【襲来】
短い沈黙の中で、クスガは理解ったとでも言いたげに小さく頷いていた。アシャは続ける。
「その後どうなったかは、わかるだろう? ユキナの身体を奪った天使はジヴリエルと名乗り、そしてシィングゥの都の人々を皆殺しにしていった。その凶行を止めようとした僕は、彼女に四肢を断ち切られて、意識を失い――その傷痕に利用価値を見出したキシュゥによって助けられた、というわけさ」
「そういうことですか――ええ、経緯は理解りました。では、ひとつ伺ってもいいですか――?」
アシャの言葉を聞いて何度か頷いた後で、クスガは事務的な口調で、しかしどこか躊躇いがちに目線を揺らして、問いかけていた。
「あなたは、キシュゥより押し付けられたその能力で――ユキナを――もしくは彼女の身体を奪った天使ジヴリエルを――どうするつもりですか――?」
クスガの問いに押し黙るアシャ。だがやがてゆっくりと、彼は言葉を紡いでいく。
「それは――わからない――。
天使と呼ばれる連中に説得とかそういったものが通じないのは、ジヴリエルと直接相対した僕が、一番よく理解っているつもりだから。だけど――この能力が無ければ、通じる通じない以前に、会話をすることすらできないから――だからこそ、この能力を扱えるようにならなければいけないと思っている。
そしてこの能力で強引にでも話をして、話を聞いて――それで解決の余地が見いだせなければ、その時には――僕は――ユキナを――」
僅かに俯き、噛み締めるようにして、アシャが言葉を続けようとした――その時だった。
「たっ、大変なのっ――! クスガお姉ちゃん! アシャのお兄ちゃん――!」
突如として後方から響き渡る、幼なげな少女の叫び声。アシャとクスガが声のする方を見やると、7歳ほどの年齢の少女が息を切らせて2人のもとへと駆けてきていた。
「どうしたの、リヨク――? そんなに慌てて」
クスガは駆け寄る幼い少女の名を呼び、問いかける。相手の少女のその普通ではない慄き様からか、クスガの声もまた僅かに強張り、上擦っていた。
その幼い少女は、リヨク・チコ・ウエン――クスガと同じく、その後に続く形でキシュゥによって生み出された竜族の66番目の個体にして、キシュゥが竜族という存在に『天使へ対抗するための兵器』としての限界を感じ、生み出すのをやめた際の、その最後の個体である――と、以前よりアシャはクスガから聞かされていた。
「それがっ――! あのね――! 主人の建物に――白い人たちが、突然やってきて――! それでいきなり、建物を壊してきて――!」
そこまで叫んで、リヨクは足をもつれさせてその場に倒れる。クスガはすぐさま倒れた幼女に駆け寄り、ゆっくりと抱き起こし立ち上がると、青ざめた顔でアシャへと振り返った。
「聞きましたか――? アシャ。どうやら――奴らが――、やってきたようです」
「そう、みたいだね。」
唾を飲み込み、アシャは拳を握り締める。
「なあ、リヨク――」
と、彼は幼女の名を呼び、そして。
「その白い人っていうのは、もしかして――」
――雪のように透き通った肌に、爛々と輝く紅い瞳。そして、色のない――白銀の髪を――していたんじゃないか――?
アシャの問いに、リヨクはクスガに抱かれたまま、こくこくりと頷く。それは、幼女の言う白い人というものが、ほぼ間違いなく天使であるということを意味して――。
その時だった。
木々を隔てた向こう側より閃光が空を迸り、続いて、ズドオォォン――という爆音が響き渡った。
アシャとクスガは空を走った閃光を見上げ、そしてお互いに顔を見合わせた。
「クスガ、急ごう。もし本当に――奴らが来たのであれば、キシュゥや他の竜族たちが危ない」
彼の言葉に、クスガは青ざめた顔のまま小さく頷く。自身の腹部あたりに顔を埋め、小刻みに震える幼女リヨクの肩を護ろうとするかのように、ぎゅっと抱き寄せながら。
「ええ――ですが、しかし――今の私達で、奴らに対抗できるでしょうか――」
「さあね――せめて、瞬殺されない程度には粘りたいもんだ。何故なら――」
――もし、本当に天使が襲来してきているのなら、そこにはユキナがいるかもしれないのだから――。
そして、アシャ達は閃光の迸った地点へ――キシュゥが建造した隠れ家であり、天使サリエルを地下に封じた建物へと――急ぎ駆ける。川を飛び越え、森を抜け、その先に待ち構えていたのは――。
白銀紅眼の人影が2つ、半壊したキシュゥの隠れ家を背にして立っていた。
その内の1人は、すらりと伸びた長身の青年だった。そして彼と並んでいる、もう一人の人影は――。
その少女は物音に気付き、顔と視線とを駆けつけたアシャと向けていた。どこか物憂げな表情を浮かべて、ゆらゆら儚げな陽炎のような空気感を纏って――そこには、かつてユキナと呼ばれていた天使、ジヴリエルが佇んでいた。
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