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黒く忌まわしき【記憶】は断ち切られ


 ガチャリ。か細く白い腕の先端に存在するにはあまりにも不釣り合いな機関銃(ガトリングガン)が金属音を響かせる。ノエは腕を振り上げ、再び掃射を開始する。


「なるほど」


 瑞穂は回転する銃口を見据え、身構えた。


「でも、その攻撃――」


 瑞穂はそこで言葉を切り、追って放たれる氷弾の渦を、大きく左右にステップして(かわ)す。と、同時にノエの小柄な体躯(からだ)機関銃(ガトリングガン)の掃射の勢いに追従しきれず、僅かにふらついた。


「――その攻撃、狙いが甘すぎます。威力がありすぎて制御できてない感じです」


 氷弾の渦がアスファルトの地面を蜂の巣状に抉り、その轟音が瑞穂の声を掻き消す。しかし、そこに既に瑞穂は居なかった。彼女は放たれた氷弾の掃射よりも遥かに(はや)く、ノエを中心にぐるりと円を描くように駆けていた。


「む――やはり、(はや)い――」


 ノエは機関銃(ガトリングガン)の照準を瑞穂へ向けようとするが、己が掃射の勢いと相手の素早さに翻弄されて定まらないでいた。もたつき、ふらつく足元に生まれる大きな隙。瑞穂はその好機を逃さず、一気にノエとの距離を詰める。


「ふむ――でも、(ワタシ)への攻撃は、自動(オート)で展開される極光幻惑オーロラアルキナティオによって当たらな――」


「いえ、あなたのその幻惑(げんわく)は、さっき断ち切りましたよね! だから、2度目はありません――!」


 ドンっ、という音。瑞穂はノエへと身体ごと勢いよく体当たりしていた。2人の少女は縺れるようにゴロゴロとアスファルトの上を転がっていく。


 体当たりをした側に分があったか、先に立ち上がったのは青い髪の少女の方。跳ね起きるようにして即座に体勢を整えた瑞穂は、仰向けに倒れたまま起き上がれないでいる紫色の長髪の少女の肩を足で踏むように抑え付け、手にした刃を相手の胸元に突きつけていた。


「これで、勝負――ありましたかね」


 瑞穂は肩を揺らし、息を荒げて言うと、手にした刀剣を握る手に力を込めた。


「|なぜ――止め(トドメ)を刺さないの――ですか――」


 アスファルトの上で仰向けに横たわったまま、冷たく感情のない瞳で、突きつけられた刃と瑞穂の顔とを交互に見つめ、ノエは呟く。菫色(バイオレット)のワンピースが(はだ)け、白い胸元が覗き――その中央に、心臓のあたりに、まるで突き刺さってでもいるかのように何かが埋め込まれているのが見えた。それは拳ほどの大きさをした、水晶のような煌く塊。


「これは――(ワタシ)魔力核(マギアコア)です。これを斬れば、(ワタシ)は死にます――かつて貴女(アナタ)が殺した、アレ(ドミジウス)のように――」


 妖しく薄水色の輝きを湛えた塊は、まるで少女の心臓の代わりのように、鼓動しているかのように、その中身をとくとくと儚げに揺らめかせている。


「それは――見たらわかります」


 手にした刃の切っ先をノエの(コア)に突きつけて、しかし触れて傷つけてしまわないように気ををつけながら、瑞穂は応えた。


「なら、どうして、止め(トドメ)を――」


「あなた――私を殺す気なんか、ないですよね。だって、さっきから攻撃がことごとく急所を外していますから――肩とか、足元とか。こう見えて私、それなりに戦いの場数は踏んでいますから、相手に殺意があるかないかくらいはわかりますよ。あなた一体、何のために私を襲って――」


 言葉を続けようとする瑞穂を制するように、ノエは山吹色(ブライトイエロー)の瞳に瑞穂をしっかりと捉え、絞り出すようにして澄んだ声を上げた。


「いいから――(ワタシ)(コロ)して――」


「えっ――今、なんて――」


「――(ワタシ) () (コロ) () () 」


 まるで呪文のように紡がれた、少女の言葉。理解という名のスポンジに染み込んでいく水のように、ゆっくりと、じわじわと、その意味不明な言葉の意味が、脳裏に浮かび上がってくる。


「あなた――私に【殺される】ために、私を襲って――?」


 瑞穂は信じられないといった眼差しで、【死にたがりの氷機少女(アルゲオソロル)】を見下ろした。


 その時だった。


 瑞穂の頭の中を、濁流が溢れるように、とある光景が流れた。


 それは、【断ち切った】はずの、【存在しない】はずの、記憶。


『【ゴメンね――ミズホちゃん――ボクを――】』


 存在しないはずの記憶の中で、訴えかけてくるのは男の子の声。鮮血の色に照らされた、暗い部屋。床に飛散した、(だれか)の肉片と血溜まり。眼前に立ち尽くす人影の、(うつろ)な瞳と、震える唇が、まるでの杭を打ち付けるかのように胸元に突き刺さる言葉(ワード)を漏らす。


『【ボクを――コロして――】』


 あ、ああ――と瑞穂はいつの間にか呻き声を溢していた。眼下の少女のことは既に見えてはおらず、頭の中をぐるぐると回り続ける、【存在しないはずの、忌まわしき記憶】に、抗いようもなく、ただただ意識だけが――どす黒いそれ(記憶)に塗りつぶされていく。


「――塚本瑞穂(ツカモトミズホ)――? 一体、どうしました――?」


 豹変する瑞穂の様子に、訝しげに問い掛けるノエの声。


 ああああっ――! 瑞穂は頭を抱えて叫ぶ。小刻みに身体を震わせ、ふらつくような足取りで後退り、耐え切れなくなったかのように、その場に蹲る。


貴女(アナタ)――どうしたのですか。具合でも――悪いのですか?」


 押さえつけから解放され、ノエは起き上がっていた。終始、無表情を貫いていたはずの彼女が見せていたのは、不安げで心配そうな面持ち。おそるおそる蹲っている瑞穂へと近づき、磁器のように整った白い頬を寄せて、頭を抱えるその顔を覗き込み――。


 そこで、塚本瑞穂の意識は途絶えた。



 ○●



「どうしてこう、こっち(現実世界)魔族(マギアイドラ)は皆、趣味が悪いのかねぇ――」


 窓の外に浮かぶ朧げな三日月を背に、ゆらゆらと揺れるようにたたずむ仮面の子供――水魔軍(ラクリマ)の四天王、ヨツバはそれ(・・)を見上げながら、呆れたような口調で呟いていた。


 聳え立つそれ(・・)は、赤黄色く滾り熔けた|ドロドロの熔鋼(オリハルコン)――底なしの熔鉱炉(アビス・ルカス)と呼ばれる、魂喰いの魔装(マギアルマ)


 ごううん――ごううん――。


 底なしの熔鉱炉(アビス・ルカス)は、金属の軋むような耳障りな音をひたすらに響かせている。ヨツバは微動だにせずそれを聞き、思い出したかのようにぽつりと呟いた。


かわいそうに(・・・・・・)。この音――まだ熔けきれていない人間が、悲痛な叫びを上げているねぇ」


 ごううん――ごううん――。


 それは、ドロドロに熔けた塊の中にある、まだ熔けていない僅かな何か(カタチ)の擦れあう音。熱に熔かされた身体ごと、命ごと、魔力を啜られ吸い尽くされてしまった人間達(ヒトビト)の残滓が、その最期に上げている無数の悲鳴が折り重なった音。


「まったく、理解に苦しむよ。ボクたちにはサンノミザの姫(スミノ・エコ・ウエン)という余りある魔力の供給源があるっていうのに、わざわざこっち(現実世界)の人間なんかを炉にくべて魔力源にするだなんて――こっち(現実世界)の人間の持つちっぽけな魔力なんて、ボクたち魔族マギアイドラからしたら何の足しにもならない。効率が悪すぎるとは思わないのかねぇ」


「ふん――最適解や安定ばかりを追い求めては、新たな境地は開けぬぞ、水魔軍(ラクリマ)の四天王よ――」


 応えるのは、老人の声。その声の主は底なしの熔鉱炉(アビス・ルカス)の前に立ち、放たれる魔熱(エクスハティオ)を全身に浴びながらも、愉悦さえ感じさせる口調で続ける。


「ふむ――まあ、研究者(クレアーレ)にしか解らぬか。あえて正解とされる道を外れることによって、未知の複雑性が生まれることもあるのだがな――」


 老人の背中を眺めながら、ヨツバはゆらゆらと揺れて、囁くような声を放つ。


「でもね、サンノミザの姫(スミノ・エコ・ウエン)魔力チカラを使うのは魔王様の方針だからねぇ。怒られるんじゃないかなぁ――?」


「もちろん、スミノに由来する魔力は使う。そのために(わし)の最高傑作を用意しておるのでな――」


「へぇ、最高傑作ねぇ――キミの最高傑作とやらは、鉄屑人形(ドミジウス)だと思っていたけど」


「うむ、アレは最高傑作で間違いない――正確には最高傑作の片割れ――だ。しかし、それゆえに少し困ったことがあってのお――そのために御主(おぬし)を呼んだのだ。(わし)これ(熔鉱炉)の管理で手が離せぬのでのう」


 老人の言葉に、ヨツバはからからと仮面を揺らして嗤う。


「ふふっ――四天王であるボクを小間使いにしようだなんて」


「何を言う――(わし)とて、()四天王ぞ――」



 ○●


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