冥凍姫の灼零核【アルバコア】
「元――四天王? た――確か、ふらんま? っていう軍団の四天王は、ドミジウスっていう鉄と炎の――」
そこまで呟いて、瑞穂はハッとしたように視線を上げ、向かいに座る少女の白く精緻な顔を見据えた。
「鉄と炎の――【人形】――」
「【鋼炎機巧】ドミジウスは、ティマニタの造り出した人形の中でも最高傑作のひとつでした。炎と鋼の二重属性による高い耐性と再生力。蒸気魔術の応用による反応性と圧倒的な馬力――その出来栄えに満足した彼は、炎魔軍の四天王の座をドミジウスに譲渡し、自身は人形や魔装の研究に専念するようになったのです」
「元々、研究者気質というか技術者っていう感じの人――じゃなかった、魔族だったんですね。そのティマニタという元四天王って」
「良く言えばそうですが、客観的に言えば単に頭のおかしい奴です」
感情の見えない白い口元から、辛辣な言葉が飛び出す。そのあまりの不釣り合いさにぎょっとしたように目を見開く瑞穂をよそに、ノエは続ける。
「今回――ティマニタは、とある魔装の研究を目的として、こちらの世界にやって来ました。通常、魔族は抑止壁の存在によりこちらに移動することはできませんが、彼は圧縮還元という技術を開発し、自身を魔因の種レベルにまで圧縮することによって抑止壁をすり抜けてきたのです――ちなみに、これは自身の存在を消滅させかねない非常に危険な行為で、それだけでもこの男の、目的のために手段を選ばない異常さがわかるかと思いますが――」
同意を求めるようなノエの冷たい視線に、瑞穂は曖昧に頷いて見せる。
「な、なるほど――? それで、あなたはそのティマニタって魔族がイヤになって、そこから飛び出してきた――っていう感じですか。そして、私のところへ」
ん――? という感じで、ノエは微かに眉を寄せた。
「よくわかりましたね。私が、あの男のところから逃げてきたこと」
「そりゃ、その口ぶりからしたら、あなたがそのティマニタって魔族に良い感情を抱いていないことくらいわかりますよ。昨日の騒動の後の、あの行くあてのなさそうな感じとあわせて考えても――」
瑞穂はふと思い出す。自分を襲う騒動を起こした後、瑞穂が慌てて持ってきた衣服を着た後の、ノエのぼおっと立ち竦むような、所在なさげなあの様子を。微動だにしない白い表情の奥に透けて見える、まるで捨てられた子犬のような不安げな震えを。
「でも――」
瑞穂は視線を記憶から、目の前の少女へと切り替える。
「何故、私のところに――?」
「それは前も言いましたが、貴女が神秘斬滅の能力を持っているから――ありとあらゆるものすべてを【断ち切る】概念は、魔族において血流に相当する魔力の流れを容易に切断し、魔族の心臓に相当する魔力核を一太刀のうちに殺すから――そう、魔力の続く限り再生し続けるはずだったドミジウスの魔力核を両断し、瞬く間に鉄屑へと帰したように」
そこまで言うと、ノエはテーブルの上に置いていたカップを手に取り、冷め切ったコーヒーを啜ると、上目遣いで瑞穂を見据えた。
「――【枷の男】とともに四天王を2人も屠った貴女のことを、もはやダイスロウプで知らぬ者はいません。もっとも、私はドミジウスが倒された時には既に貴女のことを知っていました。そしてその時からもう、私は自らを殺すのなら、貴女に殺されるのが最も手っ取り早いと考えていました」
ゆっくりと手にしたカップを置き、ノエは目を閉じて。
「――ドミジウスは、魔術的に言えば【兄】にあたる存在でした」
えっ――と瑞穂は声を漏らし、訝しげに目を凝らすように向かい合って座る白皙の美少女を見つめる。まるで、記憶の中にある炎と鉄屑の怪物と、少しでも符合する部分を見つけ出そうとするかのように。
「ぐぎぎぎぎい――われは、どみじうすう――」
おそろしく棒読みな口調で、ノエはドミジウスの口調を真似る。そして、ふぅと溜息をつき、くだらない物真似をしたことを自己嫌悪するかのように瞳を細めた。
「――彼の真似、似ていましたか? まあ兄と言っても、魔術的な根源を同じくする者という意味しかありませんが。
そう――ある時、ティマニタは、スミノの膨大な魔力を利用して双属性の魔力核を抽出しました。司る属性は相反する炎と氷――灼零核と名付けられたそれは、強力なチカラを持ちながらもあまりに両極端な双属性ゆえに、制御の難しい代物でした。
そこでティマニタがとった方法は、灼零核の炎と氷の属性を分離させ、制御しやすくすることでした。そうして造られた炎の属性に鋼の体躯を持つ人形がドミジウスであり、氷の属性に人間の体躯を得る因果を持った人形が――私」
言いながらノエは手を伸ばし、その細い指先が瑞穂の手の甲に触れる。瑞穂の腕を、肩を、ひんやりと冷たい感触が走り、思わずその手から、握っていたフォークとナイフがこぼれ落ちる。
「――だから――元々がひとつだったからか、私は時折夢を見ていた。それはドミジウスの死の間際の光景――放り投げられ、宙を舞って落ちていく魔力核――その先あるのは、貴女と――貴女の放った神秘斬滅の刃――感じるのは、何の抵抗も無い、何の摩擦も無い、すっ――と、ただ断ち切られるだけの【死】――そう、それこそが今、私に必要なもの――」
ただ静かに呟くノエ。瑞穂はどぎまぎしたように、その手を引っ込めて訊く。
「でっ、でも――どうしてそんな回りくどい方法で自殺なんか――」
「人間である貴女にはなかなか想像できないと思いますが、魔力でカタチを成している魔族にとって、自殺は難しいことが多いのです。物理的な衝撃程度ではまず死ねませんし、私の場合はさらに防御機能の一環として自死できないような機構が組み込まれていて、そのうえ弱点である魔力核には自動での再生能力が付随しています。人間のように心臓を鋭い何かでひと突き――で死ねるのなら楽なのですけれどね――」
僅かに嘆きの滲んだ口調を漏らして、ノエは瑞穂の困ったような顔を、幼く可愛らしい顔を見つめ、瑞穂もまたノエの磁器のように整った顔を見返して――そして、2人の少女は全く同時に問いを口にしていた。
「――貴女、何故、私を殺さなかったのですか――そして、何故、あの時――私を殺してと言った時、貴女は【取り乱して気を失った】のですか――」
「――あなた、そもそもどうして、自殺なんてしようとしているんですか――なんで、自分から死のうだなんて――【殺してくれ】だなんて、そんなことを言うんですか――」
放たれた2つの問いは、そのどちらも答えられることはなかった。
ただ沈黙だけが、手狭なワンルームの中に満ちていく――。
○●




