月灯りに絡む少女達の【決心】
ノエの呟きを聞き、瑞穂は瞳を見開いたまま、少女の白い肌を、そのか細くも締まった身体を、横たわったその全身を――まじまじと見つめた。
「ノエさん――あなたのその身体、魔力核を胸に突き立てて自殺したという、その娘の――」
「そう――その妹の――その娘の名は、須藤 透。ティマニタに姉と共に拉致され、目の前で姉を惨たらしく殺され、哀しみと絶望の中で、鋭く尖った魔力核の先端で己の心臓を抉り、命を絶った少女――私は、その娘の亡骸を借りて、今ここにいる」
瑞穂の耳元で囁くように小さな声で言い切ると、ノエはふと瞳を細め、不安げな眼差しを向けて。
「どう――? 私は、人間の屍体に寄生した魔族――本当ならば、あなたにとって倒すべき――殺すべき敵。だから――嫌いに、なったでしょう?」
訥々と言葉を紡ぐノエの唇に、小さな指先が触れる。まるでその先の言葉を制するかのように、瑞穂は哀しそうな、しかし少し怒ったような声を静寂に響かせた。
「ノエさんのこと、嫌いになんてならないし、ましてや殺そうだなんて――いまさら何を言ってんだって感じ――それに、【屍体に寄生した】なんて言い方は好きじゃない。もし仮に客観的に見てその通りなのだとしても、そんな言い方……二度としないで」
そして瑞穂はぽつりと、キツめの言い方をしたことを恥じるように呟く。
私は、ノエさんのこと人間だとか魔族だとか以前に……この数日のあいだ一緒に暮して……新鮮で楽しくて……だから、大事な人だって思ってるから……。
瑞穂の呟きに、ノエはふうと微かにほっとしたような溜息を漏らして。
「うん、ごめんなさい――それにしても――」
「それにしても――?」
「ええ、何故だか――懐かしいなって。あの娘も、こうやって姉と、夜に2人で戯れていたみたいだから」
「えっ――」
「それだけじゃない。私が、この家に泊まって最初の朝に作ったホットケーキは、あの娘の得意料理で、よく姉に振る舞っていた。姉はそれをとても美味しそうに食べて――まるで、貴女のように――。
何故だろう、この懐かしさ――私は、人間としての知識や常識とともに、あの娘の思い出まで引き継いでいるみたい――」
ノエは腕を瑞穂の背中へと回し、ぐいと抱き寄せる。えっえっ、と戸惑う瑞穂に構わず、2人の少女の小さな身体は、その小さな身体を、仄かに温かい肌とひんやりと艶やかな肌とを、ぴたりと寄せ合うように。
「だから――かもしれない。私は、自分で自分を殺す理由を言いたくなかった――それを言ってしまえば、貴女は別の解決策を模索するかもしれない――それは、本格的に私たちのことに関わらせてしまうということ。
事のすべての発端であるティマニタは恐ろしい魔族だから――ヘタに関われば貴女もまた、あの姉妹のような悲惨な末路を迎えてしまうかもしれないから――そんなこと、私は――私の中のあの娘の記憶は、決して望まないことだから――」
「だから、何も言わずに――ただ、私に殺されて、死のうとした――?」
「それが最適解だと思ったから。何故なら――私が死ねばティマニタの実験はすべて無駄になるから」
それは、どういうこと――? 泳ぐような瑞穂の目線が、ノエの胸元からはだけた魔力核へと向けられて。
「ティマニタは実験のため、この世界の人間たちを熔かして、その魔力を啜っていると言ったわね。その魔力が注がれている先というのが――【底無しの熔鉱炉】と呼ばれるものなの」
「【底無しの熔鉱炉】――?」
「そう――ティマニタが、人間の魔力とともに、死の間際の哀しみや恐怖や絶望などといった感情までをも凝縮して注ぎ込み造り出した魔装――わかりやすく言うと、人形をさらに兵器寄りにしたモノ――魔力でカタチを成す、造られし殺戮機械」
「それと、ノエさんが死ぬことと、どういう関係が――」
「現状の底無しの熔鉱炉は、ただ魔力を求めるだけの怪物に過ぎないから――無数の人間たちの魔力を凝縮してカタチを成しているせいで、そこには何の方向性も自我も意識も、何の制御も存在しない――そこで、その制御のためにティマニタが必要としたのが――」
ノエは言葉を区切り、自分の胸元をちらりと見やり。
「高位魔術師であるスミノから抽出された、高純度で強力な魔力核。それを制御のために埋め込む必要があるとティマニタは考えた。
そして候補に上がったのが、ドミジウスか私――つまり灼零核に由来する魔力核だった。ティマニタは当初、ドミジウスの魔力核を使う予定だったようだけど、それは誰かさんがぶった斬ったおかげで使い物にならなくなって、残った私の魔力核に白羽の矢が立った――」
なるほど――と、瑞穂は何かに納得したように頷いて。
「だから、あなたは私に殺されようとしていた――あなたの強力な魔力核が失われれば、底無しの熔鉱炉を制御する方法は無くなり、ティマニタって魔族が実験を続ける意味も無くなり、犠牲者もこれ以上は増えないだろう――と」
「ええ、そういうこと」
そこまで聞くと、瑞穂は哀しげに眉を寄せた。
「あのね、ノエさん――確かにノエさんの魔力核が失われれば、ティマニタって魔族は実験を諦めるかもしれない。そして被害者もこれ以上、増えないかもしれない――でも、だからって、私はノエさんを殺したくない――大事な人を自分の手で殺すって、とても辛いことだから、そんな重荷を背負わせんなって思っちゃう。そもそもノエさんが死んで解決なんて終わり方、おかしいと思うし――それに――」
「――それに?」
「もっと、簡単な方法があるじゃない? さっき、ノエさん言ったよね――事のすべての発端はティマニタ――って。なら、そのティマニタって魔族を倒せばいい」
ノエは深い溜息をつき、瑞穂の首筋へと舐めるように近づいて囁いた。
「そういう方向の話になると思ったから、あえて何も言わなかったのに。ティマニタは元とはいえ四天王の座についていた魔族よ――人間である貴女が勝てるはずが――」
「そんなの――やってみなくちゃわからないよ。それに、助けてくれる仲間もいる――覇王の力をその身体に封印したお兄さんが、ね。事情を知ってしまった以上、当たって砕けろだよ。ここで何もしないなんて、ましてやノエさんが死ななきゃいけないなんて選択肢――ありえないんだって」
捲し立てるような瑞穂の言葉。ノエはぽかんとした表情で鼻先で横になっている少女の幼げな顔を眺めていたが、やがてゆっくりと目を閉じ、観念したように短く呟いた。
「ええ、そうね――でも貴女――『当たって砕けろ』だなんて、脳筋って言われない?」
ノエの言葉に、瑞穂はぴくりと一瞬、不服そうに唇を尖らせる。しかしすぐに何かを諦めたように頷くと、白い歯を覗かせた。
「うん――この間も、友達にそう言われた」
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