表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/132

冥凍姫の灼零核【アルバコア】


()――四天王? た――確か、ふらんま(炎魔軍)? っていう軍団の四天王は、ドミジウスっていう鉄と炎の――」


 そこまで呟いて、瑞穂はハッとしたように視線を上げ、向かいに座る少女の白く精緻な顔を見据えた。


「鉄と炎の――【人形】――」


「【鋼炎機巧(イグニスマキナ)】ドミジウスは、ティマニタの造り出した人形(ドール)の中でも最高傑作のひとつでした。炎と鋼の二重属性による高い耐性と再生力。蒸気魔術(ヴェイパー)の応用による反応性と圧倒的な馬力(パワー)――その出来栄えに満足した彼は、炎魔軍(フランマ)の四天王の座をドミジウスに譲渡し、自身は人形(ドール)魔装(マギアルマ)の研究に専念するようになったのです」


「元々、研究者気質というか技術者っていう感じの人――じゃなかった、魔族(マギアイドラ)だったんですね。そのティマニタという元四天王って」


「良く言えばそうですが、客観的に言えば単に頭のおかしい奴です」


 感情の見えない白い口元から、辛辣な言葉が飛び出す。そのあまりの不釣り合いさ(ギャップ)にぎょっとしたように目を見開く瑞穂をよそに、ノエは続ける。


「今回――ティマニタは、とある魔装(マギアルマ)の研究を目的として、こちらの(現実)世界にやって来ました。通常、魔族(マギアイドラ)は抑止壁の存在によりこちら(現実世界)に移動することはできませんが、彼は圧縮還元(コンプレスアーカイブ)という技術を開発し、自身を魔因の種(イニティウム)レベルにまで圧縮することによって抑止壁をすり抜けてきたのです――ちなみに、これは自身の存在を消滅させかねない非常に危険な行為で、それだけでもこの男の、目的のために手段を選ばない異常さがわかるかと思いますが――」


 同意を求めるようなノエの冷たい視線に、瑞穂は曖昧に頷いて見せる。


「な、なるほど――? それで、あなたはそのティマニタって魔族(マギアイドラ)がイヤになって、そこから飛び出してきた――っていう感じですか。そして、私のところへ」


 ん――? という感じで、ノエは微かに眉を寄せた。


「よくわかりましたね。(ワタシ)が、あの男のところから逃げてきたこと」


「そりゃ、その口ぶりからしたら、あなたがそのティマニタって魔族(マギアイドラ)に良い感情を抱いていないことくらいわかりますよ。昨日の騒動の後の、あの行くあてのなさそうな感じとあわせて考えても――」


 瑞穂はふと思い出す。自分を襲う騒動を起こした後、瑞穂が慌てて持ってきた衣服を着た後の、ノエのぼおっと立ち竦むような、所在なさげなあの様子を。微動だにしない白い表情の奥に透けて見える、まるで捨てられた子犬のような不安げな震えを。


「でも――」


 瑞穂は視線を記憶から、目の前の少女へと切り替える。


何故(なぜ)、私のところに――?」


「それは前も言いましたが、貴女(アナタ)神秘斬滅(ルナイレイズ)能力(チカラ)を持っているから――ありとあらゆるものすべてを【断ち切る】概念は、魔族(マギアイドラ)において血流に相当する魔力の流れを容易に切断し、魔族(マギアイドラ)の心臓に相当する魔力核(マギアコア)を一太刀のうちに殺すから――そう、魔力の続く限り再生し続けるはずだったドミジウスの魔力核(マギアコア)を両断し、瞬く間に鉄屑へと帰したように」


 そこまで言うと、ノエはテーブルの上に置いていたカップを手に取り、冷め切ったコーヒーを啜ると、上目遣いで瑞穂を見据えた。


「――【枷の男】とともに四天王を2人も(ほふ)った貴女(アナタ)のことを、もはやダイスロウプで知らぬ者はいません。もっとも、(ワタシ)はドミジウスが倒された時には既に貴女(アナタ)のことを知っていました。そしてその時からもう、(ワタシ)は自らを殺すのなら、貴女アナタに殺されるのが最も手っ取り早いと考えていました」


 ゆっくりと手にしたカップを置き、ノエは目を閉じて。


「――ドミジウスは、魔術的に言えば【兄】にあたる存在でした」


 えっ――と瑞穂は声を漏らし、訝しげに目を凝らすように向かい合って座る白皙の美少女を見つめる。まるで、記憶の中にある炎と鉄屑の怪物と、少しでも符合する部分を見つけ出そうとするかのように。


「ぐぎぎぎぎい――われは、どみじうすう――」


 おそろしく棒読みな口調で、ノエはドミジウスの口調を真似る。そして、ふぅと溜息をつき、くだらない物真似をしたことを自己嫌悪するかのように瞳を細めた。


「――(ドミジウス)の真似、似ていましたか? まあ兄と言っても、魔術的な根源を同じくする者という意味しかありませんが。

 そう――ある時、ティマニタは、スミノの膨大な魔力を利用して双属性の魔力核(マギアコア)を抽出しました。司る属性は相反する炎と氷――灼零核(アルバコア)と名付けられたそれは、強力なチカラを持ちながらもあまりに両極端な双属性ゆえに、制御の難しい代物でした。

 そこでティマニタがとった方法(アプローチ)は、灼零核(アルバコア)の炎と氷の属性を分離させ、制御しやすくすることでした。そうして造られた炎の属性に鋼の体躯(ボディ)を持つ人形(ドール)がドミジウスであり、氷の属性に人間(ヒト)体躯カラダを得る因果を持った人形(ドール)が――(ワタシ)


 言いながらノエは手を伸ばし、その細い指先が瑞穂の手の甲に触れる。瑞穂の腕を、肩を、ひんやりと冷たい感触が走り、思わずその手から、握っていたフォークとナイフがこぼれ落ちる。


「――だから――元々がひとつだったからか、(ワタシ)は時折夢を見ていた。それはドミジウスの死の間際の光景――放り投げられ、宙を舞って落ちていく魔力核(マギアコア)――その先あるのは、貴女(アナタ)と――貴女(アナタ)の放った神秘斬滅(ルナイレイズ)(ヤイバ)――感じるのは、何の抵抗も無い、何の摩擦も無い、すっ――と、ただ断ち切られるだけの【死】――そう、それこそが今、(ワタシ)に必要なもの――」


 ただ静かに呟くノエ。瑞穂はどぎまぎしたように、その手を引っ込めて訊く。


「でっ、でも――どうしてそんな回りくどい方法で自殺なんか――」


人間(ヒト)である貴女(アナタ)にはなかなか想像できないと思いますが、魔力でカタチを成している魔族(マギアイドラ)にとって、自殺は難しいことが多いのです。物理的な衝撃程度ではまず死ねませんし、(ワタシ)の場合はさらに防御機能の一環として自死できないような機構(セーフティ)が組み込まれていて、そのうえ弱点である魔力核(マギアコア)には自動での再生能力(オートリカバリ)が付随しています。人間(ヒト)のように心臓を鋭い何かでひと突き――で死ねるのなら楽なのですけれどね――」


 僅かに嘆きの滲んだ口調を漏らして、ノエは瑞穂の困ったような顔を、幼く可愛らしい顔を見つめ、瑞穂もまたノエの磁器のように整った顔を見返して――そして、2人の少女は全く同時に問いを口にしていた。


「――貴女アナタ何故(なぜ)(ワタシ)を殺さなかったのですか――そして、何故(なぜ)、あの時――(ワタシ)を殺してと言った時、貴女(アナタ)は【取り乱して気を失った】のですか――」

 

「――あなた、そもそもどうして、自殺なんてしようとしているんですか――なんで、自分から死のうだなんて――【殺してくれ】だなんて、そんなことを言うんですか――」


 放たれた2つの問いは、そのどちらも答えられることはなかった。


 ただ沈黙だけが、手狭なワンルームの中に満ちていく――。



 ○●


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ