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学園での【再会】


 中等部の教室で、向かい合って静かに話をしていた二人の少女たち。


 天王寺翔真は、そのどちらにも見覚えがあった。


 ひとりは薄青色の髪をツインテールにした小柄な女の子。


 あちらの世界(異世界)へ翔真と共に召喚されてしまった、【神秘斬滅(ルナイレイズ)】の能力(チカラ)を持つ少女。


 確か名前は――、ツカモト・ミズホと名乗っていたような気がする。


 もうひとりは、艶のある黒髪を肩の辺りまで伸ばし、座っているだけで上品さを感じさせる微笑みをたたえた女の子。


 翔真の家の隣にある屋敷、成田家のお嬢様で、幼い頃からご近所付き合いのある幼馴染、成田エリスだった。


「その推測、あながち間違いじゃないかもしれないよ! 【人ならざる者】は自身の残す痕跡に無頓着なことが多いからね。それに――」


 ツンと響く大きな声。隣に立つ武庫川奈留は、教室全体に響くような大きな声で言葉を続けている。


「あら――翔真さん?」


 成田エリスは翔真に気付くと、目をぱちくりさせて彼の方を見上げた。


「えっ、エリスちゃん、この人たちと知り合いなの――?」


 瑞穂が少し驚いたようにエリスへと問いかける。


「そこの金髪の女の人は知らない人だけれど、その隣にいるお兄さんは、私の家のお隣さんの天王寺翔真さんよ」


「天王寺――翔真――さん」


 噛み締めるように瑞穂はゆっくりと呟き、翔真と視線を合わせる。


「そういえばフルネームはお聞きしてませんでしたものね。翔真さん。先日は、どうも」


 薄青色の髪を揺らして少女は微笑み、はにかむように翔真へと話しかけた。


「瑞穂ちゃん――だっけ、同じ学園の小等部の子だったんだね」


 翔真も応える。しかし彼の言葉を聞いた途端、瑞穂は急に真顔になり、掌をブンブンと横へと振りながら不満げに口走った。


「ん――? 小等部? いやいやいや――中等部ですよ。中・等・部! 小学生じゃなくて中学生です! ていうか、中等部の教室にいるんですから、それはわかるでしょ常識的に考えて――いや、マジでこの場面でそんなボケは要らないですよ」


 ふふっ、と隣で聞いていたエリスがクスクス笑う。


「仕方ないわ、瑞穂ちゃん――小柄で可愛らしいんだもの。高等部の翔真さんからしたら小学生に見えても不思議じゃないわ、ね? それにしても――」


 エリスは、翔真と瑞穂の顔を交互に見ながら言った。


「二人がお知り合いだったなんてね。知らなかったわ」


「ちょっと、その、色々とあって――」

「こ、これには、少し深い訳があって――」


 翔真と瑞穂はほぼ同時にエリスへと応える。


「ちょっと! あたしのことを無視すなーっ!!」


 突如として奈留が割って入ってくる。それまで延々と【人ならざる者】について語っていたであろう彼女であったが、エリスによる翔真への一言をきっかけに、誰もその話を聞いてはいなかった。


 瑞穂は困ったように眉を寄せ瞳を細め、奈留を見上げた。


「そろそろ来る頃合いだとは思ってましたが、まさか翔真さんまで一緒にいるなんて――あのですね、翔真さんは誤って今回の騒動に巻き込んでしまっただけで、本来は無関係のはずです。あなたが用があるのは、私だけのはずですよね?」


 隣にいるエリスや周囲の生徒に気を配ってか、瑞穂は言葉を選んで奈留へと問いかける。


「そう、もっちーの言う通り、彼を巻き込んでしまったのは想定外だった」


「もっち――?」


 奈留の言い放つ謎の呼び名に、エリスは首を傾げる。


「ふっふっふっ――塚本瑞穂――ツカモトっち――つかもっち――もっちー、となるのだよ、黒髪のお嬢ちゃん」


 何故か自信満々な様子でエリスへと説明する奈留。瑞穂は呆れたように肩を竦めた。


「いや、それ以前に勝手に変なあだ名をつけないでくださいって。そもそも別に得意げに言うことでもないでしょそれ」


「まあいいじゃないの呼び名なんて。とにもかくにも、天王寺翔真くんは想定外に巻き込まれた。いわば、あなたの【おまけ】と言ってもよく、あなたの言う通り本来は無関係なはずだった。だからこそ、【無事に戻ってきた】今、再びあたしが彼とコンタクトを取る必要はないだろう――要はそういうことが言いたいんでしょう?」


 瑞穂は黙って頷く。それを確かめて奈留は続ける。


「そう、確かに彼は無関係だった――【あの時は、まだ】ね。でももう【今は違う】」


 そこまで言い切ると、奈留は翔真の腕を掴み、ぐいと瑞穂の眼前へと【それ】を引き寄せて見せた。


 【それ】――制服の袖からチラリと覗く、手首に喰い込むようにして嵌められた枷。


 夢幻拘束(ソルバインド)――天王寺翔真が【あちらの世界(異世界)】へ誤って召喚転送されてしまったその時、何故か彼の中に巣食ってしまった【覇王アシャ】とその無限の力を縛り封じる魔枷。

 

 瑞穂は息を呑む。口許をニヤリと歪め、奈留は言葉を続ける。


「この枷、見える? こっち(現実世界)に戻っても、やっぱりこの枷は外れることはなかった。彼がこうなってしまったのは、あたしにも責任があるからね、この枷がこのままっていう状況を黙って見過ごすわけにはいかないじゃない?」


「それは――そうですね――」


 小さく息を吐きながら、瑞穂は再び頷く。


 奈留は翔真の腕から手を離し、いかにも困ったと言いたげに溜息をついた。


「この枷がそのままってことはつまり、あいつ(覇王アシャ)もまだ翔真くんの中にいるってこと。正直、あいつ(覇王アシャ)が何者なのか、この枷(ソルバインド)はどうしたら外せるのか――っていうようなことは、あたしにもわからない。だから、あっち(異世界)に行って調べるしかない――そういう理由で、あたしはまた彼を巻き込んだ。今度は【偶然】でも【おまけ】でもなく、彼自身のために【あえて】ね」


「ん――あぁ、なるほど――わかりました――」


 瑞穂は何かを察したかのように力なく呟くと、奈留へ向けた瞳を細める。


 奈留はうんうんと満足げに頷きながら、急に声のボリュームを落とし、囁くように瑞穂へと言った。


「ただ、翔真くんの力は、あいつ(覇王アシャ)ごと夢幻拘束(ソルバインド)に封印されちゃってるでしょ? やっぱり、あっち(異世界)へ行く以上は、何かの時のためにあの力は使えるようにしておかないといけないんじゃないかなって思うんだよね――」


 瑞穂は何も言わず、細められていた瞳を更に細める。


「で――夢幻拘束(ソルバインド)を断ち切って、その封印を解けるのは神秘斬滅(ルナイレイズ)の力を持つ、あなただけ――翔真くんがあっち(異世界)にいく以上、あなたも一緒じゃないと意味がないと思うのだけど――まさか、ここまで説明を聞いて、【私は行きません】【翔真くんのことなんて知らない】なんて言わないよね――?」


 青い髪の少女は微動だにせず、それこそ刀の如き鋭利さを帯びた冷ややかな口調で呟いた。


「あなた、最初からそのつもりで――私をあちら(異世界)へ連れ出す理由をつくるために、【あえて】翔真さんを誘いましたね――?」


「うっ――?! いや、まさか――そんな、恥知らずなことは――」

 

 露骨に狼狽する奈留を眺めながら、エリスは眠そうに目を擦り、ぽつりと呟いた。


「私には少し話が見えないのだけど――瑞穂ちゃん、要はまんまとハメられてしまったということね?」


「う〜〜〜ん」


 瞼を閉じ、納得いかない様子で、瑞穂は小さな子供がただをこねるように呻いた。



 ○●


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