四天王、砂塵弩砲【ヴァスティタスバリスタ】
息も絶え絶えに苦しげに喘いで、横たわる少女。
その小さな身体は、既に三分の一ほどが――砂と化していた。
あちこちが破けた衣服から砂が止め処なく溢れ落ち、投げ出された四肢の先端は喪われて、代わりに掌や足のカタチを辛うじて留めた砂粒の山があるだけだった。
ゲホゲホッ――と少女は咽び、血を吐いた。だが吐き出され、少女の胸元に飛び散ったはずの血は、衣服を濡らすこと赤く染めることもなく――さらさらとした、白い粒子と化してその脇腹から地面へと流れ落ちている。
「これが砂化の呪いだ。滅閃を浴びたモノはすべて砂へと変わり果て、やがてそのカタチもイノチも崩れ去る――」
横たわる少女の悲痛極まりない様子を目の当たりにして、絶句しているミズホの背後から、アシャは感情のない無機質な口調で呟いていた。
少女の四肢は、消失したその先端からさらに少しずつ砂化が進みつつあった。苦しげな呻きと喘ぎに呼応するかのように身体が揺れ、その度に砂化した部分が無慈悲にも散逸し、パラパラと崩れていく。
「あぁ……うぅ……強い……光が……みんな……みんな……砂になって……バラバラに……吹き飛ばされて……」
砂と譫言とを途切れ途切れに吐き出す少女は、まるで熱に浮かされているかのよう。その命が尽きつつある中であってもなお言葉が口を衝くのは、受け止めきれない哀しみからか恐怖からか。
「わたしも……あんな風に……砂に……イヤ……それは……イヤァッ! こんなの……こんな死にかた……イヤァッ……!!」
全身を痙攣させ、血塗れの砂を吐き出しながら、泣き叫ぶ少女の声。白い身体はじわじわと崩れ、その粒子は風に吹かれて散っていく。悪夢のような光景に、ミズホはそれを直視できずに思わず目を背けていた。
――その凄惨さに、彼女は思い出さずにはいられなかったから。かつて見た地獄を。
「師匠、あたしも手伝うよ」
ナルはそう言うとシエンの隣に屈み込み、一緒に治癒魔術を行おうと手をかざしかける。
「あなたは――いいわ。悪いけれど、そちらの相手をしてもらえるかしら。さすがに私もドンパチやらかす齢でもないし、戦闘に関してはもう、あなたの方が得意でしょう――?」
「そちらの――相手? ドンパチ――戦闘――?」
シエンの言葉にナルは小首を傾げる。
ガチャリという足音。ギシギシという鎧の擦れる音。そして、嗄れた男の声が唐突にその場に響き渡った。
「ほう――やはり【殺し漏れ】がいたか――巨虚砂兵による滅閃は、効率よく人間どもを消し去れる反面、時折このような【殺し漏れ】が出てくるのが困りものだな――」
ミズホたちは来訪者の存在に気づき、一斉に声のする方へと視線を向いた。
いつの間にか、そこには一人の男が立っていた。
「あ――あんたは――」
その男の風貌を認めたナルは、目を見開き驚愕したように声を上げた。
その男の姿は異形。
黒い鎧に身を包む男の身体でありながら、その顔貌は人間のものでは無かった。
乾いた血のような色をした皮膚。髑髏のように頭蓋を覆う細い節々は蟲の脚。頭頂部から伸びるその先端は鈍い銀色を帯びた毒針――それはまるで、蠍のよう。
それは黒い鎧を纏い、蠍の貌をした魔族だった。
「あんた――いや、こいつは――あたしの――」
ナルは唇をわなわなと震わせながら、蠍の男を指差して言った。
「そう、忘れてない――おかあさんの顔も――おとうさんの顔も――記憶から消えてしまったけれど――この顔だけは忘れていない――こいつは、あたしの両親や故郷の人々を砂にして消し去ってしまった、魔族――!」
○●
「――と言うことは、お前もまた【殺し漏れ】と言うことか。ククク……【漏れ】は逃さず潰してきたつもりだったが……今まで生き延びてきたとは、運の良い人間だ……。
だが、それもここまでだ。そこの人間とともに、今ここで殺してくれよう。そのためにわざわざ私自らがここまで出向いてきたのだからな」
蠍の男はそう独りごちると、剥き出しになっている歯を食いしばるように表情を浮かべる。それはまるで怒りを湛えているようにも、不気味な笑みを形作っているかのようにも見えた。
「この悪趣味な砂の呪いは貴様の仕業か、蠍の男」
アシャはいかにもつまらなそうな口調で問いかける。蠍の男はその声に視線を向け、そして相手の両腕にある枷と金色の瞳とを交互に見据え、食いしばった歯を更に深く歪めた。
「やはりこの街にいたか、【枷の男】――そして、その横に立っているのが【神秘斬滅の少女】ときた。ふむ、つくづく丁度よい――」
クククッ……と、蠍の男は肩を揺らして嗤い声を漏らす。
「私はダイスロウプ四天王がひとり、地魔軍を統括せし者――その名は【砂塵弩砲】のサイカス」
「四天王――!?」
ミズホは息を呑み、数メートル離れた場所に立ちはだかるサイカスと名乗った蠍の男を見つめた。横たわり苦しむ少女の住む街とその人々とを砂に変え、彼女自身をも砂にして崩し去ろうとする魔族。かつて、ナルの両親や故郷をも同じように滅ぼした張本人。
「この世界に召喚されし、【枷の男】と【神秘斬滅の少女】よ――お前たちは、我らダイスロウプにとって看過できぬ異物である。
ゆえに魔王イスタの名において、排除を行う。お前たちにはこの場で消え去ってもらおう――!」
言い切ると、サイカスは手を前へと掲げ詠唱した。
「誘う穴から覗くは死、刺し貫く黄泉の色は腐りの血――現れよ、穿ちの弩」
蠍の男の詠唱に呼応するかのように、虚空からバラバラと砂のような粒子が流れ出し、掲げられたその掌へと降り注ぐ。流れ落ちきった粒子の中から現れ、男の手に握りしめられていたのは、弓矢と銃とが合わさったようなボウガンに似た武装。
穿ちの弩と呼ばれた武装、禍々しい紫色の銃口はアシャの胸元へと向けられている。自身へ向けられた銃口を睨む金色の眼、そこに僅かな苛立ちと侮蔑の感情を滲ませながら、アシャはおもむろに右腕を振り上げた。
「こちらに来いと言ったかと思えば、来たら来たで異物呼ばわりとは――ふざけた連中だ。よほど俺たちの存在が邪魔と見える――聞いているか、小娘」
アシャはミズホヘと声をかける。少女は既に剣を握り締めて構えを取り、臨戦態勢に入っていた。
「はい――なんでしょう?」
「俺の【右腕の枷】を断ち切ることを許す。この感じ――、奴が四天王とやらのひとりであるのは偽りではあるまい。であれば、手加減などしてやる必要などないのでな」
ミズホはこくんと頷くと、手にした剣の切っ先をアシャの右手首に嵌められた枷へと添え――そして、一瞬だけ躊躇うように止め、上目遣いに少年の横顔を見た。
「どうした、小娘」
「えっ――? いえ、なんだろう――不意に、今ここで封印を断ち切ってしまって大丈夫なのかなという考えが頭の中に――」
「何を案ずる、小娘。俺の右腕の力をもってすれば、あのような蠍の男など敵ではない」
「そう――ですよね――」
そう応える少女の青いツインテールが、すぅと白く染まっていく。もやもやとした捉えどころのない躊躇いを振り払うように、意を決して目を閉じたミズホは、そのまま一気に剣を振り下ろし、アシャの力を縛りし右腕の枷を【断ち切った】。




