透明に澱む蒐集者【エブリエタスコレクター】
「いや、こいつ――なんで、魔族がこっちにいるのかなって――それも、寄生型が」
「――寄生型?」
「魔族には大きく分けて二種類、自律型と寄生型がいるんだよ。自律型ってのは、自身の肉体すべてを魔力で構成しているタイプ。これといって活動に制限が無い代わりに、肉体の維持にも魔力を消費するから燃費が悪い。一気に力を使ったり、魔力を補給せずに行動を続けてると、比較的すぐに魔力切れになったり――」
「そ――それで、寄生型っていうのは――?」
「寄生型魔族は逆に、肉体の維持に魔力を必要としないから燃費がいい。あいつみたいに常時能力をダダ漏れにしていても問題ないくらいにね。それは何故かというと――」
奈留の説明を聞きながら、翔真は男の異様な姿を、その全身を眺めていた。
四肢も胴も頭すらも、なみなみと湛えられた液体に覆われたヒトのカタチをした異形。
顔全体も液体に包まれているそれは、本来であれば声を発することなどできないのではないか――? と、そこまで考えて、翔真の疑問はその瞬間、ある確信へと変わった。
あの男は何も喋ってはいないし、何もしてはいない。
湿ったような声を発し、女子生徒を触手で捕らえ、苦しめることに愉悦を感じていた異常者は、その表面を覆う液体そのものなのではないか、と。
翔真の様子から彼が何かを察しつつあることを感じ取ったのか、奈留はゆっくりと言葉を続けた。
「――寄生型魔族は【人間に寄生してそれを己が肉体とする】から」
翔真は息を呑んだ。
びくんびくんと纏う液体を震わせている異形の男を、改めてじっくりと見つめる。分厚い液体に覆われた身体。至る所から滴り伸びる透明な触手。どこからどう見てもバケモノであったが、しかし液体の中で揺れる男だけを見てみれば、それは紛うことなき――。
「あれは――魔族に寄生された――人間――?」
翔真が呟き終えると同時に、液体を纏った男は身震いし、奇声に近い嗤い声を発した。
「クヒヒッ……! いえ、わたくしは水魔軍の種より出でし【透明に澱む蒐集者】、その名はキシナリと申します――!!」
言うや否や、キシナリと名乗った液体を纏う男は、腰と脇の辺りから何本もの液体の触手を放った。それらは一直線に翔真と奈留を、その鼻と口とを塞ぎ、窒息させようと迫ってくる。
透明な触手の先端が二人の頭を鷲掴みに捉えようとするその間際、眼前をヒュンと白い残像が横切った。獲物を喰らわんとするかのように大口を開けて広がりつつあった触手の先端は途端にカタチを喪い、ただの水飛沫となって二人の上半身に飛び散った。
「だから――そういうの、やめてくださいってば」
瑞穂は呟く。少女は、瞬時に二人と男の間へと回り込み、放たれた触手を断ち切っていた。
「大丈夫ですか? 翔真さん」
瑞穂は剣を握り締め、対峙するキシナリへの構えを崩すことなく、横目で翔真たちの様子を伺った。
「いやぁ、大丈夫じゃないよこれ――身体びしょびしょになったじゃん――」
奈留はぐっしょりと濡れた金髪を煩わしげに振り払いながら、不快そうな声で応えた。
「【溺れる】よりマシでしょう――それより、浴びてみて気付きませんか?」
瑞穂に言われ、奈留は、ん?といった表情で濡れた頬を撫でる。
「えっ――? 確かに、なんかヒリヒリするしこの臭い――これ、ただの水じゃないね――?」
「ええ、私もさっきこの液体を断ち切った時に気づきました――これはただの水じゃない。おそらく相応の純度のエタノール――つまりアルコールです」
「アルコール? ってことは――」
翔真は、瑞穂のもとへ来たときに彼女らが話していたことを思い出していた。
ここ最近、隣町で発生していた若い女性ばかりを狙った連続誘拐事件。
その共通点は、誘拐現場と思しき場所に残された不自然で場違いな痕跡。
それは【道幅いっぱいに広がるほどの大量のアルコールの跡】。
「まさか、この人が、女性連続誘拐事件の犯人――?」
怪しむように翔真は呟く。それを聞き、男は目を見開くと、身に纏ったエタノール水溶液をぶるぶると震わせながら嗤った。
「アヒャヒャ――! 誘拐――? いえいえ、わたくしはそんなことはしていませんよ――わたくしのしていることはもっと崇高で意義深いもの――そう、【蒐集】と呼んで欲しいですねぇ――!」
「なにが蒐集ですか――やってることは、ただの犯罪。それも若い女性だけを狙うなんて、なんて卑劣な。ドヤ顔で言ってて恥ずかしくないんですかね――」
瑞穂は瞳を細め、手にした剣と同じくらい鋭く男を睨む。その後ろで、奈留は何かに納得したように独りごちた。
「なるほどね、若い女性ばかりを誘拐していた――【透明に澱む蒐集者】か。こっちに、こいつレベルの魔族がいるのは不自然だと思ってたけど、やっぱそういうことか――」
「そういうこと――って?」
翔真の問いに、奈留は人差し指をくるくる回しながら早口で説明する。
「魔族はね、こっちの概念から著しく外れた存在だから、抑止壁というあっちとこっちとを隔てる壁を越えるのに、かなりの魔力を必要とするんだよ。必要な魔力量は、その魔族の魔力の強大さに比例して増えていく――はっきりいって、こいつレベルの魔族が、こっちに来ようと思うと、実質的に不可能なレベルの魔力量が必要なのよね――」
「つ、つまり――?」
早口で長々とした説明を飲み込めず、翔真は困惑したような声を出す。瑞穂は見かねたのか、横から補足するかのように小さく呟いた。
「要は、強力な魔族は、こちらに来ることはできない、と。では、目の前にいる、この人は一体――?」
奈留は、異形の男を眺めて苦々しげに眉を潜めながら、瑞穂の問いに答える。
「たぶん、何者かが寄生型魔族の核である【魔因の種】を、こっちに持ち込んだんだ。種自体の魔力はたいしたことがないから、持ち込む事自体は容易だと思う。そして、こっちの人間に――おそらくココロの弱い人間を選んで、種を植え付けた――」
奈留の説明を聞きながら、瑞穂は何か思案しているかのような捉え所の無い瞳を泳がせていた。剣を握り、構えを崩さず、眼前にいる男からの触手による攻撃を警戒しつつ。しかし、噛み締めた歯をギリリと鳴らし、その瞳は別の何かへと向けられているかのように。
「つまり、この人は――【こちらの世界の人間が魔族に寄生された姿】である、と」
奈留は短く頷く。翔真は動揺しているかよのうに身体を震わせながら、呆然と呟いた。
「あの人は――もともとこっちの世界の普通の人間――?」
「そう。ただし、犯罪者もしくは犯罪者予備軍の――ね」
そして奈留は諳んじた。まるで何かの言い伝えのように。
【魔因を得し者、魔毒に悦び、魔欲に溺れ、魔族に侵され、それとなる】