断頭の【黒翼】 vs 白銀の閃刃
避けられた――と、思わず少女は舌打ちをしていた。
ミズホは、飛翔して距離を置く刈首鷲の姿を見上げる。ガァという耳障りな鳴き声を響かせて、黒翼の鳥は上空をぐるぐると旋回しながら、こちらを見下ろしていた。
「――次は、避けさせません。ここで仕留めます」
不本意そうに低い声で呟き、ミズホは握り締めた刀剣を構える。
刈首鷲もまた、不意の攻撃とそれゆえの咄嗟の回避を不本意に思っているのか、上空を様子見のように旋回しながらミズホのことだけを食い入るように睨んでいた。
それは、一方的に狩るだけのただの【獲物】ではない――明確に反撃の意思を示してきた、命のやり取りをせざるを得ない相手――【敵】に対する警戒の仕方。
ミズホは小さく息を吐き、前へ構えた刀剣を、その先に捉えた標的を見据える。
同時に、刈首鷲は刈首の黒翼を大きく広げ、急降下の体勢をとった。見下ろす視界の中で、首を刈るべき対象を見定めているかのような猛禽の眼。お互いが【敵】であるということを明確に認識するように、その視線がぶつかる。
次の瞬間、矢のような勢いで刈首鷲は空を駆けていた。その巨躯は、一直線にミズホへと降下する。先程とは比較にならない、常人の肉眼では到底捉えられないであろう速度。刈首鷲という魔獣が本気を出した瞬間に違いなかった。
「ちょっ――速すぎるっ――! こんなの避けられ――」
驚きと困惑の入り交じるナルの声。それが響き渡るよりも速く、刈首鷲の黒翼は既に、ミズホの喉元の数十センチ手前まで迫っていた。
瞬時にミズホは仰け反る。そして、刈首の黒翼を避けると同時に、倒れ込みながら反撃の閃刃を振るう。白い残光が少女の手にした刃から伸び、刈首鷲の胴を掠める。
「――また、避けられた――?! ミズホちゃん、危ない――!」
ショウマは叫ぶ。ミズホは仰け反ったまま体勢を崩し、その場に仰向けになって倒れていた。刈首鷲はぐいんと小刻みに旋回する。再びその首を刈らんと黒翼を地面スレスレに滑空し、起き上がろうとするミズホへと再び迫っていた。
その時だった。
地面から吹き上がるような、身体を持ち上げるような、不自然な突風が辺りに吹き荒れる。
風に煽られ、刈首鷲は体勢を崩す。僅かにふわりと浮かび上がったその体躯を、一閃、白い斬撃が横切り薙ぎ捌く。
ミズホは突風によって刈首鷲に生まれた一瞬の隙を突き、起き上がり様に刃を振るい、黒翼ごとその身体を引き裂いていた。
黒翼の付け根のあたりからばっさりと両断される刈首鷲の身体。2つに断ち切られたそれは、それぞれ地面へと落ちて水面を跳ねる小石のような軌跡を描きながら、立ち昇る土埃の中へと消えていった。
刈首鷲の最期を背に、ミズホは立ち上がる。疲労を滲ませた表情で、少女はふうと息を漏らしていた。
「ミズホちゃん――」
ショウマの声が語りかける。ミズホはちらりと目線を動かした。
「さっきの突風――君が起こしたんだね?」
おや、とミズホは意外そうな眼差しでショウマを二度見し、口元を緩めた。
「ええ、不意打ちの斬撃は最初に見せていますから――真正面から行けば、空を飛べて機動力に勝る敵の方にアドがあります。なので、敢えて隙を見せて誘い込み、突風に巻き込んだところをやることにしました」
「で――でも、もっちー。突風なんて、どうやって――?」
ナルが不思議そうに首を捻る。ショウマは少し考えるような仕草の後に、ふと呟いた。
「空気を――断ち切った――そうだね?」
ショウマの答えに、ミズホは更に意外そうにその目をしばたかせる。
「ええ、よくわかりましたね。刈首鷲を斬るように見せかけた初撃は、上向きに空気を断ち切るためのものです。断ち切られた空気とは即ち真空――それを埋めるための空気の流れが、突風を生み出したということで――」
その時、ミズホは視界の奥に何かを見つけた。言葉を切り、少女は疲労と緊張に曇った面持ちで、その何かを凝視する。そんな様子を訝しんだのか、ショウマは心配そうな面持ちでミズホへと問いかけた。
「――ミズホちゃん、どうしたの?」
「いえ、どうやら――」
ミズホは遠くへと視線を泳がせたまま、深い溜息をついていた。
「その街へ近づくことを許さない番犬とやら――さっきの2頭で終わりではなかったようです」
ミズホの言葉から察したように、ショウマとナルはすぐさま振り返った。そして、少女の視線の先にあるそれを目の当たりにする。
「あっ、あれは――」
「うわっ――マジか――」
遠くの見えたのは、大地を赤く染め、無秩序に散らばっている人間たちの山だった。それはいずれもが頭部と胴とを切り離された、紛うことなき惨劇の痕。
それら凄惨の染み付いた大地の上方には、青い大空を虫食い状に埋める黒い影が――数十頭もの飛翔する刈首鷲の群れがあった。今しがた獲物を狩り尽くしただろう刈首鷲たちは、次なる刈り場を見つけたかのように、物凄い速度をもって確実にこちらへと近づきつつあった。




