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白皙の人形【ドール】は語る


「まったく、四天王のボクが人探しだなんて――まいっちゃうねぇ」


 仮面の子供、ヨツバは呆れたように呟いた。


 そこは、ホテルの一室。照明の類がすべてオフにされた闇の中で、床に敷かれたカーペットには大きな魔法陣が浮かび上がっている。その白銀の光は、部屋全体を仄かに照らし出し、ヨツバの色の無い(モノクロな)法衣や仮面を、妖しく揺らめかせていた。


「――ねぇ、ヨツバ」


 闇の何処かから響く、か細く気怠げな女の声。


「――ん? どうしたの、姉さん」


「あなたが【介入】した、あの()――そう、掬い上げたあの()の記憶のことを、ふと考えていたのだけど――」


「ああ、あれはなかなか興味深いものを見せてもらったねぇ――因果を殺す能力(チカラ)を持つ者が、その能力(チカラ)を持つがゆえに【殺さなければならない】因果に縛られるとは――皮肉なものだねぇ――」


 カラカラと、ヨツバは嗤うように仮面を揺らす。


「ヨツバ――あなた――少し五月蝿い(うるさい)


 気怠げな女の声が、一瞬、張り詰める。


 ヨツバはハッとしたように動きを止めた。


「ごっ、ごめん、姉さん――ボク、何か気に入らないコト、言ったかな――?」


「いえ――ただ――ふと、思ったの」


「――何を?」


「|もし仮に、あの時(・・・)――私のそばに、あの()がいたとしたら――私のことも【殺して】くれたのかな――って」


 小首を傾げ、ヨツバは肩を竦める。意味がわからない――とでも言いたげに。


「姉さんの言うことは難しすぎて、ボクにはよくわからないな――」


「そうかしら――でも、あの()とは、そう遠くない内に、また逢いそうな気がする――」



 ○●



 とても、いい匂いがする――。


 なんだろう――とても懐かしい、匂いだ――。


 まるで――そう、大樹くん(兄さん)の作る――ホットケーキのような――。


 とけるような微睡(まどろみ)の中、鼻をくすぐる美味しそうな匂いに瑞穂はゆっくりと目を開いた。掛け布団を押し除けるように上体を起こした彼女が見たのは、紫色の髪を腰の辺りまで伸ばした小さな少女の後ろ姿だった。


 そこは塚本瑞穂の自宅である手狭なワンルーム。今、瑞穂が寝ているベッドの他にはテレビと収納、ソファとテープといった必要最小限のものだけが置かれた、女の子の自室にしては少しばかり殺風景な部屋。唯一女の子らしいものといえば、部屋の隅に置かれた大きな熊のぬいぐるみだけ。


 はらはらと風に揺れる水玉模様のカーテンを背に、ベッドから起き上がった瑞穂は、寝ぼけた瞳で少女の背中をぼんやりと眺める。と、その気配に気づいたのか、少女は振り返った。


「おや、目が覚めましたか。台所――お借りしていますよ」

 

 鈴の音のような透き通った声で少女は――氷機少女(アルゲオソロル)のノエは、それだけ言うと、ぽかんと見つめる瑞穂の目の前でホットケーキの載った皿とナイフとフォークをテーブルの上へと手際良く置いていく


「あの――これは――?」


 まだ状況を飲み込めていない表情で、瑞穂は訊く。


「泊めていただいている以上、このくらいはしないと。さあ、冷めないうちに食べてください。それとも、ほっとけぇきという料理はあまり好みではありませんでしたか――?」


「あ、いえ――好物ですけど――」


 呟く瑞穂の鼻先を、ホットケーキの甘い香りがふわふわと掠める。ごくりと唾を飲み込んだ瑞穂は、ほぼ無意識のうちにフォークとナイフを手に取り、ホットケーキを切り分けて口へと運んでいた。


「んっ、うんまぁい――」


「お口に合ったようでよかったわ」


 ホットケーキの美味しさに幸せそうな表情を浮かべる瑞穂に向かい合うように、ノエは腰を下ろす。自分用に焼いたホットケーキの皿をことりとテーブルに置き、手際良く切り分けてその切れ端を口へと運びながら。


「それにしても、昨日はなんだか申し訳なかったですね――」


 ノエは静かに話を切り出した。


「えっ――ああ、突然襲い掛かられてびっくりしましたけど大丈夫ですよ。それより、あなた一体、どうして、どんな理由であんなことを――」


 ホットケーキを忙しなく咀嚼しながら応じる瑞穂に、ノエは小首を傾げる。


「いえ、そうではなく――せっかくのデートのお邪魔をしてしまったようで――」


「は――?」


 瑞穂は口の動きを止め、ハッと顔を上げた。青い髪のツインテールがその動揺に呼応しているかのように小刻みに震えている。その様子を冷ややかな山吹色(ブライトイエロー)の瞳で見つめながら、ノエは続けた。


「ええ、昨日のお店、高級なお店でしたね――あの感じですと、【枷の男】の人とお洒落なお店で二人っきりでディナーのつもりだったのでしょうが、(ワタシ)が割り込んだせいで残念な雰囲気になって――」


 ノエが言い終えるより前に、瑞穂は顔を真っ赤にして手をぶんぶんと振った。


「いっ、いやいや――! それこそ気にしないで! そもそも、でっ――でーとなんかじゃ――ないですし――っ!」


 言いながら、瑞穂は昨日の夜のことを思い出していた。


 ノエが瑞穂を襲うという騒動の後、瑞穂はそのまま行く当てもなさそうなノエを放っておくことも出来ずに、予約していたレストランへと翔真とともに連れて行っていた。


 当然、見ず知らずの少女がいる席で翔真との男女としての会話が弾むわけもなく、少しでも彼との距離を縮めようという瑞穂の思惑は轟沈し、折半とはいえ高い食事代を払うだけ払って成果も何もあったものではない彼女は気落ちしたまま、仕方なくそのままノエを連れて帰宅すると、すぐさまベッドに倒れ込むように横になり、溜息に枕を湿らせながら眠りについたのだった。


「そうでしょうか――? どう見てもあの高そうなお店は、デート用に奮発したとしか――」

 

「そっ、そんなことより――っ! ていうか、どうして魔族(マギアイドラ)のあなたがデートなんて言葉知ってるんですか――いやいや、そうじゃなくて――そんなことより、あなたのことを教えてください。あなたは一体、何者で、どうしてあんなことを――」


 そこまで言いかけた少女を制するように、ノエは手にしたナイフとフォークを置き、真正面から瑞穂を見据えた。


(ワタシ)は――魔族(マギアイドラ)です」


 大前提から話し始めるノエに、瑞穂は呆れたように思わず口をぽかんと開く。


「いっ、いえ、それはわかります――まあ見た目だけではわからないですけど――昨日の氷と冷気を操る能力(チカラ)と、その胸に隠れた魔力核(マギアコア)を目の当たりにすれば、それは」


「そうですか。では、もう少し正確に言いましょう――(ワタシ)魔族(マギアイドラ)人形(ドール)です。その属性はご存知の通り氷なので、氷機(アイスドール)とも呼ばれます」


 ホットケーキの突き刺さったフォークを握る瑞穂の手が、ピタリと止まった。


「――人形(ドール)?」


 微かに片眉を上げ、瑞穂は相手の言葉を確認するように繰り返す。


「ええ――人形(ドール)――です」


 素っ気ない口調で、しかしゆっくりと、ノエは応える。


「少し補足すると――現存する魔族(マギアイドラ)の大半は、魔王イスタが高位魔術師であったスミノの莫大な魔力を利用して、【魔力でカタチを成す生命(いのち)として生み出した】存在です。

 一方で、人形(ドール)は、そうやって生み出された魔族(マギアイドラ)の手によって、【魔族(マギアイドラ)を模した魔装(兵器)として造られた】存在――その製造に用いられる魔術的な干渉と工程(プロセス)は、純正の魔族(オリジナル)から大きくかけ離れていて、それ(ゆえ)に、侮蔑と嘲笑を込めて――模造品という意味を含んで――人形(ドール)と呼ばれているのです」


 そこまで聞いて、瑞穂は合点がいかないといった様子で目を細める。


「それ――どう違うんですか。魔族(マギアイドラ)であることに変わりは――」


人間(ヒト)である貴女(アナタ)にはイメージし辛いかも知れませんね――ですが、人間でも、オリジナルである人間(ヒト)と、人間(ヒト)が己を模して造った人造人間(ホムンクルス)とを明確に区別するでしょう? それと似たようなものです」


 ノエの説明に、瑞穂はこれ以上深く考えるのは無駄だと言いたげに片目を瞑り、こめかみを指で押さえて呻いた。


「うーん――ま、まあ――わからなくもないですけど。つまり、あなたは――」


「ええ、(ワタシ)は【造られた】存在――それ(ゆえ)人形(ドール)


「あなたは――【造られた】存在――」


 瑞穂は独りごち、冷めかかったホットケーキの切れ端を一息に口へと放り込み、問いかける。


「それなら、【誰が】あなたを造ったというんです――?」


 ノエはその問いを待っていたかのように短く頷き、囁くようにその名を口にした。


「――(ワタシ)を造ったのは――ダイスロウプ炎魔軍(フランマ)()四天王で、【雷匠調教(トニトルスマギステル)】の二つ名を持つ魔技師(ドールマスター)、ティマニタという男です」


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