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仮面の少女は、覇王の力の軌道を【歪め】


結界(オブシディレア)に閉じこもって何をしているのかと思えば、ただ人形を痛めつけるだけとは――四天王とやら、悪趣味な連中しかいないと見える。違うか? 水魔軍(ラクリマ)の四天王である仮面の子供よ」


 もうもうと白煙の湧き立つ紅い腕をわしわしと握りしめ、その少年は金色の瞳を見開いて、真正面で蹲っているいるヨツバの姿を見据えていた。


「い゛っぐぐぅ――キミ――【枷の男】――が、どうして、ここに――」


 左肩を手で押さえ、苦しげにヨツバは呻いている。金色の瞳の少年――覇王アシャの紅き右腕によって殴打されたその左肩は灼け(ただ)れ、今までの余裕に満ちた揺らめきとは打って変わり、激しい痛みからくるだろう身体の震えが、小刻みかつ不規則にその仮面を揺さぶっていた。


「貴様がいたぶっていたその人形――小娘の友達(・・)だと言うのでな」


 そう言うアシャの背後で、瑞穂は倒れているノエへと寄り添い、その惨状に声を震わせている。鮮血に塗れて横たわる人形(ドール)の少女は、まるで傷ついた人間(ヒト)のように苦しげに喘いで、痛みにのたうち、そして時折、くぐもった声と共に血を吐いていた。


「ノエさん――! 大丈夫ですか――?! ひっ、酷い傷――こんな――なんて非道い――」


 瑞穂は自分自身が傷ついてしまったかのように顔を歪めた。


「――案ずるな小娘。傷ついているのは肉体(ボディ)だけだ。魔力核(マギアコア)が無事であれば多少時間はかかるが、自動(オート)修復(リペア)の魔術の効果で肉体(ボディ)は治癒するだろう」


 アシャは背後で座り込む瑞穂にそう言うと、視線をヨツバへと戻す。仮面の子供は今にも倒れそうなほどにぐったりと立ち尽くし、しかし、ゆらゆらと揺れながら声を絞り出していた。


「なるほど――【神秘斬滅(ルナイレイズ)の少女】も一緒かぁ――せっかく展開した領域・封鎖(オブシディレア)がこうも簡単に斬り裂かれるなんて――うぐっ――」


「そんな手傷を負っては、もはや戦いにもなるまい。素直に退くか、それともここで俺に倒されるか――」


「し、しかし――不意打ちとは卑怯だねぇ――それで覇王だなんて名乗るんだから笑っちゃうよ――ま、まあ、このままじゃ勝負にならないから、キミの言う通りここは退くとするかな――」


 息も絶え絶えといった様子でヨツバが呟いた、その時だった。


「――少し、時間を貰えるかな。ヨツバ」


 ヨツバの身体から、顔を覆い隠したその仮面の下から、それまでとはまったく異なる口調の声が響いた。それは気怠げで、か細くも落ち着き払った少女の声。


「ね――【姉さん】――?! どうしたの【姉さん】――こんな状況で――」


 少し驚いたように再び漏れるヨツバの口調。しかしそれを上書きし、掻き消すかのように、姉さんと呼ばれた少女の声は、覇王アシャへと、そしてその背後でノエを介抱している瑞穂へと、語りかけていた。


はじめまして(・・・・・・)、覇王アシャ。そして、こんにちは(・・・・・)、塚本瑞穂ちゃん――ヨツバがお騒がせしてしまったみたいね――」


「何者だ――貴様。先程までとは様子が違うな」


 アシャは訝しげに問いかける。


 仮面の子供は、それまで痛みに揺れていたのが嘘のようにすっくと背を伸ばし、だらりと両腕を下ろす。握り締められた巨大な鎌の切っ先が地面に刺さり、ガジャリと音を立てるのとほぼ同時に、仮面に隠されたその視線は己の灼け(ただ)れた左肩へと向けられる。


「ん――? ヨツバ――他人(ひと)の身体だと思って、雑な扱いを――」


 今初めて自身の肩の負傷に気付いたかのように、仮面の子供は灼け(ただ)れた部位を撫でる。そして、懐から何かを取り出し、上方へと放り投げた。


 放り上げられたのは、親指ほどに小さく透明な結晶。太陽の光を反射して虹色に輝くそれは、くるくると回転しながら落下していき、仮面の子供の眼前のところで、ふわりと静止した。


無限の(果てなき)屈折(プリズム)(はし)る|【再生(サナティオ)】の能力チカラよ――今、その終着(オワリ)にて解き放たれよ――」


 気怠げな少女の声の詠唱に反応するかのように、結晶から緑色の光がレーザーのように放たれる。その光は灼け(ただ)れた肩へと照射され、みるみる内に治癒させていく。


「ふう――おまたせ、覇王アシャ」


 まったくの無防備のような棒立ちで、少女の声をした仮面の子供は呟く。


「人の話を聞いていなかったのか? 貴様、ヨツバでは無いな――何者だ」


「さあ――? 見てわからないのなら、名乗る意味は無いと思うけれど」


 つまらなそうに応えると、仮面の子供は手にした鎌を振り上げた。


「来ないのなら、こちらから行く――」


 その言葉よりも疾く、仮面の子供はアシャの眼前へと迫っていた。その小さな身体からは到底不可能だと思われるほどの素早さで黒い鎌を自在に操り、そしてその切っ先でアシャの首筋を刈らんと薙ぎ振るう。


「させるか――【弾けろ(スピンシーラス)】!」


 アシャは紅く滾る右腕を持ち上げ、鎌の鋭い先端を受け止める。強力な魔力を帯びた熱と衝撃を放出させ、振り下ろされた鎌を弾け飛ばそうとした、その瞬間。


 弾け飛ばされたのは、紅き屈強な腕と、それを持つ少年の身体そのものだった。


「な――に――?!」


 仮面の子供の振り薙いだ鎌に持ち上げられるようにして、アシャの身体は浮かび上がり、そして瑞穂とノエの横へと、どさりと音を立てて落ちた。


「あ――アシャさん――?!」


 瑞穂は思わず声を上げる。アシャ自身も、信じられないといった様子で上半身を起こしながら呟いた。


「何だ――今のは――我が右腕の力の向きが――俺の身体ごと――変えられた――だと――?」


「なるほど――たしかに、これは覇王アシャの力――」


 起き上がろうとするアシャの姿を見据えながら、仮面の子供は独りごちた。既に勝負は決した言わんばかりに、その両腕は脱力したようにだらり降ろされ、手にした鎌の先端は地面すれすれの場所で揺れている。


 黒光りするその刃に沿うように、アシャの放った熱と衝撃の残滓が炎となって燻っていた。やがてそれはぐるぐると渦を巻いて一箇所に集中し、結晶(プリズム)のようなものに包まれるようにして、やがて、すうっと消えていった。


「貴様――今、何をした――」


「わからないのなら、答える意味は無いと思うけど」


 アシャの問いを冷ややかに退け、仮面の子供は見下すように瑞穂の方へと顔を向けた。


「塚本瑞穂ちゃん――」


 ぽつりと呟く仮面の子供。その名を呼ばれた青い髪の少女は相手を見上げ、すっくと立ち上がると、すぐ側で横たわるノエの身体を庇うように向かい合った。


 瑞穂の紫紅色(ルビーレッド)の瞳から放たれるのは、射るような鋭い視線。まるで、相手の仮面の奥に隠された顔貌すらをも読み取ろうとするかのような。


「いえ――その人形(ドール)()に興味は無いから心配しないで。ヨツバが退くと決めた時点で、私はもうこの件に介入するつもりはない。

 ――ただ、ひとつ忠告するなら、次の満月まで、もうあまり時間はないと思う」


 気怠げに語りかける仮面の子供。少女そのものと言える高く澄んだその声に、瑞穂は不意に何かに気付いたかのように眉を寄せ、さらに目を凝らした。


「次の満月――? それは、どういう意味――っていうか、あなた――」


 間近で見つめる仮面の子供のその身体――透けるような白い肌、柔らかな肉付き、僅かに膨らみのある胸元、そして仄かに香る甘い芳香――その仮面の子供は紛れもなく、少女(・・)の身体をしていた。


「その声――その身体――その髪の色――あなた、まさか――」


「その先は言わなくていい――今はまだ、()り合うつもりはないから」


 制するように言い放つ少女の仮面の裏から、溜息にも似た微かな笑い声が漏れた。


「でも、楽しみにしてる。いつか、あなたが私を殺しにくるのを――」


 仮面の少女は呟きながら踵を返し、そして立ち去っていく。巨大な鎌が、その鋭い先端がアスファルトの地面に刺さり、ガリガリと耳障りな音を立てながら引きずられていく。


「――あなたが神秘斬滅(ルナイレイズ)能力(チカラ)を持つ以上、それは必然――だから――」


「ちょっ、ちょっと待って――あなた、何を言って――」


 手を伸ばし、相手を呼び止めようと声を出す瑞穂。突き出したその掌に、彼女は白いもやが薄くかかっていることに気づき、驚きに目を見開いた。


 周囲はいつの間にか、白い霧に包まれつつあった。


「私も、あなたを躊躇(ためら)いなく殺せるようにしておくから――」


 仮面の少女はそう言い捨てて、雪のように儚く透明な白銀の髪を揺らしながら、立ち込める霧の奥へと消えていった。



 ○●


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