【敵襲】、荒野にて
広大なキシャデ荒原の赤茶けた大地を、2頭の瞬馬が駆けていく。その後に続くのは尾を引くようにもうもうと立ち込める土煙と、それに牽引されていく1台の馬車。
ガタガタと激しく揺れる馬車の木枠にしがみつくようにして、手足に枷を嵌めた少年――ショウマは荷台に乗っている。その隣で同じような姿勢をして荷台におさまっているのは、背の高い金髪の少女――魔術師ナル。その奥には、青い髪をした幼く小柄な剣士――神秘斬滅の少女ミズホが、狭い座席にぎゅっと押し込められるようにして座っていた。
「――というわけで、もうすぐガサアマキの街に到着するんだけど、その街から『魔族の襲撃を受けている』っていう救援要請を受け取ったのは3日前なんだよね――今もなんとか持ちこたえてくれているといいんだけど――」
ナルは苦々しげにショウマとミズホへと話している。荷台から身を乗り出し、鼻先を掠める土埃を気にもせず、彼女はまだ見えぬその街を、一刻でも早く見つけ出そうとでもするかのように心配げな眼差しを遥か遠くへと向けていた。
「持ちこたえて――? たしか、そのガサアマキの街って、レシノミヤの街くらいの規模はあるんだったよね――? それだけの広さと人口のある街が、たった3日で壊滅するかもしれないってこと――?」
ショウマは驚いたように言葉を漏らす。彼はナルへと問いかけながら、無意識のうちに指先で口元を押さえていた。手首に喰い込むようにして嵌められている枷が――絶対覇王アシャの能力を無へと繋げて封印している夢幻拘束が――ガチャガチャリと乾いた金属音を響かせる。
「うん――まあ、街を襲った魔族の力にもよるけどね。もっと言うと、もしそれが四天王クラスの奴だったとしたら――たぶん、3日ももたない」
ナルは横目でショウマを見やり、押し殺したような声で応えた。
その時、座席の奥に蹲り、眠るように瞼を閉じていたミズホが、ぽつりと呟く。
「今、それを考えていてもしかたないよ。これ以上急ぐのは無理だもの。その街に――守るべき誰かが生き残っているなら守り、倒すべき何かがあるのなら倒す。それしかない」
青髪の少女はゆっくりと瞳を開き、馬車の振動に揺れるツインテールを手で撫で付ける。【万物を断ち切る】とされる希少能力――神秘斬滅と呼ばれる能力の持ち主である彼女は、しかしそのような特別さを微塵も感じさせない子供らしくも不安げに曇った眼差しを揺らし、言葉を続けていた。
「それより、私たち3人だけで大丈夫なのかな――?」
「うんにゃ。レシノミヤの街から向かっているのは確かにあたしたちだけだけど、他の街からも救援は向かっているみたい。ただガサアマキの街は、敵であるダイスロウプ魔軍の勢力圏に近いからね――おそらく何らかの邪魔が入ってくるだろうから、無事にたどり着けるのがいるかどうか――」
ナルがそこまで言いかけた――その時、馬車の荷台が激しく揺れた。
木製の荷台が軋み、悲鳴をあげる。続いてガガガガギッ――と何処かから、けたたましい音を響かせて天地が何度か逆転した。荷台は支えを失ったかのように、狂った推力のなすがまま中の人間たちを外へと放り出し、赤茶けた地面の上をゴロゴロと転がっていく。
「う――うわっ?!」
「ちょ、ちょっとぉ――!」
転倒する馬車から投げ出され、ショウマとナルは同時に叫ぶ。2つの身体はドサドサリと音を立てて土埃の中へと落ちるちと、勢いそのままに転がっていった。
「いたた……」
赤茶けた大地を散々転がった挙げ句、痛みを堪えてショウマは上体を起こす。見回したその視線の先には、自分と同じように土埃にまみれて横たわるナルの姿があった。
「いっ、いったーい……もう、なんなのよ、これ……」
立ち上る土煙の中で、ナルはぼやくように声を声を漏らしている。顔をしかめて寝転がる彼女の身体は、爪先から艷やかな金髪に至るまで、その全身が土埃にまみれていた。
「これは――敵襲ですね」
不意に聞こえる、囁きのように小さく短い呟き。ショウマは地面に座り込んだまま、声のする方へと視線を動かす。そこにいるのは、赤茶の大地にすっくと立っている小柄な少女。
吹き抜ける風に青いツインテールを揺らしながら、ミズホは空を見上げていた。
少女の瞳は泳ぐように、上方の何かを見据えている。先程までの不安げに揺れる幼子のような眼差しとは180度異なる、戦う者の陽炎のような揺らめきを湛えて。
「て、敵襲って――もっちー、敵なんてどこに――」
髪や顔に降りかかった土埃を振り払い、ナルは眉をひそめつつ周囲を見回す。ショウマも小首を傾げながら、ミズホへと訊いた。
「ミズホちゃん。敵襲って――これは単に馬車が転倒しただけじゃないってこと――?」
ショウマの問いに、ミズホは小さく顎を引く。転がり果てた馬車とは明後日の方向をちらと見やって、彼女は少し困ったように肩を竦めた。
「ええ――なぜなら、その馬車を引いていたお馬さんが、こんなことになっているわけですから――」
ミズホの視線の先にある、それを目の当たりにしたショウマとナルは、その瞬間、揃って言葉を失った。
静まり薄くなっていく土埃の中からあらわになっていくのは、打ち捨てられたように折り重なった状態で転がっている、2頭の魔獣の体躯――それは瞬馬の、頭部の失われた屍だった。




