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スカイラウンジに舞う氷撃【フリーギドゥス・ヴェルベラーリ】


 40階スカイラウンジへ向かって高速で昇っていくエレベーター。必要最低限な機動音だけが響く張り詰めた静寂の中で、ノエは胸元で両手を握りしめ、瑞穂へと語りかけていた。


「おそらく――40階に到着したら、すぐに先程のような防衛用の自律(オート)人形(ドール)が大量に襲いかかってくるはず。瑞穂――ちゃんの能力(チカラ)は、多人数を相手にすることには向いていないから、無理はしないで。雑魚(ザコ)の突破は(ワタシ)に任せてくれていい――」


 ノエの説明に、瑞穂は手にした刀剣の柄を握りしめて、こくんと頷く。


 その時、少女の背後で黙って佇んでいた少年が、おもむろに口を開いた。


「――で、俺は何をすればよい? 人形(ドール)の女よ」


 突如として響く若い男の声に、2人の少女は顔を上げる。声の主――先程まで翔真と呼ばれていたその少年は、金色に輝く瞳を動かし、じろりと見下ろすような眼差しをノエへと向けていた。


 ノエは一瞬、ハッとしたように息を呑む。しかし、すぐに落ち着きを取り戻したかのように冷ややかな声で、金色の瞳の少年――覇王アシャへと応じた。


貴男(アナタ)が――覇王アシャですね。かつて、(ドミジウス)が随分と迷惑をかけてしまったようで――それと先日は助けていただいたようで、ありがとうざいます、と礼を言っておきます」


 ちらりとだけ目線を合わせて礼を言うノエに、アシャはつまらなそうに、ふんと鼻を鳴らした。


「ヨツバとやらに襲われた件か――あの時の礼であれば俺ではなく、涙目で俺に助力を乞うてきた、そこの小娘にするがよい」


 前触れもなく自分のことを引き合いに出されて、瑞穂は目を剥いた。


「なっ――!? 『涙目で』はさすがに話盛りすぎじゃないです――?」


 瑞穂は少しばかり頬を赤らめて反論する。その声をさっくりとスルーしつつ、ノエはアシャへ話を続ける。


「それより覇王アシャ――貴男(アナタ)にはその覇王の力をもって、ティマニタを倒してほしい――元四天王であるあれに対して、(ワタシ)はもちろん、神秘斬滅(ルナイレイズ)の少女である瑞穂(ミズホ)ちゃんであっても太刀打ちするのは難しい。でも、(ドミジウス)地魔軍(テルス)の四天王を打ち倒した貴男(アナタ)であれば――」


「ふん――無論だ。無限たる俺の力をもってすれば、四天王など恐るるに足らず――」


 アシャがそこまで言いかけた時、別の声がそこへと割り込んできた。


『ちょっと待って――』


 言いかけたアシャの言葉に追っかぶせるように、天王寺翔真(・・・・・)の声が少年の口元から放たれていた。その一瞬だけ、アシャと呼ばれた少年の瞳が、拭い去ったかのように煌々とした金色の輝きを失う。


『君――たしか、さっき底無しの熔鉱炉(アビス・ルカス)って言ったよね――』


 突如として元に戻った少年の口調に、ノエは訝しげに小首を傾げながらも、小さく頷く。


「え――ええ、数多の人間(ヒト)の魔力を、その身体と残留思念ごと熔かし込んだ魔装(マギアルマ)――それが、底無しの熔鉱炉(アビス・ルカス)で――」


『それなら、(アシャ)能力(チカラ)を使うべきは、その底無しの熔鉱炉(アビス・ルカス)に対してだ。君の話からすると、あれから経過した時間からすると――おそらく、それはもう手遅れ(イフェスティオ)になっているはずだから――』


 そこで翔真の頭はこくんと項垂れる。まるで何か別の存在がその身体を奪い取ったかのようにびくりと小刻みに震え、止まる。ゆっくりと上げられた顔には、金色をした2つの(まなこ)が、再び煌々とした輝きを湛えていた。


貴様(ショウマめ)――身体(ウツワ)の分際で俺の言葉を遮ろうなどとは、身の程を弁えろよ」


 翔真の声色を上書きするかのような強い響きをもって、その口から放たれるのはアシャの言葉。爛々と眩い金色の瞳を誰へともなく睨むように動かして、そして彼は何かを思案するように、ふむと唸った。


「だが――おい、聞こえていたな小娘。真に警戒すべきは、底無しの熔鉱炉(アビス・ルカス)だそうだ――俺の身体(ショウマ)がそう言うのだから、一笑に付すわけにもいくまい――」


 アシャの言葉に瑞穂は頷き、そして不安げに眉を寄せた。


「そう――ですね――でも、手遅れ(イフェスティオ)って、どういう意味でしょう。それに――どうして翔真さんが、それを知って――」


 その時、エレベーターの中にチンという短い音が響き、最上階へ到達したことを告げた。


「着いたわ――」


 ノエは努めて低い声を出す。そしてゆっくりと開いていくエレベーターの扉を見据えながら左腕を前へと突き出すと、詠唱を始めた。


素体錬成レナトゥス・アルキュミア――」


 少女の白い腕の先が、その詠唱に呼応するように極彩色(オーロラ)のベールに包まれる。


 そうしていく内にも開いていく扉。その先には、ノエの言う通り無数の影の(ひし)めく気配があった。人間(ヒト)のカタチをしながら、しかし明確に人間(ヒト)ではないのっぺらぼうな素体――(あるじ)の防衛という行動規則(プログラム)に従って、魔力によって突き動かされるだけの操り人形(オートドール)の群れ。


 ノエは右手で左腕を押さえる。ガチャリと金属の擦れる音が響き、纏わる極彩色オーロラを振り払うようにして構えられたその左腕の先端は、機関銃(ガトリングガン)のような形状へと変化していた。


「さて、いくわ――氷結連撃弾フリーギドゥス・ヴェルベラーリ――!」


 そう呼称した技の名が掻き消えるほどの騒音とともに、機関銃(ガトリングガン)から無数の氷弾が勢いよく放たれる。エレベーターの出口より襲い掛からんと待機していた操り人形(オートドール)たちが、皆、一様に吹き飛んで凍りつき、そしてガコンガゴンと空中を舞う中で蜂の巣となり、やがて粉々に砕けていく。


 氷弾の掃射により、(ひし)めく操り人形(オートドール)たちの間に隙間が生まれる。ノエはその隙を見逃さずにエレベーターから駆け出し、瑞穂とアシャもそれに続いた。


 ガラス張りの回廊が続いている。それをひたすらに走りながら。前方の敵はノエが機関銃(ガトリングガン)で蜂の巣にし、後方から追いかけてくる敵は瑞穂が振り返り様に両断する。


 しばらくの攻防の後、操り人形(オートドール)による襲撃は止んだ。


 瑞穂はふうと息を吐き、周囲を見回す。スカイラウンジと呼ばれるだけあって、眼下には見事な眺望が広がっていた。夜景ならばさぞかし美しかっただろう――と、ふとそんな考えが脳裏を過ぎった、その時。


「ふははは――なるほど、それが神秘斬滅(ルナイレイズ)とやらか。(わし)の展開した領域・認識不可(イグノレア)がこうも簡単に斬り刻まれるとは。あやつ、とんでもない連中を連れてきたものだ」


 響き渡るのは(しわが)れた老人の声。その声は、すぐ側にある観音開きの扉の奥から聞こえているようだった。扉の横の案内にはメインホールと記載されている。


「ノエちゃん、この声が――」


 瑞穂の問いに、ノエは、ええと小さく頷き、そしてその扉に手を掛けた。


「ティマニタは、この中にいる――」


 意を決したように、ノエは扉を開く。



 ○●


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