橙【オレンジ】の瞬光
「あの人たち――たぶん他の街からガサアマキへ救援に向かっていた一団だろうね――でもダメだ、あの状態だと間違いなく全滅してる――」
ナルが唇を噛み締め、悔しげに独りごちていた。
「ええ、残念ですが――でも、今はまず、私たちの身を守ることを考えないと。あの人たちを襲撃しただろう鳥の群れは、かなりのスピードでこちらに近づいています。正直言って、あの大群を相手にするのはなかなか厳しいですね――」
ミズホは刀剣を構えながらも、逡巡するように呟いた。
「いや、もっちーだけにしんどい思いはさせないよ。さっきは咄嗟に反応できなかったけど、これでもあたしは【レシノミヤに咲く奇跡の花】と謳われた魔術師――刈首鷲なんかにみすみす殺されてたまるかっての」
ナルは言いながら腕を前へと突き出した。開かれた掌の中に光りが黄色い光が収束していく。それは刈首鷲を迎撃するために溜めていく魔力だだった。
「とはいえ、あたしたち2人だけであれだけの大群を、果たして捌ききれるもんかね?」
「やるしかないでしょうナルさん――あんなふうに死ぬなんて――嫌すぎますからね――」
その時、不意に背後から声をかけてくる少年の声を、ミズホは聞いた。
「ねえ、ミズホちゃん――」
ミズホはちらと背後を一瞥する。そこに立っていたのは、右手を前へと突き出して少女たちを見つめているショウマの姿だった。
「あんな大勢の魔獣を、君たちだけで相手にできるわけないし、そんな負担を君たちだけに負わせるわけにはいかない。
だから、僕も戦う――ミズホちゃん、この封印の枷を断ち切って――」
突き出されたショウマの手首に喰い込んだ、赤黒い枷が妖しく揺れる。それは覇王アシャの無限の力を封印している夢幻拘束。ショウマの真面目な顔と彼の腕に揺れる枷とを交互に見据え、ミズホは口元に僅かな微笑みを浮かべて、ふるふると首を横に振った。
「お気持ちはありがたいのですけど――そのガサなんとかって街に到着する前に、ショウマさんの力を解き放ってしまうのは得策ではないと思うんです。『切り札は最後まで取っておくもの』ですからね。だから大丈夫です――ナルさんと私とで、なんとか凌いでみせますよ――」
そう言ってミズホは前へと視線を戻し、刀剣を強く握り締める――その時だった。
「ちょっと、ちょっと! いくらザコ鳥とはいえ、刈首鷲相手にそんなゆっくり《・・・・》してる場合なのかなっ――!?」
突如として響き渡る、女の声。
「――えっ?」
唐突かつ場違いさを感じさせるほどの甲高い声に、ミズホは思わず戸惑った呟きを漏らす。少女は周囲を見回すも、その揺れる視界は何者も捉えることはできなかった。
そんな中、刈首鷲の群れは既に、ミズホたちのすぐ上空にまで接近していた。ガァー! というけたたましい鳴き声が上がる。刈首鷲の内の1頭が、3人の中の誰かの首を刎ね刈らんと、物凄い勢いと速度にて急降下してきていた。
何者かの声に気を取られ、一瞬、ミズホの反応は遅れていた。
気づいた時には、黒翼が眼前まで迫っていた。ミズホは咄嗟に後退り、刀剣を振り上げようとする。しかし、もはや刈首鷲の黒い刃はそれよりも速く、少女の白い首筋を捉えていた。
――や、やられる――!?
首筋に触れる冷たく硬い黒翼の感触に、ミズホは思わず目を瞑った。
「――だから、遅すぎるってば!」
再び響き渡る、甲高い女の声。
そしてミズホの眼前を、橙色の光が走る。眩い光は瞬きする間も無くミズホの背後からぐいんと伸び、その肩越しに刈首鷲の胴を突っ切っていた。
グ――グエェ、と刈首鷲は痛みに呻く。と、それを貫いていた橙色の光はすっと引き抜かれた。黒翼をパラパラと散らしながら鳥型の魔獣は地面へと落ちる。身体を貫かれたそれは、既に息絶えてピクリともしていなかった。
「これは――いったい――」
首筋に冷たい感触を、背筋に悪寒を覚えたまま、ミズホは自身を助けた橙色の光が伸びてきた先へと振り返った。
「剣士のおチビちゃん――あなた、遅すぎるんじゃないかな?」
先程から聞こえていた甲高い女の声が、振り返ったミズホへと言葉を投げる。
少女の視線の先に立っていたのは、白い衣装の上に黄金の甲冑を纏った、騎士のような出で立ちの大人びた女性だった。年齢的にはショウマよりも少し年上といったところだろうか。その衣装と甲冑に似合った凛々しい眼差しをして、背中まで伸ばされた栗毛の髪が風に吹かれてさらさらと揺れていた。
彼女の重厚な篭手の奥に握りしめられているのは、橙色の光を帯びた刀身の剣。その橙の色は、先程ミズホを寸前のところで救った光の刃の色に違いなかった。
その女性の隣には、2メートル半ほどの背丈はあろうかという長身の男が立っている。男の上半身は裸で、剥き出しの身体のあちこちから屈強な筋肉が浮かび上がって、巨漢と呼ぶに相応しい威圧感を放っていた。
騎士のような女性はミズホと目が合うと、手にしていた橙に光る剣を下ろす。落ち着いた微笑みを浮かべ胸元に手をやり、彼女は少女へと話しかけた。
「私の名前は、ヒメア・イランド。普段はサウザンブネの街を防衛する守護騎士にして、人々からは【超光加速の勇者】と呼ばれているわ」
ヒメアと名乗った女騎士は口早にそう言うと、悪戯っぽくウインクをして見せた。
「――ということで、よろしくね。ちっちゃな剣士さん?」
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