超光加速【アクセルクス】の勇者
「【超光加速の勇者】――さん?」
颯爽と、しかし突如として現れた女騎士ヒメアに、ミズホは戸惑うように眉根を寄せて向かい合っていた。
「ええ。あっ、ちなみに隣のデカブツ君は、私の相棒である闘士。名前はノデンっていうの。見ての通り、無口でとっつきにくい奴かもしれないけど、悪い人間じゃないから安心して」
ヒメアは相変わらずの早口で捲し立てると、背後に聳えるようにして立っている大男を一瞥する。ノデンと呼ばれた屈強な大男は無表情のままで「ウス」とだけ声を発し、小さく頷いてみせた。
「あ――あの、あなたたちは――」
おずおずと問いかけようとするミズホ。それを「ちょっと待った」と手で制し、ヒメアは唐突にその場でくるりと回転してみせる。続いてその場に響き渡ったのは、肉の引き千切れる生々しい音と鳥獣の断末魔の叫びだった。
ヒメアは翻りざまに、最接近していた刈首鷲を斬り捨てていた。刀身にこびりついた赤黒い体液と橙の残光とを振り払うように手にした剣をブンッと振るい、栗毛色の長髪をふわりと靡かせる。白い衣装の上に纏った黄金の鎧をガチャガチャリと軋ませて、女騎士は黒翼の影の蔓延る空を見上げていた。
「細かい話は後にして、まずはこの刈首鷲の群れをなんとかしないとね?」
「えっ――あ、はい、そうですね」
口早で勢いのある提案に気圧されるように相槌を打つミズホ。それを尻目に、ヒメアは橙に輝く剣を前へと構え、迫りくる刈首鷲へと対峙していた。
「もし――討ち漏れがあったら、それはあなたたちに任せるわ」
戯けたような言葉ながら、しかし討ち漏れなどありえないという確固たる自身に満ちた声。そして、女騎士は詠唱を諳んじた。
「開始せよ――その速さは沈黙の狭間を掴み――その疾さは認識の谷を跨ぎ――今、我が身体を――突き動かせ、超光加速――!」
ヒメアの右手の甲から橙色の宝石が浮かび上がり、眩い光を満ち溢れさせる。やがて光は収束し、幾重もの光の筋となって女騎士の周囲を取り囲んだ。それは握りしめられた剣に注ぎ込まれて刀身を更なる橙に染め、黄金の鎧に流れ込んで内部から輝きを放ち、純白の衣装に染み渡って魔法陣のような光模様を描き出す。
そして、ヒメアの姿は瞬時の内に、その場から消えた。
「えっ――ヒメア――さん――?!」
「今の詠唱――あの女の人――まさか――」
ミズホは驚嘆の声を漏らし、ナルは何か思い当たる節があるかのように首を捻る。
そんな中で、ショウマは見た。
上空から次々と急降下してくる刈首鷲の体躯が、次々と細切れになっていく様を。
虚空を破いて漏れ出すように、一瞬だけ迸っては消えていく橙の閃光。それは縦横無尽に振るわれ舞う鋭い刃のように、見境無く稼働し続ける裁断機のように、接近する刈首鷲の首を、翼を、その胴に至るまで、捌いていく。
いつしか目の前の大地には、先程まで刈首鷲だったものが山積みになっていた。
「これでっ――、ラスト1匹――!」
疾すぎる沈黙に波打つヒメアの声。響き渡るその言葉通り、いつしか残された刈首鷲は残り1頭になっていた。
群れのリーダー格と思しき、一際巨大な身体をした刈首鷲は、遙か上空で飛翔しつつ眼下に佇むショウマたちの様子を伺っている。あっという間に群れのすべてを見えない光によって挽肉にされ、ただ1頭だけ取り残されることとなったそれの羽ばたきは震えており、慄きを露わにしていた。
「ノデン――! 上までジャンプするんでお願いねっ――!」
大男へと叫ぶ女の声が頭上から響く。ショウマが思わず見上げたその先で、ヒメアは跳んでいた。軽やかな身のこなしで大男ノデンの重ねた腕の上に乗ると、ブンと振り上げられる腕の勢いを利用して更に高くへと跳躍し――。
「再駆動、縮度70――!」
掛け声のように紡がれる詠唱とともに、ヒメアの姿は再び拭ったように消えた。そしてそれよりも疾く、遙か上空に裂くような橙の斬光が走り、残り1頭となった刈首鷲の体躯も両断される。2つに分断されて墜ちていく魔獣の屍体よりも疾く、ヒメアの身体はふわりと地面に降り立っていた。
「ふぅ――駆動、終了――っと」
締めくくりの詠唱を呟くように諳んじるヒメア。女騎士の甲冑や衣装、手にした剣に至るまで張り巡らされた光の筋がすぅと引いていき、右手の甲に浮かび上がった橙の宝石へと還っていく。
「あ――あなた――いえ――ヒメアさん、でしたっけ?」
ナルは躊躇いがちに声を出す。敵の群れを殲滅し終え、ふうと人一息ついていたヒメアはおや、といった表情で少女たちへと向きなおった。
「たしか、超光加速の勇者って言ってましたよね――師匠から――レシノミヤの守護魔術師から聞いたことがあります」
「あら、あなた、シエンさんのお弟子さんなのね。シエンさんはお元気?」
「あ、はい、元気は元気です――で、その師匠から聞いたのが――東方の街には、時光統御の魔術を扱える勇者がいて、その光の速さを超えた疾さを武器に、魔族と戦っていると――もしかして、それって――」
ナルの言葉に、ヒメアはきょとんとした様子で頷いた。
「あー、多分それ私のことかな。でも、光の速さを超えるってのは、さすがに大袈裟だけどね。実際には光の速さの半分にも達してないからさ――」
女騎士は言いながら手にした剣を腰の鞘に収める。ショウマたちの姿をあらためて、値踏みするように見回して、ヒメアはそこで初めて何かに気づいたように独りごちていた。
「そっか――シエンさんのお弟子さんってことは、あなたが【因果すら断ち切る能力者】の召喚に成功したレシノミヤの魔術師ね――? ということは、そこのおビちゃんが、その――神秘斬滅の少女――ってことか」
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