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それは空虚であるはずの【日常】なのに


『それで――その人形(ドール)()って、結局どうなったの?』


 魔術通信(テレフォン)越しに問いかけるナルの声が、学園の屋上に響く。


 あれから数日が経った。破壊され不通になっていた魔術通信(テレフォン)は復旧し、ナルと連絡が取れるようになったのを機会に、瑞穂はその場にいる翔真も含めて、皆に事の次第を話していた。


「どうなった――っていうか、今の時間は、私の部屋の掃除をしてくれてるかな。それから買い物に、夕食の準備に――たしか今日の夕食は、いわしの揚げ焼き大根おろしのせって言ってたかな――」


『――は?』


 ナルの頓狂な声。続いて、呆れたような口調で。


『もっちー、あなた――そのまま、その()を家に泊めて、一緒に暮らしてるの――?』


「う、うん――だって、どこにも行くあてがないみたいだったから。放っておくわけにもいかないし――」


「自分を殺そうとしてきた魔族(マギアイドラ)を――?」


 翔真の問いに、瑞穂は眉を潜めて首をふるふると横へと振る。


「たっ、確かに襲われはしましたけど――それは単に【私に殺されることを狙っていた】だけで、私を殺そうとするつもりなんて無かったのは明白だし――」


『うーん、もっちーはバカみたいにお人好しだなぁ――もしかしたらそういう作戦かもしれないじゃん。そういう風に殺意がないと思わせておいて近づいて、あなたを確実に殺すか捕らえるかしようとしてるのかも――』


「んっ、ナルさんにバカとか言われたくないよ。それに襲われた夜、私は少し気を失ってしまったけれど、あの娘()は私のことを介抱してくれていた――私を殺すにせよ捕らえるにせよ、何か狙いがあるのなら、そんな好機(チャンス)をみすみす逃したりするかな――」


 口の端を尖らせて反論する瑞穂。その様子を眺めながら、ふと翔真は小首を傾げた。


「それはともかく、そんな見ず知らずの女の子をいきなり家に泊めて、家族の人とか何か言わないの?」


 至極まっとうな翔真の疑問に、瑞穂は一瞬息を呑む。数秒の沈黙の後、微かに哀しげに目を伏せた少女は、ぽつりと呟いた。


「家族は――いないので大丈夫ですよ」


「えっ――」


「だから、逆に助かっています。あの()――ノエさん、とてもお料理が上手なんですよ。おかげで、ここ最近は毎晩、美味しい夕食をいただいてます。昨日は豚肉とズッキーニのチヂミでした」


『あちゃー、その()に完全に胃袋を掴まれてるな、これは――』


 ナルが呆れ果てたような、諦めきったような声を発した――その時。


 どこか、遠くから、銃声が響いた。


 瑞穂は思わず屋上の端に張り巡らされたフェンスに駆け寄り、そこへ張り付くようにして音のする方向を見やった。


 ――ぞくり、と瑞穂の背筋を嫌な予感が走る。


 その銃声が、聞き覚えのあるものだったから。


 それは、氷機少女(アルゲオソロル)の発する、射氷弾装(スティリア・マグナム)の音に違いなかったから。



 ○●



 ――私は何をしているのだろうか。


 次の【儀式】までに残された時間は、そう長くないはずなのに。


 こんなにも安穏とした日々を、ただ過ごしているだけだなんて――私に許されているはずがないのに。


 日常の中に安らぎを求めるだなんて概念は、私には存在してはいけないはずなのに。


 私は――死ななければならないはずなのに。


 それなのに――。


 私は、今日の夕飯の材料が詰まった小売店(スーパーマーケット)のビニール袋を片手にし、すたすたと歩道を歩いて帰路につきながら、ずっと――考えていた。


 本当に、私は何をしているのだろう――そもそも、人間(ヒト)亡骸(なきがら)を借りているだけに過ぎない魔族(マギアイドラ)人形(ドール)が、まるで人間のように日々を何気なく過ごすだなんて――実に滑稽なことだ、と思う。自分でも笑えてくるくらいに。


 そんなものは偽りだから。嘘の日常に、虚な生活に過ぎないから。所詮、人形(ドール)人間(ヒト)の真似事をしたところで、人間(ヒト)そのものになることなど永遠にありえないとわかりきっているのに――。


 ――でも、なんだろう――笑いながら、おかしいと思いながら――それでも、そんな在り方を――心地よく感じている自分がいる。これも、悪くないという――想いを抱いた私がいる――ような気がする。


 ふと、あの()の笑みが脳裏をよぎる。


 私の作った料理を、美味しいと食べてくれたあの()の笑顔。


 まるで、それは――お姉ちゃんの――心の奥がきゅっと締め付けられるような、あの笑顔に、とても似ていて――。


 お姉ちゃん――?


 不意に仮初(かりそめ)の身体の記憶の中にしか無いはずの【姉】の姿がぼんやりと浮かび、そしてあの()の姿と被る。そこでふと、私は考える。


もしかして――身体(カラダ)は死んでも、その記憶(ココロ)は、私とともに――。


 だとすると――この束の間の日常を愉しんでいるのは、(ワタシ)だけではなく、|この身体そのものである、(わたし)もまた――。


 その時、突然に目の前から聞こえた声によって、私の思考は途切れた。


「やあ、探した(・・・)よ――【氷機少女(アルゲオソロル)】のノエ――だっけ?」


 不意に聞こえるその声は子供のもの。私は顔を上げ、眼前へと注意を注ぐ。


 歩道を塞ぐように目の前に立っていたのは、仮面を被った子供。


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