砂化の滅閃【ヴァスティタス・ラディウス】
4発目の滅閃をも防がれたサイカスは、怨嗟にまみれた呻き声を上げていた。
「何故だ――! 何故、これほどまでに何度も――何度も滅閃が防がれるのだ――!!
ありえん――こんな事はありえん――!! 防御領域・逆禍100枚を以ってしても防ぎきれぬはずの滅閃をこうも何度も防ぎきるなど、絶対にありえんのだ――!!」
サイカスは吼える。巨虚砂兵の肩に自身の下半身を埋め、神経連結し一体化している蠍の男は、両腕のもげた体躯を怒りに震わせていた。
その時、半自律音声が感情の無い無機質な声で状況を伝える。
「――警告レベル2――展開中の防御領域・逆禍、内側第1層のDからFまでの反応が消失しました――これで展開していた防御領域・逆禍36層の反応はすべて消失――」
それは、事前に展開していた防御領域・逆禍が36枚【すべて】断ち切られ、消失したことを意味していた。
サイカスは、その蠍の顔を驚愕に歪ませる。
「馬鹿な――いかに神秘斬滅といえど、36枚も展開しているのだぞ! 1枚だけでも数万もの軍勢を阻み、十数人もの魔術師からの干渉を遮るとされる防御領域・逆禍を、たった1人の子供が、こんな短時間で36枚すべて無効化するなどありえ――ええい! 防衛用に送り込んだはずの砂獅子はどうなっている! 映像を出せ!」
怒声とともに虚空に四角い枠が浮び上がり、魔術によって投影された映像が映し出される。
その映像は、防御領域・逆禍を防衛するために送り込んでいた、砂の魔獣、砂獅子からの視界だった。
そこに映し出されていたのは、神秘斬滅の能力を持った小柄な少女だった。それは月夜をバックに跳躍し、長く伸び僅かに反った白銀の得物を携え、まるで落下しているかのような勢いで視界の主へと急接近し――。
刹那、映し出されていた映像は、真っ二つに斬り裂かれていた。それは即ち、砂獅子の頭蓋が左右に両断されたということ。その頭部に収納された魔力核がざっくりとかち割られ、魔獣としての身体は死に崩れ、ただの砂粒の山へと還してしまったということ。
映像はそこで途切れ、投影魔術は夜の闇へと溶けていった。
「おのれ――枷の男と――神秘斬滅の少女めが――この私をここまで苛立たせるとは――!」
サイカスはそれまでずっと食い縛っていた歯を緩め口を開き、自棄になったかのように喚いた。やがて顔を上げた蠍の男は、顔の左右を覆う鋏のような突起物の奥にある眼窩に陰惨な妖しい色を湛えて、ゆっくりと呟いていた。
「こうなれば――目標を変更する――」
○●
「――奴め、巨虚砂兵の照射軸をズラし始めたか――我が左腕の【絶対遮蔽領域】を抉じ開けることはできぬと悟り、方針を変えたか」
小高い丘に立ち、その左手を掲げて街を滅閃より護り続けていた覇王アシャは、遠くにそびえる巨虚砂兵が不穏な動きを見せていることに気付き、独りごちていた。
巨虚砂兵は大口を開けたまま、いやいやする子供のように首を振り、その巨体を捻るようにしながら上体の向きを変えている。それは、すなわち滅閃の発射先を変更しようとしていることを意味していた。
その時、魔術通信が起動し、ミズホの声が流れた。
『――えーっと――シエンさん、聞こえますか? バリアをすべて断ち切ったはずですので確認お願いします――』
アシャは横目で、宙に浮いて光瞬く魔術通信の素子を見る。少女の言葉は魔術師へと向けられたものだったが、魔術通信の同期帯は同一のものを使用してる関係上、両者のやり取りは彼にも繋がっていた。
「小娘――お前こそ聞こえているか。お前、今どこにいる」
不意に、アシャはミズホへと問いかける。少女は思わぬ方向からの声に、少し戸惑った様子で応えた。
『あれ? アシャさんですか? どこ――って、難しいこと聞きますね。森の中ですよ。あのでっかい砂の怪物から100メートルくらい離れたとこですかね――ちょうど、あのデカブツがこっち向いてて――あれ? 街の方を向いていたはずの、でっかい砂の怪物が、こっち向いてる――?』
「小娘、今すぐそこを離れろ」
即座に、アシャは口走った。
『はい?』
「お前――狙われてるぞ」
『はい!? ね、狙われてるって――あの滅閃とかいうビームにですか!?』
アシャは舌打ちし、その金色の瞳を細め、突き刺さんばかりの鋭い視線を巨虚砂兵へと向けた。
「奴は身体の向きを変えた。あの状態で滅閃が放たれた場合、恐らくその射線上には、お前が含まれて――いや、細かい話はいい。おそらくあの蠍の男は、お前を狙っている」
『おそらくっていうか――私を狙ってるのは間違いなさそうですね。だってアレの口、モロにこっち向いてますから――でも、どうして私なんかを――』
不思議そうなミズホの声に、アシャは再び舌打ちする。
「たわけ。お前、なぜ自分がこの世界に召喚されてきたのかを考えろ。因果をも断ち切る神秘斬滅は、連中にとって都合の悪い封印を解き放つ可能性を孕み、また俺の無限の力を縛る枷をも断ち切ることのできる能力だ――この機に乗じて始末してしまおうと思われても不思議ではない――だが」
ギリギリという音。金の眼をした少年が、怒り震えた拳を握りしめる音。
「四天王とも呼ばれた男が、俺との正面勝負から逃げ出した挙げ句、その全力をこんな子供ひとりを殺すためだけに使おうとするとは――どこまでも姑息で見下げ果てた奴だ」
『子供って表現は、あんまりじゃありません?』
「いいから、お前はさっさとその場を離れろ。死ぬぞ」
『ごめんなさい』
急に何かに対して謝るミズホ。その声のトーンが一気に低くなる。
アシャは不審な少女の様子に眉を寄せた。
「どうした? 小娘――お前、まさか――」
ヘヘっ、と緊張感の無い抜けた声の次に流れてきたのは、冷たく感情を拭い去ったような声で成される状況報告だった。
『さっきの砂ライオンとの戦闘で、足をやってしまいました。今はちょっと――動けないですね』
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