その拘束は【無】との【繋がり】
「不様な――そんな状態の頭脳や肉体を、まだ強引に使おうというのか。所詮は寄生することでしか己のカタチを維持することのできない存在、か――尤も、今は俺も人のことは言えないが」
少しばかり憐みを滲ませた口調で呟くアシャへ、キシナリは言葉にならぬ呻きを漏らしながら無数の液体の触手を飛ばした。
それはあまりにも無秩序な魔力の暴走のよう。数えきれない液体の触手は、絡み合いながら狂ったように不規則な軌道を描いて、アシャの頭蓋や心臓を狙って四方から伸びていく。
アシャは呆れたように金色の瞳を僅かに細め、腕を振るった。
ジュッ、という短い音。屈強な紅い腕は未だ高温を発し続けており、液体の触手はすべて、彼へと届く前に蒸発して消え去っていった。
「【そろそろ時間か】――今、楽にしてやろう」
そう言うや否や、アシャは紅い腕を突き出し、キシナリの首を掴み上げた。
「アガガッ……オ゛マ゛エ゛……ゴロ゛ズ……」
紅い腕で掴み上げられたキシナリの身体から白煙が立ち上る。身に纏う液体は、紅い腕の熱により蒸発し、しかしそれを補うように男の口や鼻からは止めどなく液体が溢れ続ける。
地獄のような男の光景をただ立ち尽くして眺めたまま、奈留は顔を顰めた。
「うわぁ……やばいよアレ……たぶんさっきの熱線で、あの魔族の魔力素子はぐちゃぐちゃになっちゃってる感じだね……人間に寄生したまま、溜まった魔力をただ暴走させるだけの存在になってる……」
「えっ――? だとすると、寄生されたあの男の人は、どうなるんですか――?」
瑞穂の表情に困惑の影が差す。奈留は先端の焦げた自身の金髪を手で撫でつけながら眼を細め、呻き続ける異形と化したモノ――かつてヒトだったモノの姿を再度見やった。
「うーん――魔族に寄生され、討滅された者の末路は大体あんな感じになるから――もう、アレはひたすら魔力を暴走させるだけの存在。寄生され同化させられた人間の身体は、暴走する魔力には耐えられないし、仮に耐えられたとしても、暴走によって枯渇した魔力の補充のために、最後には肉体そのものを魔力へと変換させられて――結局、死ぬ」
「魔族に寄生された者の末路って――そんな――」
痛々しげに眉を寄せて瑞穂は呟く。と、ほぼ同時にアシャの声が灼けた空間に反響した。
「案ずるな小娘――言わなかったか? 今回だけは、お前たちのその甘さに付き合ってやると。この人間は【殺さずにおいてやる】」
アシャの言葉に、奈留は小首を傾げて訝しげに呟いた。
「殺さずに――って、完全に魔族と同化して、さらに暴走までしちゃってるアレをどうやって――」
その時、キシナリを掴み上げていたアシャの紅い腕に、その手首のあたりに、光の筋が浮かび上がった。
それは、覇王の力を縛る【夢幻拘束】。
神秘斬滅の刃によって【断ち切られて】いたそれは、時間の経過とともに再生して【繋がり】、覇王アシャの力を――その紅く屈強な腕を、再び封じて縛ろうと現界しつつあった。
「【無】へと【繋がり】し【概念】よ――」
アシャは手首に浮かびが上がった【夢幻拘束】へ、語りかけるように詠唱する。
そうしている間にも、少年の手首から強烈な光が瞬く。手首を締め付けるようにして浮かび上がった光の輪を中心として、空気の渦が蠢くように巻き起こる。
「セカイのカタチを創りし【繋げる】力よ――【夢幻の無】と接続し、我の力を縛りし魔枷よ――」
アシャの瞳がより強い金色の輝きを放つ。その眼差しは真剣で、ただまっすぐに自身の手首から巻き起こる光と空気の渦を、そしてその奥にある自身で掴み上げているモノ――ヒトに取り憑き、同化せし魔族を凝視し続けていた。
「我の【魔】の力を【無】へと【繋げる】ことに抗えぬなら――せめて、我がその手に捕えし悪しきモノの【魔】をも、同じく【無】へと【繋げる】がいい――!!」
少年は暴れ狂う何かを制御しようとするかのような、強引に命令するかのような強い口調で言い放った。
アシャの手首を取り囲み、縛ろうと渦巻く光の輪が、その言葉に気圧されるかのように僅かばかり揺らめく。
ゆらゆらと細い光の輪は揺れ動いていく。そして、彼が掴み上げているキシナリの身体へと絡みついていく。
「グググ……グアァァァ゛ァ゛ァ゛ッ゛!」
紅い腕に掴み上げられた液体を纏う魔族は、叫びとも呻きともつかぬ声を漏らす。揺れる光は何本にも枝分かれし、その魔族の男の全身に、四肢に、胴体に、頭に、放たれる大声にすら絡みつき、ぐいぐいと縛りつける。
そして空気の流れが、男の表面に満ちた液体を引き剥がしてゆく。身体中の穴という穴から止め処なく溢れ出る液体すらも、恐ろしい吸引力ですべて吸い尽くされていく。
「まっ――まさか――あいつ、自分を縛る封印を利用して――」
奈留が呆然としたように呟く中で、爆発的な光と空気の渦がアシャの手首を中心に広がり、灼け焦げた空間全体を揺るがしていく。
嵐のように風が吹き荒れ、狂ったように空気が渦巻き、紅い雷を想起させる幾重もの閃光が迸る。
やがてそれらは圧縮していく。凝縮していく。少年の右手首に喰い込むようにカタチを成していく。
そして、おさまっていく空気の流れと光の渦。
その中心で金色の瞳の少年は、まっすぐに立っている。紅く屈強な右腕は既にその名残すらわからないほどに消え去り、普通の人間の腕へと戻っていた。その代わりのように、手首に食い込み妖しく光るのは、彼の力を縛る枷、【夢幻拘束】。
少年の足元には、男が倒れていた。着ていた服は破れて焼け焦げ、そこから覗く皮膚も火傷のように爛れている。それはキシナリと名乗っていた男。しかし、今の男はその表面を被う液体は跡形もなく、そこかしこから液体が溢れ出ているということもなかった。
「おい、魔術師の女――貴様でも、治癒魔術くらいは使えるだろう?」
じろりと金の瞳だけを動かして、アシャは言い放つ。
「えっ、あたし? そりゃ多少は使えるけど――」
「ならボサッとしていないで、そこに倒れた男を手当てしてやれ。この程度の火傷なら、治癒魔術で適切に処置すればそう酷くはならんはずだ」
二人の少女は恐る恐るアシャと倒れた男へと近づく。
「マジか……」
男の様子を見た奈留は息を呑んだ。
「この男のヒト――魔族に寄生されて同化していたはずなのに、綺麗さっぱり魔族から引き剥がされて、生きたまま元の人間に戻ってる――こんなの――ありえない――」
感嘆とした奈留の言葉に、アシャはつまらなそうに応えた。
「簡単なこと――俺を縛る夢幻拘束を少し利用するだけの話だ。夢幻拘束という名前が付いてはいるが、その本質は【繋げる】という概念そのもの。単に、俺のそれは【魔】と【無】とを【繋げる】ように固定されてしまっているが故に、封印として機能しているに過ぎん」




