闇夜に映える少女の【カラダ】
目を開いた時、真っ先に視界に飛び込んできたのは、少女の白く精緻な横顔だった。
「おや、目醒めましたか――塚本瑞穂」
その少女は、瑞穂が瞼を開いたことに気付いて、顔を動かし視線を揺らした。紫色の長い髪がさらりと肩を流れると同時に、山吹色の瞳が柔和に緩み、瑞穂の寝ぼけ眼を覗き込む。
「あなた――私のことを介抱して――?」
瑞穂は、ぼんやりとした意識の中で呟く。そして、ひんやりとしていながらも柔らかい感触が、後頭部を優しく包み込んでいることに気付いた。
それは氷機少女、ノエの膝枕。意識を失い倒れた瑞穂は、その頭をノエの太腿に預けて、横たわっていた。
「やっぱり、あなた――私を殺すつもりなんて無いじゃないですか――」
小さな溜息のように瑞穂は息を吐く。そのみぞおちの辺りを、細く白いピアニストのようは指先が触れ、胸元へなぞるように撫であげていく。何故だか、くすぐったいような、ぞくりとするのうな僅かな恍惚がこみ上げ、瑞穂は微睡むように瞳を細めた。
絡み合うような静寂。2人の少女は沈黙に身を委ねながら、しばらくの間、お互いの顔を見つめ合う。次に何を言葉として発するべきか、相手に何を訊くべきかを、考えていたからか。いや――何かを言うことで、今のこの何故だか心地よい一時を、途切れさせたくはなかったからか。
「あの――いつまで、そこで寝ているつもりですか――、目醒めたのなら、起き上がってください」
ふと思い出したように囁き、その静寂を終わらせたのはノエの声。あっ、すみませんと瑞穂は起き上がり、ばつが悪そうな様子で立ち上がる。
「そっ、それで――結局、あなたの目的は、一体――」
「それは、先程言ったはずですよ」
丁寧な口調とは裏腹に、ノエの答えは素っ気ない。まるで察しろとでも言わんばかりに。
「私に――あなたを殺させる――ため――? だとすると、これは恐ろしく回りくどい自殺未遂ってことに――」
「ええ、そうなります。ただ一点、正確でないのは、これは『恐ろしく回りくどい』ことなどではなく、私が自死するための最適解であると言う事です――何故なら――」
ノエは静かに手を伸ばし、瑞穂の二の腕に触れる。ひやりとした細くも柔らかい指の触感が、瑞穂の肩を撫で、首を這い、頬を伝う。艶かしく流れ揺れるノエの山吹色の瞳は、瑞穂の白い上腕と戸惑いの表情とを交互に見据えて。
「貴女の能力――神秘斬滅は、私のような魔族を一太刀のうちに【殺す】ことができるから――」
その時突然、背後から聞き覚えのある男の声が響いてきた。
「瑞穂ちゃん――! だっ、大丈夫――?!」
2人の少女は振り返った。そこには高校生ほどの少年が、今しがた全速力で駆けつけてきたかのように、ぜえぜえと息を切らして立ち尽くしている。その腕の手首でガチャガチャと音を鳴らし揺れるのは手枷。その足の踝のあたりで妖しく光るのは足枷。
「――翔真さん――!」
瑞穂は思わず声に出して、その名を呼んでいた。
それは、皮膚に喰い込んでいるかのようにキツく嵌められた枷とともに、覇王をその身に縛りつけ封印した少年、天王寺翔真だった。
「ほう――その姿、貴男が【枷の男】ですか」
翔真の姿を見つめ、ノエは独りごちる。
「えっ――? 女の――娘――? いや、人間の姿をした――魔族――?」
想定外の相手の見た目に、翔真はたじろぐように立ち止まった。ノエは彼に向き直り、自身に埋め込まれた小さな魔力核を撫でるように胸元に手をやると、鈴の音のような澄んだ声で話しかける。
「ええ、よく判りましたね。流石は【枷の男】――そう、私は魔族。【氷機少女】のノエ――とでも呼んでいただければ」
そう名乗る少女の身体を、翔真は当惑したように見つめ続ける。
「君――その身体――もしかして――」
棒立ちのまま躊躇いがちに翔真は訊く。放たれかけたその言葉の意味を察したのか、ノエはそれより先を言わせまいとでもするかのように、するりと澄んだ高い声で割り込んだ。
「おや、判りますか――この身体のこと。貴男――情報上では、金の瞳でない状態の時は、知識も能力も普通の人間であるとされていたはずですが――実はとても洞察力に優れていたのか、それとも――」
何やら訝しげにノエは呟く。その山吹色の瞳が、翔真の姿を真正面から捉えたまま、じわりと細められた――その時。
ノエの着ていた薄い菫色のワンピースが仄かな水色の光を帯びた。
「ん――どうやら、魔力を使いすぎたようですね――」
少女の呟きに呼応するかのように、その身に纏った衣服が――薄れていく。
放たれる水色の光に散って溶けていくかのように、少女のワンピースはすうっと消え失せる。隠れていた純白の下着が露わになったかと思う間も無く、それすらも少しずつ薄れて透けていき――そして。
「えっ――!?」
「ひっ――ひえっ――!?」
翔真は突然のことにただ呆然と、瑞穂は悲鳴にも似たような、声を同時に上げる。
朧な三日月に照らされた、少女ノエの一糸纏わぬ姿がそこにあった。
闇夜に映える、氷のように透き通った白い肌。引き締まった腰つきに、か細くも柔らかさを帯びた足と腕、ほんの僅かに膨らみかけた起伏の――その胸元に、突き刺さっているかのように埋め込まれているのは、水晶の如く透明に揺らめいている魔力核。
「ふむ――やはり先程の戦闘で魔力を使いすぎたようですね。衣服は投影魔術で間に合わせているので、貯蔵魔力が一定以下になって優先度の低い投影魔術が自動的に解除されたことによって――」
素っ裸なまま、欠片の動揺も見せず、ノエは涼しげな表情で状況を説明する。
「そっ――そっ、そんなことより――! あなた――裸――すっぽんぽん――っ!!」
瑞穂は顔を真っ赤に紅潮させ、後退りながら震える指先でノエの全身を指し示す。あわあわと溢れ出る言葉は止め処ない。
「――? 貴女、何をそんなに動揺して――ああ、いわゆる恥じらい――? というものですか。しかし人間も生物であり、もともと裸である以上、何をそんなに動揺することが――貴女だって、時と場合によっては裸になることもあるのではないですか――?」
「えっ――!? いえ、わっ、私のことはどうでもいいんです――っ! ちょっ、翔真さん――何、黙ったまま他人の裸をジロジロ見てるんですか――! 変態ですかっ――!?」
「え――ええっ――!?」
額や頬はもちろんのこと鎖骨の辺りまで赤らめて狼狽まくりの瑞穂は、翔真へと矛先を向ける。あまりに突然のことに呆然と突っ立ってただ状況を眺めていただけの翔真は、自分が年端もいかぬ少女の裸体を目の当たりにしていることに、言われて初めて気づいたかのように、慌てて少女から目を背けた。
「とっ、とにかく、私はこの娘の着るものを持ってきます――それまで、翔真さんはこの娘から目を離さないように――でも、ジ ロ ジ ロ 見 な い よ う にお願いします――!」
「そんな無茶な――っ!?」
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