異界の街【レシノミヤ】
レシノミヤの街は、異世界というよりも異国の雰囲気に近かった。
広々とした石畳の街道を、ナルに連れられて歩きながら、ショウマとミズホは物珍しそうに周囲を見回し、初めて訪れる異界の街の様子を観察していた。
街道沿いには沢山の白壁の建物が立ち並び、その隙間を縫うようにそこかしこに露店が構えられている。まだ昼前でありながら、行き交う人々は多く活気にあふれていた。
ミズホは落ち着かない様子であちこちへと視線を動かしながら、少し愉しげにショウマへと囁いた。
「私、シタリアへ旅行に行ったことがあるんですけど、観光地になっている古代遺跡の街並みにそっくりで、すごく異世界感ありますね……ちょっと感動です」
「ちょっ……もっちー!」
聞き捨てならないとばかりにナルは振り返り、ジト目でミズホを睨んでいた。
「最先端の魔術都市レシノミヤを、古代遺跡と一緒にしないでよねっ! たとえば、ほら――」
ナルは軽やかな足取りで石畳を踏み鳴らしながら、遠くにそびえる数十メートルほどの高さの円柱形をした建造物を指差した。
「あれはラピスタワーっていう塔でね。めっちゃ高いでしょ! この街の最先端魔術と高度な建築技術とが融合した、この街の象徴で――」
「へぇ、すごいですね。シタリアのドゥオ遺跡で見たサピの斜塔みたい――」
「だーから、古い遺跡と一緒にしないでってば。最先端なの!」
他愛ない少女たちのやり取りに、ショウマは苦笑いを浮かべた。
「まあまあ――落ち着いて。で、どこへ行こうとしてるの?」
「んにゃ、あたしの師匠にあたるヒトのところにね。召喚したあたしが言うのも変な話だけど、【神秘斬滅】も【夢幻拘束に縛られし覇王】も、正直あたしの手に余る案件でさ。だから、まずはこの街の魔術顧問でもある師匠に話を聞こうかなって――」
ナルに案内されて着いた先は、こじんまりとした教会のような建物だった。
白く塗装された石造りの壁に、とんがり帽子のような薄緑色の屋根。細長く丸みを帯びた窓が均等に配置され、太陽の光を反射して幻想的な輝きを放っている。
教会に近づくと、大きな木製の両開き扉が見えた。ナルはささっと扉へと駆け寄って行き、両腕を突き出すようにしてそれを勢いよく開けると、開口一番大きな声を張り上げた。
「師匠、ただいまっ! 神秘斬滅の能力を持つ娘を連れてきたよ!」
開かれた扉の先に見えたのは、荘厳な雰囲気の祭壇と、それらを様々な色で彩るステンドグラスの輝き。
その祭壇の中央に立っているのは、薄緑色の法衣を纏った若く見える大人の女性。折り重なる虹色の配色に照らされながら、その女性は来訪者があることを知っていたかのように、真正面からショウマたちを見据え、柔らかな微笑みを浮かべていた。
「おかえり、ナル。そして――召喚者のおふたりさん。ようこそ、異界の街レシノミヤへ」
○●
その若く見える大人の女性はシエンと名乗った。
「立ち話もなんだから、どうぞこちらの部屋へ」
細やかな金の装飾が散りばめられた薄緑色の法衣を優雅に振り纏い、彼女はショウマたち来訪者を教会の奥の部屋へと招き入れる。ゆったりと、しかし余裕に満ちたその仕草は、ナルの話通り、高位の魔術師を想起させた。
通された部屋は、荘厳な雰囲気の祭壇から一転、普通の家庭のダイニングにも似た生活空間だった。入ってすぐの場所にキッチンと食器棚が配置され、視線を落とした先には四人がけの椅子とテーブルだけが置かれていた。
シエンに促されるままにショウマたちは椅子へと腰掛け腰掛ける。慣れた手つきでキッチンで飲み物を煎れ、来客へ振る舞うと自身も空いた椅子に腰を下ろした。
「あらためて、はじめまして。私はこの街の魔術顧問を務めているシエン・コウ・コガワといいます。うちのナルがご迷惑をかけてしまってごめんなさいね。で、あなたが――」
シエンは落ち着いた眼差しで、向かい合ってちょこんと座っている小柄な少女、ミズホの顔を眺めた。
「あなたが、神秘斬滅の能力を持つ娘ね――なるほど、確かに色々と断ち切られて――いえ、それにしても魔族に太刀打ちできると連絡を受けていたから、もっとゴツい女剣士みたいなのを想像していたけれど、チビッちゃいし、なかなか可愛らしい顔立ちをしているじゃない」
チビだの可愛らしいだのと同じタイミングで言われ、ミズホは複雑そうな面持ちでシエンへと問いかけた。
「えっと――私の個人的なことはいいとして――魔術顧問ということは、あなたがナルさんの師匠という方ですか」
「そうね。こんななりだけれど、私は世界的にそこそこ名が知れてる魔術師でね。レベルとしては7に相当するわ。まあ異世界から来たあなた達には、レベルを言ったところでその凄さはよくわからないと思うけど」
誇るでもなく謙遜するわけでもなく、淡々とシエンは述べる。
「魔術師の師匠というから、もっと仙人のような感じを想像してましたけど、こんなに若くて美人なお姉さんだったのは意外でした――」
意外そうなミズホの言葉に、少し苦笑するようにシエンは言い添える。
「まあ、実を言うとそんなに若くもないのだけれど――そんなふうに素直に言ってくれると少し嬉しいわ」
そこでミズホはふと、小首を傾げた。
「あれ? 世界的に名が知られてるってことは、シエンさんはこの街で最高位の魔術師ってことですよね?」
「ええ、そうよ」
シエンの即答に、ミズホは横目でちらりと斜め向かいに座っているナルを見た。
「確か――ナルさんも自己紹介で、レシノミヤの街で最も優秀な魔術師って名乗っていたような――」
「あー! あっー!! そんなことより!」
ナルは突然慌てたように大きな声を発してミズホを制すると、隣に座る師匠へと話を向けた。
「いっ、いや――師匠ね、あたしたちがここに来た理由は――」
「わかっているわ、ナル。聞きたいことがあるのでしょう? いいわ。どうせ貴女のことだから、召喚するだけしておいて、そちらのお二人にロクな説明をしていないだろうし、私から順を追って説明してあげる」
ゆっくりと目を閉じ、シエンは思い起こすかのように静かに語り始めた。
「この世界はね――壊れかけているの。かつて、この世界では人間と魔族が敵対しながらもバランスをとって存在していた。魔族は人間を襲い喰らい、人間は魔族を狩り剥いでいた――その殺し殺されの螺旋は、この世界が永い時間をかけて辿ってきた、安定した在り方だった――そう、十三年前まではね」




