゃい娘が――うん、四天王を倒せるわけないものね」
「えっ――ええ、そうですね――そうです」
応えながらも、ミズホは微かに微かに引け目を感じて軽く俯いた。ヒメアの推察は至極真っ当だったし、実際に彼女に助けられた身としてはどうこう言うつもりもなかったけれど――。
――けれど、刈首鷲に対してはそこまで極端に後れをとっていたわけではなかったし、過去2度にわたる四天王との戦いでも、自分なりに最低限の役割は果たしたつもりだった。それをいきなり知らない人から決めつけでどうこうと言われるのは――、とミズホの胸中は、ツンと痛むようなしこりに揺れる。それに、何より――。
――この人、そこまで私のことをチビチビと連呼しなくてもいいんじゃないか――?!
――たしかに私は背が低いし、この人から見たらまだまだ子供なのかも知れないけれど――それでも――。
「そ、それはともかく、ヒメアさん――あの、あんまり私のことをチビと言うのは――」
そこまで言いかけるミズホの小さな声。しかしそれは、背後から響いてきた声に掻き消されていた。
「たしかに――この娘が直接に四天王を倒したわけではないです。だけど――ちょっと、ひと言だけ訂正してもいいですか?」
ミズホは思わず振り返っていた。出会ってから初めて聞くような芯の通ったショウマの声。愕きすら帯びた少女の視線に構うことなく、少年はヒメアを真正面に見据えながら言葉を続けている。念のために確認する、その瞳の色は黒。だがミズホには、少し不服そうに応じる彼の声に、彼の中に巣食うもうひとりの【彼】の面影を感じずにはいられなかった。
「えっ、あの、ショウマ――さん?」
「さっき、この娘が刈首鷲に手こずっているって言いましたよね。でも、その認識は間違っていると思います――たしかに殺される寸前という危ないところでしたけど、それは彼女が自分の身の危険を顧みず、僕たちを守ろうと限界まで刈首鷲を引きつけてくれていた結果だからです。あえて隙を晒して誘い込み、僕たちの方へ刈首鷲が殺到することがないように、というね。
それは、この娘なりに考えられた、ギリギリの行動でした。でも、単に刈首鷲を倒しその群れをやり過ごすだけなら、そんなギリギリな選択をする必要は無かったはずです。でも彼女は、僕らに危害が及ぶ可能性を極力抑えるために、あえてそのギリギリな方法を選んだ――」
ヒメアは黙って、ショウマの言葉を聞いていた。流れるように目尻を細め、少しばかり首を竦めたように、興味ありげにまじまじと少年の身体を眺めながら。
ショウマはそんな女騎士から目を逸らさずに、言葉を続ける。
「あなたから見たら彼女のそういう部分は非力に見えるのかもしれません。甘えに映るのかもしれません。でも実際、僕らはそんな彼女のギリギリさに助けられてきた。
ある時は、真っ先に敵に斬りかかり、そのおかげで僕は殺される順番が後回しになり、生き延びることが出来た。またある時は、たったひとりで敵の本拠地へと斬り込んでいき、そのおかげで敵を倒す突破口が開けたこともあった――」
「――なるほど、それで?」
ヒメアはそれだけ言うと、ショウマに先を促す。
「だから、そういうことを知らずに、ただ小さいだけとか、子供だからって理由だけで決めつけられるのなら――僕はいくらでも、そうではないと言う。
そう、はっきり言います。この娘は四天王を倒してはいないけど、この娘たちは四天王を倒しました。そして、この娘がいなかったら、四天王を倒すことは絶対にできなかった。これは、紛れもない事実です。
――だから、この娘が小さいからとか子供だからとか、そういう彼女を軽んじるような発言はやめてくれませんか。この娘はずっと、それらの弱みを上回る強さで、僕らを助けてくれたんですから」
そう言い切ったショウマは、黒い瞳を真っ直ぐにヒメアへと向けている。ヒメアもまた流し目のように細めた瞳でショウマを見つめ返していた。2つの視線の間で、ミズホは狼狽えたようにお互いを交互に見やる。
「えっ、あっ――あの――ショウマさん? ヒメアさん――?」
「――うん、言いたいことは解ったわ」
双方の少しの沈黙の後、ヒメアはゆっくりと口を開いた。そしてふるふると様子を伺うように声を漏らしていたミズホの方へと顔を向ける。
「ごめんなさいね、神秘斬滅の剣士ちゃん。悪気は無かったんだけど、もし気に障っていたなら謝るわ」
「えっ、あっ、はい――いえ、大丈夫です」
どぎまぎしたようにミズホは応じる。
ヒメアはミズホヘ頷いてみせると、ちらりと横目でショウマを、その手首の枷を見やった。
「ところであなた、その手足に嵌められた枷――それ、夢幻拘束よね――? なるほど――それで抑えなきゃいけないような能力なら、相手が四天王であってもあるいは――。
いえ――あなたがその身にどんなヤバいものを封印しているかは知らないけれど――わかったことはひとつ。あなたが、この娘たちととても良い信頼関係にあるってことかしら」
「信頼関係――まあ、そうですかね」
「ええ、そうよ。でも、少し安心したわ。だって、あなたたちもガサアマキの街へ救援に向かっているのでしょう?
私の得ている情報では、街を襲った魔族は非常に強力とのことよ。もし四天王なのだとしたら、それに対抗する力が無ければ、さっきの刈首鷲に全滅させられた一団のように無駄な犠牲を出しかねない。
だから、相応の力量がなければ引き返してもらおうと思っていたけど――その様子なら、それはどうやら無用な心配だったみたいね」
ヒメアは口に手をやり指笛を鳴らす。すると、近くに待機していたと思しき瞬馬が2頭、駆けてきた。女騎士と闘士の大男は跳び、それぞれに騎乗する。
「それじゃ、私たちは一足先にガサアマキの街に向かうから。街でまた合流しましょう。あなたたちが助け合って戦う姿――ぜひ見てみたいものね。それじゃ」
ヒメアはひらひらと手を振ると、瞬馬を走らせ、連れの男とともにその場から立ち去っていった。
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