その【斬撃】は雪のように儚く透明な白
「ちょっ……!? あ、あの燃えるバケモノがこっちにくるっ!」
ショウマは情けない声を上げ、腰を抜かした。
しかし彼の言う通り、火狼の内の何匹かがカインシセの指示に操られるように、全身を炎に包ませその強靭な四肢で駆けて、三人へと迫っていた。
「【ゼバ・ガテネ・ザシア】!!」
獣達が今にもショウマ達に飛びかからんとするその直前、ショウマは金髪の魔術師少女の詠唱を聞いた。
そして、獣の首が宙を舞った。
頭を抱えて身を縮めたショウマが腕越しに覗いた視界の中央で、火を纏った獣の獰猛な形相【だけ】が青空の中でくるくると回り、やがて重力のままに草むらの中へと落ちていった。
「えっ――バケモノの首が――?!」
ショウマの驚きの声を遮るように彼の眼前を【剣】が横切った。
【剣】を振るっていたのは青い髪をした小さな少女。
ミズホが手にしていたそれは、彼女が腰につけていたペーパーナイフを兼ねたキーホルダーが、ナルの魔術によって巨大な【剣】へと姿を変えたものだった。
少女の手にした巨大な剣による素早い斬撃によって、獣の首は【断ち斬られ】ていたのだ。
「うん、いい感じです」
横目でナルを流し見て、ミズホは機嫌良さそうに微笑んだ。
「つかもっちーのオサレなキーホルダーを斬れ味抜群のイケてるソードにしちゃう、あたしの変化魔術は気に入ってもらえたようだね。あとは、もっちーの意思に応じてキーホルダーでもソードでも思いのままさ」
「ありがとうございます、ナルさん。一度、こういうガチめの剣を思いっきり振り回してみたいと思ってたんです」
異世界に無理やり連れてこられてから終始、不機嫌そうだったミズホの表情に初めて、楽しげな笑みが浮かんでいた。
「おや? もっちー、ご機嫌じゃないかい。こっちの世界に来るのは嫌だったのでは?」
再び剣が振るわれ、背後からナルに襲いかかろうとしてた獣の胴が真っ二つに裂けた。
「いえ、【それはそれ】【これはこれ】です」
ナルの言葉にミズホはそっけなく応え、次々と襲いかかる獣を叩き薙いでいく。
「ほう――異界から召喚者したのは剣士だったか。
だが、こちらの手駒である火狼はまだまだ数がいるぞ。果たして、すべて倒しきるまでに体力がもつかな――?」
カインシセは目を細めて言うと、指先を数回振ってみせる。男の指先の動きに合わせて、獣は唸り声をあげて全身を炎に包ませながら、少女たちをめがけて駆け出していく。
「確かに……あいつの言う通り、いくら獣を倒してもこれじゃキリがない――なんとかしないと……」
ナルは水属性の魔術を指先に湛えさせ、さらに襲いかかってこようとする獣へと身構えながら、呟いた。
「そうですね。丁度、たくさん獣が来てますし、そろそろいいかもしれません」
「そろそろ?」
ミズホの呟きにナルが小首を傾げようとする前に、青い髪の少女は駆け出した。
剣を振るう。最も近くまで迫っていた1体の火狼の首が飛ぶ。
その時、少女の青い髪がうっすらと光を帯びた。
それは透き通るような白。さらに少女は剣を振るう。別の1体の火狼の胴が上下に裂ける。
少女の青い髪は、いつしか雪のように儚く透明な白い色へと変化していた。
「獣と、それを操る魔術師との繋がりの線を――」
ふぅと息を吐くように、少女は静かに声を出す。
「――【断ち切れ、私の剣】」
白いツインテールを靡かせて、ミズホは剣を左右に振るう。刀身もまた彼女の髪と同じく白い光を帯びて、【何もない虚空に、白銀の残像を描いた】。
「え――? 空振り――?」
何も無い場所に振るわれた剣を、空を横切る少女の斬撃を見て、ショウマは思わず呟く。
「まさか、ちゃんと【断ち切って】いますよ」
ゆっくりと振り返り、ミズホはショウマの呟きに応えるように話しかけた。いまだ彼女の周囲を無数の獣が取り囲んでいる中で、その姿はあまりにも無防備だった。
しかし獣は、少女の空振りのような斬撃を境に動きを止めていた。全身に纏った猛火は勢いを失い、明確な敵意を宿していた獰猛な瞳は、目標を見失ったかのように茫洋としていた。
「バケモノの動きが、止まった……?」
ショウマが訝しげに呟くと同時に、魔獣使いカインシセもまた、動かなくなった自身の手駒の様子に狼狽した声を上げた。
「な、何故だ?! 何故動かん! 火狼よ! 奴らを喰い殺せ!」
「魔獣使いって言うから、獣との信頼関係があってそれで操っているのだと思ってましたが、その様子だと単に魔術のような力で無理やり操っていただけみたいですね」
冷ややかな口調でミズホは言う。カインシセは動揺を隠すことなく少女を見た。少女の髪と剣から放たれていた仄かな白い光はゆっくりと消えていく。
「お前、何をした!? 火狼よ、動け!」
「無駄ですよ。【あなたと獣との魔術的な繋がりは、私が断ち切りました】」
肩越しに男を流し見て、青色に戻った髪を揺らしながら、少女は問いかけるように言う。
「さて――今まで魔術によって無理やり言うことを聞かされていた獣の怒りは、どこに向かうと思いますか?」
「な、何だと?」
茫洋とした瞳を泳がせていた獣達が、声につられて一斉にカインシセを捉えた。
「ど、どうした、火狼!?」
聴こえるのは唸り声。少女の言葉の通り、獣達の敵意は先程まで自分たちを魔術によって好き勝手に操っていた魔獣使いへと向けられているようだった。
「ヒィッ……!」
魔獣使いの男も、獣達の様子からその敵意が自身に向けられていることに気づいたのか、短い悲鳴を上げ後退った。
数体の獣が一斉に吼えた。男は恐れ慄き、少女達や獣達へと背を向けて逃げ出すように走り出す。その姿に野生の本能を刺激されたように、獣達は駆け出し、男の背中を追いかけていく。
逃走する魔獣使いとそれを追いかける獣の様子を呆然と眺めながら、ナルは小さく息を吐き、同じく呆然と眼前の出来事を眺めていたショウマを横目で見やり、囁いた。
「おっと……そう言えば、説明が途中だったね。まさにあれが【神秘斬滅】の力。神秘であっても、魔術であっても――万物あらゆる繋がりや因果を【断ち切る】ことのできる力。
そこに例外という概念は無く、もっちーは、その気になれば神罰執行すら【断ち切る】ことができる――たぶんね」
「な、何そのむちゃくちゃな力――そんなのが、あの女の子に――?!」
理解が追いつかない様子で独り言ちたショウマに、ナルは応えた。
「そう。だから無理やりあの娘を召喚させてもらったのさ。
何故なら、レシノミヤは……あたしの国は……そんなむちゃくちゃな力が必要なくらいに終わりかけているから……ね」
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