刈首鷲【ファグリフ】
「こ――こ、れは――?!」
ショウマは思わず、目を剥いていた。
赤黒い色に大地が染め上げられ、その中央に横たわる2頭の瞬馬の四肢や胴の痙攣が、あまりにも唐突にそれらから頭部が刈り取られ、奪い去られたことを物語っていた。鋭利な刃物でごっそり削いだかのような一寸の無駄も無い断面からは、未だどくどくと濃い赤色が溢れ広がっていく。
「なっ、なんで――? どうして突然、瞬馬が――?!」
ナルは身体に纏わりつく土埃を乱雑に叩き落としながら、慌てたように立ち上がる。ミズホはナルの言葉に応えるようにもう一度こくりと頷き、そして片腕を上方へと振り上げた。
「たぶん、アレの仕業です――」
言いながらミズホは指先を伸ばして空を指し示す。その先に見えたのは、青空の中を泳ぐように飛翔する2頭の黒い影。
「おそらく、アレが上空から飛来し、瞬馬を――」
獰猛な猛禽の眼に、鋭くも禍々しく曲がった黄色い嘴。大きく広げられた漆黒の翼は赤く染まっており、羽ばたかれる都度に霧のような飛沫を空に撒いている。
それは、鷲に似た魔獣。ガァー! と鴉のような鳴き声を撒き散らしながら、それは縦横無尽に上空を旋回していた。
「あれは、刈首鷲――!」
ナルは空を飛ぶ魔獣の姿を認め、その名を叫んだ。
「刈首鷲――? まさかあの鳥が、馬を――?」
ショウマもまた立ち上がり、空を見上げて茫然と呟いた。
「たぶん、そうだよ。あの刈首鷲ってのはヤバい奴でね――振るわれるその黒翼は鋼のように硬く、刃のように鋭利――大空を飛び、上空から急降下して、その一瞬の内に獲物の首を刈り落とす鳥型の魔獣。
それにしても――ここまで露骨にこの馬車を狙ってきたってことは、たぶん他の街からの救援をガサアマキに近づけさせないためにダイスロウプの連中が放った、番犬みたいなもんだろうね」
「――っていうか、またこっちに来てる!」
ショウマは叫ぶ。巨大な鷲の魔獣――2体の刈首鷲は、ガァガァと再び鴉のような鳴き声をけたたましく響かせながら、大回りに上空を旋回する。そして、ショウマの立ち竦んでいる方向へと向き直り、その首を狙いを定めたかのように物凄い勢いで急降下を始めた。
「ヤバっ――あんなスピードで来られたら、避けられない!」
ナルは言いながら、両腕で頭を庇うように身構えた。
だが、既に刈首鷲の内の1頭はショウマの間近へと肉薄していた。その首を掻き刈らんと、黒く大きな翼がぐいんと広げられている。彼は後退り、思わず目を閉じた。
そして一閃。
刈首鷲の漆黒の刃よりも疾く、それを根刮ぎ断ち切るかのように白銀の閃刃が空を斬っていた。
グギャアァという刈首鷲の金切り声が響き渡る。獲物の首を刈り斬らんと大きく広げられていたその黒翼は、ショウマの首筋を横切るその寸前のところで、白き刃の一振りによって、逆にばっさりと斬り上げられていた。
宙を舞い、そして落ちていく断ち切られた翼。飛翔するための部位を急に喪い、刈首鷲の身体もまた、きりもみしながら大地へと落ちていく。断末魔の叫びとも落下音ともつかぬ轟きがドガァンと鳴り響き、遅れて舞い上がる土埃とともに、その体躯は周囲に飛散していく。
そして間髪置かず、もう一振り白い閃刃が舞う。
いつの間にか、もう一頭の刈首鷲が眼前まで迫っていた。再度振るわれるその閃刃は、接近しているもう1頭の刈首鷲の胴を断ち切らんと空を斬る。
だがしかし、先の刈首鷲の末路を目の当たりにしていたもう1頭は、その寸前のところで、刃が身体に届こうとする直前の所で、ぐいんと上昇し白の斬撃を避けていた。それは間合いを取るかのように小さく旋回し、距離を置く。
チッ、という声が漏れる。ショウマは咄嗟に後退った体勢のまま、声のする方を見やった。
そこに立つのは雪のような白銀の色を帯びた刀剣を携えた少女ミズホ。風に流れてはためくツインテールに仄かな白い光を湛えつつ、揺れるその瞳に殺意と闘志の狭間のような色を宿らせて、彼女は刈首鷲の飛翔した先の青空を見上げていた。
「もう1頭は仕留めそこねましたか――でも、次は避けさせません」
小柄な少女は冷ややかな声で呟き、刀剣を構え直した。
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