あなたは【誰】と問いかける声
「あー、はい。こちら、ミズホです。予定場所に到着しました。滅閃の発射までの予測時間お願いします――えっ? あと8分くらい? では、少し余裕を見て5分後に始めますね――確認ですけど、敵が展開しているバリアっていうのは、透明で茶色く光ってるベールかカーテンみたいなやつですよね? ここからですと枚数まではわからないですけど、全部で36枚で間違い無いですかね? うんうん――では、すべて断ち切ったら手筈通りに合図上げて連絡いれます――ん? マジでやんのって? そっちこそ、その寝言マジで言ってます? いまさら何言ってんですかね、怒りますよ――? やんなきゃ皆んな死ぬんですからね! それでは、通信終わります」
ミズホは一方的に通話を切ると、ショウマへと振り返り、少し困ったような表情を浮かべた。頭上を旋回する魔術通信用の小さな光の塊の色が、通信中を示す赤から待機中の緑に変わったのを確認してから、愚痴っぽく呟く。
「ナルさん、意外に諦めが早いタイプだなぁ……」
そこはレシノミヤの街外れにある小高い丘。周囲は夜の闇に沈み、うっすらとした月の光と魔術通信用の素子からの瞬きだけが、かろうじてショウマとミズホの姿を照らす。
「君が心配なんだよ。ハッキリ言って、この作戦で一番危険なのは君だから」
「でも結局は一緒じゃないです? どうせ失敗したら皆んな死ぬんですから。むしろ私が一番楽してるまであります」
ショウマの言葉にそう応えながらも、どこかピリピリした態度なのは、やはり不安なのだろうか。不満げに頬を膨らませながら、少女はペーパーナイフのような形をしたキーホルダーを振るった。
ぐい、とキーホルダーに掛けられた魔術によって、そのカタチは伸びるように変化する。ミズホはその小さな手に刀剣を握り締め、遥か遠くへと――その先に立ちはだかる巨虚砂兵の上半身へと視線を向けた。
巨虚砂兵は闇夜の中で蠢いている。大口を開けたまま、その中に白と黒とが入り混じった光球を湛えて、砂の巨体の至るところから稲光を迸らせて。
「あれ、その剣の形――この間から、ちょっと変わったね」
ショウマはミズホの握り締めていた剣が、以前と異なるカタチであることに気づいて聞いた。それまで西洋風の剣だった少女の得物は、今はもっとシンプルでしなやかで緩やかな弧のようなカタチを、しかしそれ故に冷たさすら感じさせる銀色の鋭さを帯びていた。
ミズホはいそいそとポーチに入れていたゴルフボールほどの大きさの丸い玉を取り出しつつ、苦笑を浮かべた。
「ええ、シエンさんが新しいカタチに魔術をかけなおしてくれたんです。なんでも、以前のは叩いたり突き刺したりするタイプの剣のカタチだから、私の【断ち切る】能力とは相性が良くないって――斬ることに最も特化しているのは、ニホントウっていう刀だから――って。確かに、軽くて振りやすくて、なんだか使いやすくなりました。でも――」
苦笑いを浮かべていたミズホの表情が僅かに曇る。
「最初にこの剣をつくってくれたナルさんの立場が無いなって――ナルさん、シエンさんが私の剣を作り替えるところを目の当たりにしちゃって、それで余計に自分の魔術とかいろいろなことに自信無くしちゃってて――あんな豆腐メンタルな人だとは――いや、豆腐メンタルだからこそ、折れないように頑張り過ぎて、あっちでは、ああいう強引な感じになってたのかもしれませんけど――」
少年は、呟きながら丸い玉を片手で弄っている少女の姿をまじまじと見つめる。不意に彼女は、ショウマへと向き直る。視線がかちあう。ぶつかる視線に何かしら意味を感じたのか、少女は恥ずかしげに、わずかばかり俯いた。
「まあ――私もわりかし泣き虫なので人のことは言えませんけどね。よし、これでっ」
そう言うと、ミズホは手にした玉を上方へと放り投げる。ポンッという音と共に白い光が迸り、その中からクリーム色の毛並みを持ち、頭から鋭い一本角を生やしている、馬に似た魔獣が現れた。
「瞬馬という、この世界の馬らしいです。この作戦に必要だって、シエンさんが用意してくれたんですよ」
事前に仕込まれているのか、ミズホは慣れた手つきで瞬馬の頭へと手をかざす。馬は頭を下げ、降りてきた一本角を少女はゆっくりと掌で撫で回す。
「こうやって精神同調することによって、あっちの馬よりも遥かに簡単に乗りこなせるみたいです。ショウマさんが眠っている間に練習しましたけど、クセになるキモチよさ――じゃなかった、片手でも充分乗れるんで、まさに今回の作戦にぴったりという」
よいしょっ、と少女は瞬馬に跨る。
「さて――そろそろ時間ですかね」
腕時計をちらと見やりミズホは呟く。瞬馬に乗ったままショウマへと近づき、手にした刀を彼へと突き出し、準備はいいですかという意味合いの頷きを見せる。
ショウマは頷き返し、左腕を上げ――その手首に嵌められた紫色の枷を、カチャリと少女の差し出した刀へと添えた。
「あと――あと、少しだけ時間があるので、お聞きしたいのですけど――」
不意にミズホは、かしこまった態度で声を潜めた。
「あなたは、ショウマさんですよね――?」
当たり前のことを訊く。彼は無言で頷く。
「なのに――あなたは――なぜ、その【左腕】に封じられた能力が何なのかを知っているんですか――? あれは【覇王】の力だと聞きました。アシャさんが知っているならともかく、どうしてショウマさんがそれを――」
「覇王アシャに――教えてもらった――とか――」
悲しげで猜疑心たっぷりの瞳に映り込む、少年の姿。彼はそこで言葉を止めた。――この娘に嘘はつきたくなかったから。
「そうでしょうか――先日、液体の魔族を封印した時、アシャさんは不思議がっていたような気がしました。あの作戦を考えたのはショウマさんで、どうして、普通の人間であるはずのあなたが、【覇王の力】の一端を知っているのか――と」
少年は無言のまま答えない。
「それと今日、アシャさんとシエンさんとの会話にも私は違和感を覚えました。アシャさんは何かを知っているようで、しかし自分のことを何も語っていませんでした――まるで――のようで、だとすると逆に、あなたは――もしかして――」
「時間だ、小娘。――お前、【器】の前では、やたらお喋りだな」
金色の瞳を見開いて、少年はミズホの言葉を掻き消すように言い放っていた。
○●




